第140話 腕
討魔官の仕事場は、主に森の中と相場が決まっている。妖怪はこういった暗くて、ジメジメとした場所を好む。
街に現れる妖怪は発見され次第討伐されるし、わざわざ任務として事前通告されるような事案は、いつもこういった場所で起こる。
悠聖は、前を歩く将竜と茜に若干の距離を開けて歩いていた。
夫は妻を守り、妻も夫を守る。お似合いの夫婦だ。
幼い頃から将竜は正義感が強く、誰をも守ろうとし、誰にも立ち向かって行った。ただその優しさが、茜に対してだけはより格別のものとして注がれていることを、悠聖は気が付かなかった。
彼の胸中に渦巻いているものが、恋敵に対する嫉妬なのかは彼にも分からない。そもそも自分が茜に対して抱いている感情が、恋慕からくるものなのかどうかさえ、彼は認識していなかった。
ただ、先に結婚する親友を見て、“置いていかれている”、そう感じていた。
討魔官としても、そして男としても自分は将竜に負けたのだと、心の奥底でもう1人の自分が嘲笑う。
同じ呪い術を専門にした2人だったが、実力は将竜の方が圧倒的に上だった。
彼は特殲として活躍し、一方の悠聖は未だに一兵卒だ。
専門的な霊術を持たず、戦闘能力では圧倒的に劣る茜ですら、指揮能力を発揮して分隊を任されるまでになっていた。
彼は焦っていた。
成果を出さなければいけない。早く2人に追いつかなければいけない。
焦りは判断力を鈍らせる。普段は落ち着き払っている悠聖ですら、感情という強い力の前には為す術が無かった――。
***
――その焦りは、彼の足元を掬っていった。
「悠聖! おい、しっかりしろ! 」
通達された妖怪とは、別の強力な妖怪。
討魔官として仕事をしていれば、こういったことは良くある。
だが、頭の鈍った悠聖はそこに頭を回すことが出来なかった。
腹部からの出血。内蔵の損傷。潰れた肺。そして、全身の骨折。
蛇の頭を持った猿の胴体をした妖怪が、彼の体を弾いたのだ。
特殲の将竜なら討伐に5分とかからないだろう。しかし、悠聖と茜をかばいながらでは流石に厳しい。
この場で治癒術を使えるのは将竜だけだ。しかし、妖怪の攻撃を避けながらでは治療は難しい。
「茜! 悠聖を早く! 」
「わ、分かりました! 」
彼女が悠聖を担いで運ぶまでの時間は稼がなければならない。
全力では戦えない。2人を巻き込まないよう、力を抑えながら妖怪の足止めをする。
制約の多い中で、将竜は奮闘した。
このままの状況であれば茜達は逃げおおせ、妖怪は将竜によって倒されただろう。
「っ!? もう1体!? 」
同じ外見の妖怪が、もう1体。
その腕に茜は弾かれ、木に打ち付けられた。
「茜! くそっ! 」
力を制限されている中で、2体1の戦いを強いられる。
いくら特殲といえども、苦戦は必至であった。
妖怪は腕を飛ばしても、腹を貫いても即座に再生して立ち向かってくる。
「将竜、さん……」
茜はどうにか彼を救援できないかと頭を回した。
悠聖はとてもじゃないが戦える状態ではなく、自分は弱い。
必死に脳みそを回転させる中、眼前に妖怪の腕があるのが見えた。
「ぐあっ! こいつら、さっきより強く……」
将竜が追い詰められる。
ジリジリと妖怪共が彼に向かっていく。
――これしか、無い!
茜は千切れた妖怪の腕に手を伸ばした。
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