第6話
「うん。寝顔は、カワイイのよね」
寝室のベッドの上。
夫の寝息を聞いていると、不思議な気持ちになる。
それは、彼が私の愛する人だからだろうか。
それとも、彼が私にとって 特別な存在だからだろうか。
(……)
おそらくは、その両方なのかもしれない。
なのに、この夫は5年後には 世間を震撼させた 殺人鬼へと変わってしまう。
だから、私が変えなくてはならない。
絶対に、そんな未来にはさせない。
たとえ、どんな手段を使っても――。
だから、今のうちに覚悟をしておかなければならない。
もしも、そうなってしまったら…………。
あなたを殺して、息子と海外へ逃亡することを――。
そう思うと胸が痛む。
(あなたは 虹夜さんと一緒に暮らせて 幸せだった?)
と、心のなかで呟いてみた。
そして、ゆっくりと目を閉じた。
夫の鼓動を聞きながら眠りにつくために――。
どうか、良い夢が見られますように。
そう願った。
だが、そのときだ――
ドンッ! ドンッ! ドンッ! と、突然大きな音が響いた。
その音に驚いて、目が覚めてしまう。
急いで辺りを見回すと、隣で眠っていたはずの夫の姿がない。
まさか――。
慌てて、部屋から出てみると、 そこには――
包丁を持った夫が立っていた。
その姿は、まるで別人のようだった。
全身から殺気を放ち、瞳からは狂喜が滲み出ている。
さらに、口元には 歪んだ笑みを浮かべていた。
(明らかに、正気ではないわ)
すると、夫はこちらに気づいたようだ。
こんなときは、慌てずに「日常会話で相手の意識を強める」と本に書いてあった気がする。――きっと、大丈夫よ。
「ご飯が、足りなかったのかしら!」
私は、自分で自分を褒めてやりたくなった。
(なんて 賢いのかしら!)
だが、まったく気にする素振りもなく、そのまま歩み寄ってきた。
どうやら、会話をする気はないらしい。
すると、彼は手に持っていた包丁を振りかざしてきた。
それから、力いっぱいに 突き刺してくる。
もちろん、本気ではなかったのだろう。
だが、勢いよく振るわれた刃物は、 ザクッ と、鈍い音をたてて 壁を切り裂いた。
それでも、夫は動きを止めない。
何度も、何度も、繰り返し、繰り返し、刃を 突き立ててくる。
その度に、鋭い痛みを感じた。
だから、必死になって避ける。
でも、このままでは危険だ。
どうにかして、逃げなくては――。
そう思って、部屋の隅にある窓に視線を向ける。
だが、夫は 逃がすつもりはないようだ。
ガラスのコップを手に持つと、私の足元へ投げつけた――。
割れたガラス片が私の退路を断つ。
(ダメ。……逃げられない!)
夫の手に持っていた包丁が、勢いよく私の首筋を目がけて振り下ろされる―――。
***
そのときだ――
ドンッ! ドンッ! ドンッ! と、突然 大きな音が響いた。
私の心臓が 鼓動を脈打つ音だった。
恐怖が 全身にベタリと張りついている。
――突然、ふわりと冷たい風が頬をなぜてきた。
驚いて、横を見れば。
夫と目が合った。
あれだけ激しく音をたてていた心臓が、キュッ と動きを止める。
「うなされていたよ。恐い夢でも見てしまったかい?」
彼は心配そうに 私のオデコに手をあてた。
その優しく微笑む顔が、いまは 怖い。けど、
「うん。ちょっと、ね……」
「安心して眠っていいよ。僕が ソバで悪魔を見張っていてあげるから」
彼の声が恐ろしい。あんな夢を見たからだ。
でも、本当に5年後に豹変するのだろうか?
――すでに、変わり始めている のかもしれない?
今まで考えてもいない不安が、私の胸をよぎった。
美羽さまに相談しないと―――。
だけど、その美羽さまとは 連絡が取れなくなっていた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます