転生ダークエルフの奇妙な異世界記~きつねうどんVSマトンカレー~
メガ氷水
全ての始まり。追われるライス派 追うナン派
「何よッ! ナンが嫌いって言っただけじゃない! カレーはライスの方が美味しいのよ!」
魔物がどこから飛び出してくるのか分からないほどうす暗い鬱蒼とした森。
漂う雰囲気は一触即発。ピリッとした空気が肌を刺す。
それもそのはずであろう。
わたしとハルナを防壁に、ひとりのエルフが多くのエルフに対して宣言したのだから。
……なんで?
わたしとハルナを盾にしているエルフは、百四十センチほどの背丈をした中学生くらいの女の子だ。
例え目上の人が相手でも物怖じひとつしなさそうな、気の強そうな外見をしている。
金髪碧眼。緑のシュシュで束ねられたサイドテール。ドレスにも似たエルフ族特有の黄緑色の装束。
ピンク色をした和傘の先端を、相対している多くのエルフへと向けている。
「やはり貴様、万死に値するッ! エルフの一族は元来ナンを食べるのがしきたり。それをよそから入ってきたライスなぞに掛けるなどと……」
それを受けて多くいるエルフの中から代表して、百五十五センチ以上はある高校生くらいの女の子が一歩踏み出した。
はきはきとした声量と堂々とした佇まいからは、覇気のような物さえ感じ取れる。
右手には茶色の拳銃。
そして左手に……
「あいつ……、何でカレーを入れる奴持ってんだよ。何ライスとナンで命がけの戦争に発展しようとしてんだよ。お菓子の戦争かよ」
もそっとハルナが自問自答していた。
相変わらず目の前の現実を受け容れようとしないアホよね。
ああいや、ゾンビだからそれも仕方ない。
高校生エルフの言葉に、その後ろにいるエルフの一団が便乗する。
そして高校生エルフが手を挙げると同時に、エルフの一団は一斉に拳銃をわたしと中学生へと向けた。
わたしはその光景に息を吐き、ハルナは息を飲んでいた。
「お前らエルフの価値観どうなってんだよ! もっと頭良さそうな会話しろよ! なんでナンかライスかで殺しに発展すんだよ! 理由がくだんねぇよ!」
「くだらないだと? アンデッド風情には分からんだろうな。代々ナンの文化を先祖から引き継いできた我らの誇りなど! それを美味しいから、独自の文化によって姿を変えた結果だのと。外来種に好き勝手弄ばれるのは!」
「そこで涙を流すほどのこと語ってねぇよ! なにちょっとライスと外来種で掛けてんだよ! 中身まったく可愛くねぇんだよ!」
カレーはナンにもごはんにも合うと思うんだけどね。
なんて言葉合戦を冷めた目で見ていたら、ハルナに「お前もツッコミ参加しろよ! 元日本(どうきょう)出身だろ!」って叩かれた。
何事も全部受け入れて諦めることが大事だと、わたしは思うのです。
もはや言葉は不要とばかりに高校生エルフが再び銃の引き金に指を掛ける。
鼓膜を揺らす連続する破裂音。
木の上にいた鳥たちが一斉に飛び立った。
もはや高校生エルフの銃口が右往左往することなどない。
その瞳は確実にわたしを殺したと思っていたのだろう。
だからこそ結果を見た時、高校生エルフは徐々に唖然としていった。
「……二度も死にたくない。よねぇ、ハルナ」
「おれ死んでたけどな! 死んだ状態で生まれたけどな!」
「……言葉遊び?」
「ちげぇよ! 転生先がゾンビだからだよ!」
逆巻く紅蓮の業火。
熱気に当てられた弾丸は一瞬にして溶解し、地面に流れおちて同化する。
わたしを守るように現れた炎に、高校生エルフは目を見開いて唇を震わせた。
「貴様、その力は」
「神様からの……
わたしの言葉を高校生エルフは咀嚼するかのように「分が悪いか」と悪態を付いた。
銃をしまい、踵を返して反対方向の道へと足を踏み出す。
「逃がすわけないでしょ!」
いつの間に木陰に隠れていた中学生エルフが、和傘の先端を高校生エルフに向ける。
瞬間、鳴り響くガトリングの音。
「それ銃になってんのかよ! ってか傘のトリガーってどこだよ!」
銃弾は突き進み、高校生エルフに当たる直前で全弾全てあらぬ方向へと弾け飛んだ。
高校生エルフは特に気にもしていない様子で振り返り、木陰に隠れた中学生エルフを指さした。
