第205話 本心
「お前、玉藻の前か? 」
「へぇ、知ってるんだ。意外」
「そりゃ名前くらい聞いた事あるだろ」
『玉藻の前』、温厚な者が多い九尾狐の中では異質の存在。
厄災を振りまき、勝手気ままに振る舞うその様はまさに外道。
「毛並みは金色と聞いていたが? 」
「私だってイメチェンくらいするわよ。いいから、さっさとやりましょ。後ろの女の子、死んじゃうわよ? 」
「もう始めてるよ」
「は? 」
ドスッと、玉藻の足元に何か重いものが落ちる。次に聞こえた音は、何か液体が噴出する音。
視界に映ったのはいっぱいの赤色だ。
右腕が肘から切断されていた。
「歳とると反応が鈍るよなぁ、ババア」
彼女がそれに気を取られていると、空亡は瞬間的に眼前に迫った。そして、妖力を込めて強化した拳で頬を殴りつける。
脳が揺れ、銀髪とその髪と同じ色の尻尾を揺らしながら、九尾は体勢を崩した。
「不意打ちとか、卑怯な男」
もちろんそのままでは無い。一瞬で腕を再生し、空亡の首を掴む。
「“
腕から熱を流し込んで、空亡の体を瞬時に発火させる。
瞬きひとつの間に、彼の皮膚は焼け焦げ、筋肉が露出するほどに細胞が破壊される。
そんな状態にも関わらず、空亡は何事も無かったかのように足を振り上げて反撃移った。顔の横を掠めた蹴りで、玉藻の頬から一筋、血が垂れる。
この程度の攻撃では怯ませることすらできないと察した彼女は、すぐさま彼の腹を蹴り飛ばして、無理やり距離を開けた。
だが、空亡の『空隙』の前では距離を保つことは至難の業だ。空間が縮小して、2人の距離は無理やり詰まる。
妖怪達は互いに手を組み合って、押し合いになった。
「さすがに強いわね。どう? 私と結婚しない? 」
「はっ! 性格ブサイクは好みじゃねぇよ」
治癒術で肉体を再生しながら、空亡は嘲ってみせた。
玉藻がほんの少し青筋を立てると、力を込めて彼女の腕を引く。「わっ! 」と間抜けな声を出した玉藻の顔は、彼の脇腹辺りにあった。
それを両腕でがっちりホールドする。
「そーれ! 」
そして華奢な肩に足を乗せて、思い切り首を引っこ抜いた。
血の雨を降らしながら、頭を失った彼女の体はグラグラとその場に倒れた。
空亡の手には、筋肉が千切れ、骨が露出した玉藻の前の首。
「
「はぁ? これで生きてんのかよ」
そう言って燃え始めた彼女の首を放り投げると、彼は次の行動に移る。
すぐに復活するだろう九尾を追撃するのではなく、彼は莉子の方へと向かった。
血の海に横たわる彼女の肩に手を触れ、最高出力で治癒術を回す。
普通の人間では致命傷だが、空亡の前ではこの程度の怪我は一瞬で治るものだ。すぐに莉子は立ち上がった。
「ありがとう、空亡」
「お前は葵を頼む」
「うん。分かってる」
***
横で繰り広げられる妖怪同士の戦闘には目もくれない。
私の目に映るのは、葵だけだった。
「下がってて、夜子さん」
「葵ちゃん、あなた⋯⋯」
「大丈夫だから。ね? 」
夜子さんは戦えない。それは分かっている。
葵は彼女を遠ざけると、再び短刀を構えて私の前に立った。
「葵、私はあなたのこと、信じてた」
「あっそ」
「今も信じてる」
「⋯⋯! 」
私に心を読む能力は無い。彼女の本心など分からない。
でも、信じ続けるくらいは、しても良いはずだ。
「だから、あんたを連れて帰る」
「話聞いてた? 私はリコちゃんの敵なんだよ? 騙してたの。友達なんて思ってないし、もうどうだっていいの」
「それを確かめるって言ってるのよ! 」
距離を詰めて全力で霊力を込めて殴ったが、彼女が張った結界にはヒビひとつ入らない。
「それがあんたの本心なのかどうか、ボコボコにして確かめてやる! 」
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