else: 覚測のゴースト
黒絵ガイア
序章
0: Goodbye, World.
21世紀頃にはすでに、「自分たちが生きるこの世界はシミュレーション上のものである」という仮説は、一般的に認知されていたという。
真剣に議論していたのは一部の物好きだけで、多くの人々にとっては都市伝説的な与太話にすぎなかったその仮説が本当であったと人類が知ったのは、今から10年ほど前のことだ。
ユーリー・ブランシュという一人の宇宙物理学者が、その確たる証拠を発見した。
彼は
それが何の研究であったかまでは知られていない。
が、ともかく、偶然に。
彼はその研究の最中に、この世が人類より高次元の存在によって創られた机上の世界だということに、気付いてしまった。
そのことを記した論文は瞬く間に世界中に広まった。新説は驚きよりも「やはりそうか」といった腑落ちの感情とともに受け入れられ、悲観視する者は少なく、むしろ頭打ち気味だった学問の更なる発展がみられるのではと期待する声が多かった。
しかし、ブランシュ博士の新たな功績への賛辞は、すぐに怨嗟へと変わる。
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている――大昔にどこかの哲学者が記したという一節だ。
人類が世界の真理に気付いたとき、“彼ら”も、人類が気付いたことに気付いていた。
そのことを誇示するかのように彼らは自らの力を振るい始めた。
まず空から色を奪い、月を消した。
そして、後に人々が“バグ”と呼ぶようになる破壊機構を世界に放った。
これらが人類にどういう影響を与えたのかは語るに及ばない。知りすぎたことに対する罰なのか、これも単なるシミュレーションの一環なのか――急激な気候変動や崩壊した食物連鎖、そしてなにより人間と文明を破壊するために送り込まれたバグの脅威により、ほどなくして地球は人の住める星ではなくなった。
こうしてブランシュ博士は世界の終わりを引き起こした大罪人となり、辛うじて生き残った人々は、故郷の星を脱して砂塵けぶる火星の地に降り立った。
荒涼とした大地と心ばかりの植物。
しかし人々の目にその色は映らず、その空の向こうに壊された星の光を探していた。
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