第2話 町に着いたぞ。酒場ですぞ

 方位磁石のおかげで真っ直ぐ歩けるし、スコップで枝や草を払っているので服が汚れない。そしてビールのおかげで突然の異世界転生でも強気でいける。

 うむ。無駄なものは一つもない。

 三本目を飲んじゃおっかなぁ……。

 なんて思ったとき、森を抜けて街道に出た。


「ちゃんと石畳で舗装された道だ」


 つまり、まともな文明がある世界ということ。適当に真っ直ぐ歩いて行けば、町か村か、とにかく人がいる場所に着くだろう。

 なんて考えながら呑気に歩いていると橋が見えた。

 その橋の前には、いかにもチンピラという風体の男が二人いた。

 私はチンピラに見つかる前に引き返そうとした。けれど遅かった。


「へっへっへ。女の一人旅たぁ危ねぇな。橋の先の町に行きたいんだろ? 俺らが護衛してやるぜ。もちろん護衛料はいただくがな」


「あ、いえ、結構です。先を急いでいるので……」


「なら、この橋の通行料を払いな。悪い奴らが来ないように俺たちがいつも見張ってる橋だからなぁ」


 その悪い奴らって、あなたたちのような人だよねぇ……。


「お金ないので、別の道を探しますね」


「おっと、そうはいかねぇぜ。金がないなら、体で払ってもらおうか!」


「へへ……こんな上玉の女、逃がしてたまるかよ!」


 ひいっ、追いかけてきた!

 それにしても編み上げブーツだったのは不幸中の幸い。パンプスやローファーで走ったら、とっくに脱げてたよ。

 私はでたらめに走ったので、いつのまにか街道を外れて、森に戻っていた。それでもチンピラ二人は追いかけてくる。

 目の前に、巨大な幹が壁のように広がる。迂回しようとした瞬間、追いつかれた。

 私は幹を背にして、チンピラ二人と向き合う。


「もう逃げられねぇぞ。それにしても、見れば見るほどスゲェ美少女だな。俺らのペットにするか売り飛ばすか、悩むところだな」


「ひひ。なにはともあれ、まずは俺たちで楽しもうぜ。こいつだって本当は欲しがってるんじゃねーのか? 顔が色っぽく赤くなってるぜ……どう見ても誘ってやがる」


 違います。

 顔が赤いのはビールを一リットルも飲んでから走り回ったからです。


「こ、来ないでください!」


 私は必死にスコップを振り回した。

 もともと非力だった私だけど、転生して更に細腕になった。力一杯叩きつけても、大した威力にならないだろう――。

 そう思っていたのに、スコップの一振りで、チンピラは二人とも吹っ飛んだ。ホームランである。

 ぐしゃぁ! ぐしゃぁ!

 二人とも岩に頭をぶつけて……死んだ!


「うわぁ、どうしよう! え、正当防衛だよね……ファンタジー世界なら治安悪そうだし、事情聴取もされないよね……? つーか、私、怪力か!」


 異世界転生して会得した能力は、ネット通販だけではなかったらしい。

 弱いよりは強いほうが頼もしいけど……力加減に気をつけよう。

 それにしても、悪人とはいえ罪悪感。とりあえず埋葬しとくか。

 私はスコップで穴を二つ掘り、チンピラ二人を埋めて、合唱。


「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……異世界から阿弥陀様に祈りが届くか知らないけど、チンピラさんたちは死んで償ったので、罪を許してあげてください。あと私のことも許してください」


 よし。ここまでやれば義理を果たしただろう。

 私はそこを立ち去った。

 橋を渡って丘に登ると、眼下に町が見えた。


「おお、ファンタジーっぽい町並みだ。ヨーロッパ旅行に来た気分。それにしても小さい町の割に、城壁が立派だなぁ。モンスターの攻撃に備えてるとか?」


 町の真ん中に、お城が見える。領主のお屋敷かな。

 そして町から少し離れたところに、もう一つ城が見える。あっちのほうが大きい。外敵と戦うための砦かな?

 私は丘を下って、町の入口に行く。すると門番に呼び止められた。


「君が来た方向で、近頃、二人組の盗賊が出没するという報告を受けている。それらしいのを見なかったかな?」


「ああ……橋のところに、それらしい二人がいました。橋の通行料を体で払えとか言ってきたので……」


「やはり、あの辺りに出るのか……済まない。もっと兵士の数が多ければ街道の見回りを強化できるのだが。現状では町の警備で手一杯なのだ。冒険者たちはモンスターは熱心に狩るが、人殺しの仕事はやりたがらないし」


 確かにチンピラとはいえ、命を奪うのは、いい気分じゃないね……。


「それで君は、盗賊たちから上手く逃げられたのか? 見たところ、怪我はないようだが」


「逃げたというか……スコップで、こう、ドカンッとやっちゃいました」


「君が盗賊を倒したのか! いや、見た目で判断してはいけないな。無事に一人旅をしているということは、それ相応の実力者なのだろう。君は冒険者かな?」


「念のため確認しますが、冒険者というのは冒険者ギルドに登録して、仕事を斡旋してもらって、モンスターを退治したり、薬草を探したりする、あの冒険者ですか?」


「冒険者にはそれ以外の種類がいるのか?」


「いえ、地域によって定義が違ったら困るので、確認しただけです。私はまだ冒険者ではありませんが、そのうち登録するかもです」


「そうか。冒険者じゃないなら、この町にはなんのために?」


「この町を目指していたわけではなく……見聞を広めるための旅の途中、たまたま辿り着いたという感じです。実は町の名前も知らなくて……」


「なるほど。まあ、そうだろうな。これといった特徴のない小さな田舎町だから。ようこそ『ラーネットシティ』へ。この町はいつでも強者が不足している。冒険者ギルドでも領主様のところでも歓迎されるだろう。それと君のような美人が町の住人になってくれるなら、個人的に大歓迎だよ」


「まあ、お上手ですね」


 私は口元に手を当てて上品に微笑み、町に入る。

 門番の言葉を軽く受け流したように見えただろうか?

 実際は、くっっっそ嬉しい!

 君のような美人だって。えへへへ。

 そんな台詞、生まれて初めて言われた。うへへへへへ。


 おっと、いかん、いかん。またお下品な笑いを浮かべてしまいましたわ。

 わたくし、せっかく深窓の令嬢のような外見に転生したのですから、見た目に相応しい淑女になりますの。

 もうチンピラをスコップで殴り殺す真似はいたしませんわ。


 あらあら、いい香りがしますわね。

 そろそろ夕飯の時間ですわ。

 お上品におレストランでおディナーと参りますわよ。

 そのためには、この世界の通貨が必要ですわ。


 ネット通販スキルでダイヤモンドの指輪を召喚。

 道行く人に教えてもらった古道具屋に指輪を売ったら、硬貨を沢山ゲットしましたわ。

 これでおディナーを食べて、この世界の通貨価値を勉強しますわよ。


 ……酒場を見つけましたわ。しかし私はドールのような美少女ですので、こんな店には入りませんわ。いくら店内の人たちが楽しげにお酒を飲んでいようと、出されているソーセージが美味しそうでも、決して、決して……。


 あ、いつの間にか扉を開けちゃった!

 もういいや! 美少女だってお酒飲むよね!


「おじさん、ビール大ジョッキで! あとソーセージセットもください!」


「あいよ。まずはビールだ」


「ごきゅ……ごきゅ……ごきゅ……うんめぇぇぇ!」


「お嬢ちゃん、見ない顔だけど旅人かい? いい飲みっぷりだな!」


 店のオジサンに気に入られちゃった。えへへ。

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