第195話 空亡㊻ 否定

 空亡の手から槍のように発射された妖力は、赤い血を撒き散らして遥かかなたの空へと消えていく。

 貫いたのは、空の肩だった。


 頼光を庇うようにして彼に覆いかぶさっていた空は、地面に手をついて跳ねるように起き上がると、『空隙』を使って空亡の眼前に瞬間移動する。

 空亡の目の前に広げられた手のひらには、紫色の妖力弾が既に生成されていた。


「“幽玄神威”」


 メリッと骨が陥没する音が響いた後、爆音を奏でながら空亡の頭部は爆発四散した。

 濃い煙の中に、ギョロリと覗く目玉が見える。


「これでも死なないか! 」


 決して効果が無かった訳ではない。

 だが、空亡の圧倒的な妖力とその出力の前では、この程度の負傷はすぐに治ってしまう。

 彼は倒れゆく体を下半身の力だけで支えた後、勢いよく上体を起こして空に頭突きをお見舞いする。


 一瞬の怯みを空亡は逃さない。


「お返しだ、“幽玄神威”」


 空が放ったものより大きく、威力の高い『幽玄神威』は、彼の半身を消し飛ばした。

 幸い、彼もまた空亡である。瞬時に治癒術をかけてその傷を塞ぐと、修復していく筋繊維が繋がり切るよりも早く反撃に移った。


 今度は彼だけでは無い。

 立ち上がり、戦闘力を取り戻した頼光も、空亡の背後に回り込んで挟み撃ちの形をとった。


「“現世”! 」


 次元の狭間から放たれたのは斬撃ではなく、炎だった。


「これは、麗姫の⋯⋯! 」


 空はあの旅の後も、度々九尾の里を訪れては、戯れに麗姫と組手をしていた。

 その時受けた技も、当然扱うことができる。


 灼熱の炎は空亡の体を焦がし、焼けた体は本来の動きが出来なくなる。

 治癒術が回りきるよりも早く、頼光の刃が彼の首を捉えた。


「“天明斬”! 」


 横なぎに一閃された太刀は、莫大な霊力を伴いながら彼の首を斬り裂く。

 やはり頼光もまた、人間の中では最強格の男である。空亡の妖力出力を瞬間的に上回った。


 致命傷を逃れたが、それでも彼の首は繋がり切ることは無い。

 動脈から噴き出す血が、雨を降らせた。


「“現世”」


 次に空が繰り出した技は2つ。天狗の頭領と、鬼の頭領の技だ。

 風で手足を斬り落とし、顔面に鬼の打撃の衝撃が叩き込まれる。

 肉体を破壊されながらも、空亡は何とか空中で体勢を立て直し、眼下で自分を睨みつける兄の姿を見た。


 空亡は、いや亡は理解していた。

 おそらく自分は勝てないと。自分と同じ空亡の力を持つ兄に、藤原家の側近、源頼光。今の彼では覆しようもない戦力差だ。


 彼の頭には、神楽の顔がこびりついて離れない。

 彼女は龍神の呪いを受けて死んだ。何故呪いなど背負わねばならなかったかと言えば、人間が龍神の力無くして生きていけないからだ。彼女は人間の生贄となった。


 しかし、妖怪となってからの彼は、人間の醜い部分を見すぎたのだ。

 無辜むこな巫女を生贄に捧げなければならないほどに、彼らが大事なものだとは到底思えなかった。


「間違ってる、こんな世は」


 彼女を弄んだ龍神も、守ってもらいながら恨み言しか言わない人間も、妻1人守ることができなかった自分も、全てが憎い。

 そして、憎しみを清算することを邪魔する兄もまた、憎かった。


 ――なぜ、あいつらの味方をするんだ、兄さん。


「俺はあんたとは違う。俺は、この世の全てを、否定する! 」


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