第137話 星砕き

 あの巨体を、蹴り飛ばしたのか。

 飛ばされた酒呑童子は、大の字になりながら地面に転がっている。

 蹴った茜の右足をよく見ると、骨が逆方向に折れ曲がっている。自分の攻撃の反動を受けたのだろうか。


「あらいけない」


 彼女は自分の片足を握って、そのまま曲がった骨を無理やり元に戻した。ボキっという音がこちらにも届いてくる。

 すっかり骨が修復してしまったようで、足をとんとんと叩きつけている。


 ――これが、「妖喰らい」の力……。


 恐るべきパワー。そして回復力。半分人間ではないその体は、鬼のように強かった。


 ゆっくりと、緩慢に酒呑童子が起き上がる。

 口元には笑みが浮かぶ。


「いい蹴りしてるじゃないか、女」

「光栄よ、化け物さん」


 悠聖が刀印とういんを結ぶ。

 彼の体の周りに、黒く淀んだ、禍々しい異質な力を感じた。

 歪み切った霊力だ。


「“救世祟手ぐぜすいしゅ”」


 彼が纏っていた瘴気は、腕を形成し、酒呑童子に一直線に向かった。

 伝説の鬼はそれを紙一重でかわすが、第2第3の手が迫っている。そのうち1本が、屈強で厚いその肉体を貫いた。


「強い呪いだ……やっぱりお前ら、普通じゃねぇな」


 彼はその腕を掴んで、無理やり引きちぎった。腕はその場で消滅したが、体には穴が空いたままだ。


「治癒術も効かない、か。厄介な」


 凄い。確実にダメージが通っている。

 今ならいける。

 私は呆気にとられるのをやめて、すぐに立ち上がって茜と共に酒呑童子へと向かった。


 それを見て、空亡、葵、八瀬が続く。

 最初に、私と茜の拳が分厚い肉の壁をぶち破った。

 みちみちと音が聞こえる。


「洒落臭い! 」


 振り下ろされた手刀を、私も茜もすんでのところでかわす。その時、かすめた手刀が茜の巫女服の前部分を引き裂いた。

 大きな古傷の入った、純白の肌が露出する。


「“現世”! 」


 空亡の斬撃。酒呑童子の腕が宙を舞う。

 彼の後ろに隠れるように走っていた八瀬が、酒呑童子に飛びかかった。


「“岩砕”! 」


 骨が砕け、肉が裂ける。

 圧倒的な妖力でコーティングされた拳が鬼の体を貫き、彼は赤い髪を揺らしながらたまらず飛び退いた。


「えいや! 」


 気の抜けた掛け声と共に、葵の放った結界の破片が、ガラス片のように酒呑童子の体に突き刺さって、その鮮血を散らした。


 治癒術によって肉体が修復する前に畳み掛けようと、八瀬が倒れ伏した酒呑童子に飛びかかるが、彼は両足を天に向かってピンと伸ばし、八瀬を蹴り飛ばした。


 悠聖の力で空けられた腹の穴以外、全ての傷を修復した酒呑童子は不適に笑みを浮かべる。


「人間も、存外に強くなったものだな」


 握った奴の拳に、力が込められる。


「“星砕き”」


 地上が私たちの下から、消し飛んだ。


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