第135話 酒呑童子
風呂上がりに部屋で寛いでいると、突如轟音と共に建物が揺れた。
私は寝ていたベッドから飛び起きて、辺りをキョロキョロと見回す。
ドゴン、ドゴン、と立て続けに衝撃が襲ってきていることを考えれば、地震ではないだろう。
状況が掴めずにいる私の元へ、八瀬が扉を破るように開けて入ってきた。
「おい莉子、外に変なやつがいる」
「変なやつ? 」
***
手を引かれるままに宿舎を出ると、左手200メートルほど奥にある討魔庁の支部が燃え上がっていた。
空を見上げると、1人の鬼が両手を腰に添えて浮いている。
何も着ていない上半身から丸太のように筋肉が肥大した立派な腕を露出させ、頭に生えている2本の角は鋭く尖っている。
「八瀬、あんたの知り合い? 」
「いや、あんな鬼は知らん」
1つ分かることは、あの鬼はただ者では無いという事だ。
体からは膨大な妖力が絶えず漏れだしていて、その濃度は八瀬に匹敵するか、それ以上だ。
「ん? なんだ生きてるじゃねぇか」
ぶっきらぼうな口調も、どことなく八瀬に似ている。よく見ると角の模様や長さも彼と同じだ。
鬼は腰につけた瓢箪の口を開け、中身を一気に仰いだ。
ぷはぁーっと息をついて、口元を拭う。
「こりゃ、暴れがいがありそうだ」
「ちょっと! あんた誰なのよ! 」
鬼の答えは簡潔だった。
「
酒呑童子は遥か昔に討伐された大妖怪だ。最強の鬼として名高いその妖怪は、全国各地に子孫を残している。
八瀬童子もその1人。
「俺のご先祖さまって訳か」
この様子だと八瀬も酒呑童子の顔は知らないらしい。
おそらくこいつも、青目の力で黄泉から目覚めたのだろう。
青目の蘇生術には、一応制約がある。
死体が無ければ生き返らせることはできない、ということだ。
つまり、神野達はどこからか酒呑童子の亡骸を入手したことになる。おそらく、まだまだ復活した妖怪や霊術師はいるだろう。
「莉子ちゃん! あいつは!? 」
少し遅れて、夜子さんに連絡を取ると言っていた葵が到着する。
パジャマ姿の私と違い、彼女はしっかりと巫女服を着て短刀を構えている。
討魔官と一般人の意識の違いだろうか。
「あいつは酒呑童子、らしいわ。ごめん、あんまり説明してる時間もなさそう。空亡! 」
空中に浮いている酒呑童子が腰から手を外した。
霊体化を解除させた空亡を前に出して、様子を伺う。
「一体何が目的なの! 」
「復活ついでに暴れ回ろうと思ったら、丁度よくお前たちがいたものでな。雑魚どもでは相手にならん」
地上には既に倒れた討魔官が多数。残っている者は多いが、戦闘に参加しても無駄死にするだけだろう。
「みんな! 手は出さずに負傷者を救助して! 」
「懸命な判断だ」
奴の霊力が、山のように膨れ上がったのを、確かに感じた――。
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