「貴様は必ず殺す。ダークエルフの村でもなんにでも隠れていろ。エルフの文化を侮辱した貴様を私は絶対に許さん。ダークエルフもろとも根絶やしにしてくれる」
それだけ言うと高校生エルフは嵐のように森の奥へと姿を隠していった。
はぁ……、本当になんだったのさ。
エルフの恐ろしさ、改めて思い知った。
今後があるなら近寄らんとこ、とわたしはその場にへたり込む。
窮地を脱したわたしとハルナに高笑いをぶつけてくる奴が一匹。
「ちょっとちょっと大丈夫? でもこのウコン・ミリア・ミトコンドリア様を守れたのだから光栄ものよ」
「光栄じゃねぇよ! 巻き込まれたんだわ! むしろ百お前が悪いんだわ!」
「カレーをライスに掛けただけで殺しに来たんだからしょうがないじゃない」
「殺意たけぇなおい! 族訓ってレベルじゃねぇぞ!」
傲慢不遜な態度を見せる中学生エルフ、もといミリア。
さっそくハルナと熱いやり取りを交わしている。
これがわたしじゃないダークエルフなら、まず間違いなく殺されているレベルの対応である。
流石に疲れた、ハルナと違い突っ込むのが面倒くさいのでわたしはため息を吐く。
「ともかく褒美をあげる! 怪我をしているなら治したげる!」
ミリアと名乗ったエルフは和傘で地面を衝いた。
ザクっと土を貫く音が鳴る。草木が風も無く揺れ動いた。
何かがこっちへと突っ切ってくる気配がした。
そちらへと目を向けて見ると、どこからともなく伸びてきた太いツタがわたしの方へと伸びてきていた。
——回避。
無理。疲れて手足が動かない。
緑色の極太なツタはわたしの腕と足から絡みついてきた。
腕と足が引っ張られてわたしは強制的に大の字に開かされる。
ゆらゆらと動くお茶の間に晒すことのできない形状をしたツタの先端は中央に穴が空いていて……。
「……くっころ!!」
「お前それやられる前のフリだけど大丈夫かよ」
振りじゃないし!
まずい。これ……、やられる。
怖い。怖い怖い怖い。
脊髄から登ってくる怖気が爪楊枝で指を刺した時みたいに脳を刺激する。
わたしは前世と今世、二つを合わせても感じたことのない恐怖を味わっていた。
これで癒すって何!?
ミリアはドヤ顔でなんか解説をし始める。
「私の植物は人を癒すことに特化していてね。そのためにも」
ツタはわたしの服の中に無遠慮に入り込んでくる。
微妙に生暖かいツタが抵抗できないわたしの肌を容赦なく蹂躙してくる。
気持ち悪いとかではなくただただ怖い。
わたしは涙が出るのも構わず懇願する。
「止めっ、止めてって! これ、入ってこないで……」
「無理。意思は植物の方にあるもん」
ミリアはだから安心してと高笑いする。
嫌だ嫌だ嫌だ! わたしは元男!
尊厳とかどうかは一度置いておいて、触手でのプレイを知っているわたしからしてみれば恐怖しかないの。
ツタはわたしの痛覚を和らげるためなのか、わざと敏感な部位を探るかのように全身あまねく刺激してくる。
「待ってお願い! ハルナ、助けて!」
「巻き込まれたくないのでやだ!」
「いつも真っ先に突っ込んでくれるのに! 嫌だって言ってもいつも乱暴なのに!」
「人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇよ! 全部ツッコミのためにやってんだわ!」
わたしの懇願を無視してミリアはその場に座り込み、警戒姿勢に入る。
その間も触手はわたしの身体を容赦なく這いまわってきた。
あぁ、神様。
わたしにはもう英雄願望だとかこの森から出て冒険したいだとか、そんな思いはありません。
だからどうか。
「私の奴なら一瞬よ!」
平穏無事な暮らしをさせてください。
それだけがわたしにとっての目的であり目標なのに。
エルフであるミリアとダークエルフであるわたし、おまけのハルナ。
二匹と一体の邂逅を持って、互いに不可侵を保っていたエルフとダークエルフの村は奇妙な運命を記していく。
植物によって良いように身体を弄ばれている最中、わたしは前世での記憶を走馬灯のように見ていた。
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