天星流学園と消えた宝石
白兎追
プロローグ
「いやあ、その若さでこれだけの業績。大したものですなあ」
高級なスーツに身を包み、品のいいロマンスグレーといった風情の男が、見かけどおりの落ち着いたトーンの声が話しかけてきた。
もちろん彼が見かけどおりの紳士でないことなど知っている。
彼の悪どい合併のやり方で涙をのんだ経営者は大勢いる。その筋では有名な人物だった。
そんな腹の中など一切見せず、お追従に合わせるのもこの世界でやっていくのに必要な特技の一つである。
「いや、それもひとえに皆様のお力添えがあってのこと」
「いやいや、何をおっしゃいますか」
くだらない。
狐と狸の騙し合いのようなもの。
お互いそんなことは分かった上での芝居なのだ。
我々のやり取りを温かい目で見守る周囲の人間たちも、それを知っているのだろうか。だとしたら、観客までも芝居に参加していることになる。
笑い出したくなるのをかろうじて抑えると、別れの挨拶をする。
パーティー会場は人いきれで、ややむせかえるような熱気と湿度を帯びていた。
ここいらで引き上げるのがいいだろう。
秘書にタクシーを呼ばせると、出口へと向かった。
思った通り、冷えた夜風が気持ちよかった。
いや、それ以上に人がいないことが気持ちよかった。
芝居をしなくていい時間が心地よい。
人に注目されるのは嫌いではないが、余計な緊張を生むのもまた事実だった。
一台の車がスッと目の前に止まった。
タクシーではない。青色のスポーツカーだったが、ホテルの案内人がさも当然のようにドアを開けたので、何の疑いも抱かずに足を踏み入れた。
乗ってからハッとしたが、すでに車は動き出している。
「すみません。車を間違えたみたいなので、降ろしていただけますか?」
「間違えていませんよ。あなたに話があって乗ってもらったんですから」
運転席の人物の顔を見た。
肩までのばした髪の向こう側に覗いたその顔立ちに見覚えがある気がした。
気の所為だろうか。
いや、間違いない。
昔、まだ子供と呼んでも差し支えないような年齢の頃に会ったことのある人物だった。
しかし。
はたと考えた。
記憶のなかの人物は、ここまで美しい顔立ちだっただろうか。
忘れていただけだろうか?
……あるいは思い出したくなかったのか?
「落ち着いて話ができる場所まで行きましょう」
車は滑らかな動きで高速道路へと滑り込んだ。
輝くネオンライトがどこか非現実なものに見え始めた。
意識は急激に十年以上前に戻っていた。
あの初夏の日、天星流学園の異名をとった館と、そこに集まった子供たちのもとに。
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