第110話 式神
さっきまでの騒々しさが嘘のように静まり返っていた。戦いが終わった後の、疲労の中に悲壮や悲嘆が入り交じった独特の空気感。
何人、死んだのだろう。
目の前で死んでいく人を何人も見た。討魔官も民間人も、男も女も、沢山死んでいった。
私が晴明と道満を倒せれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
最強の妖怪である空亡の使役者として、私はあまりに力不足だった。
私にはあの戦いで、気づいたことが1つある。
「空亡、お願い、出てきて」
カメレオンが色を付けるように、空亡が実体化していく。
「なんで? 言わなかったの? 」
「なんの話だ? 」
「私が、足手まといだって」
私と空亡は相性が良い。それゆえに、互いの力の影響を大きく受ける。
空亡の力を受け取ることで、私は筋力も霊力も強くなった。
てっきり空亡も私の力で強化を受けていると思い込んでいた。
だが、多分違った。
『転』を使って霊力を空亡に変換すれば、確かに彼は強くなる。
でも、それ以外の場面では違う。
普段の彼にとって、私の力はむしろデバフだ。
空亡は何も言わない。それが、私の予想が事実であることを物語っていた。
「最強の妖怪であるあなたが、いくら相手が強いとは言え、そしていくら万全では無いとは言え、所詮は人間である道満と晴明にあんなに苦戦するはずがない」
私の霊力に関する練度が低いのは承知していた。そのはずなのに、何故これに気が付かなかったのか。
霊力量と出力が強いだけで、霊術はからっきし。
そんな私が、意識せずに式神に強化を施すなどできるはずが無かった。
私が強くなっているのだから、空亡も強くなっている。もしかしたらその思い込みが、晴明と道満を取り逃がすという失態に繋がったのかもしれない。
「ねぇ、私が強くなってたのもさ、空亡が強化してくれてたから? 」
もしかしたら、相性によって互いに能力が向上するなど、そんなこと自体がありえないのかもしれない。
「それは、違う」
空亡は黒く染った空を見上げながら答えた。
「お前は俺に影響を受けて強くなった。それは、俺の術でもなく単にお前が適応したからだ」
彼は空から目を切って、私の顔を見た。
「お前の影響で俺の力が下がっているのは事実だ。今はな」
今は、という言葉を心の中で
答えは出なかったが。
「俺たちが最初に契約を結んだ時、実際あの時は俺の力も上がっていた。だから、お前に才能が無いとか、お前に俺の主人が務まらないとかそんなことはない。お前はできるんだから」
彼の私より少し大きな手が肩に置かれる。力強く握りしめられた。
「俺はお前のことが好きだ」
「なっ!? いきなり何を!? 」
「俺はお前のファンだからな」
「あぁ、そっち……」
熱くなった顔を慌てて冷まして、冷静な頭を取り戻す。
やはり彼も、葵と同じように“莉子”より“リコ”が好きなのだろうか。
「足手まといなんて思ったことは無い。俺は莉子の所有物だ、好きに使え。気を遣うな。盾にするなり、武器にするなり、お前の思い通りだ」
心臓の高鳴りが聞こえる。早く早く、鐘を打っている。
その言葉に安心すると同時に、彼が“莉子”ではなくその先にいる“リコ”を見ているのが、少しだけ嫌になった。
「心配しなくてもお前はもっと強くなれる。だから焦らなくて良い。お前が強くなるまで、俺が守ってやる」
肩に置かれていた彼の手を取って、固く握りしめる。
この手は、今は私のものなのだと思い込んだ。
それから30秒程の後、私のスマホが鳴る。メッセージが届いていた。
葵からのものだ。
『リコちゃん、来れる? 』
おそらく、彼女も別の場所で戦っていたのだろう。
私は『わかった』と返事を返して、それと同時に空亡も霊体に戻った。
「私って、何なんだろうなぁ」
一言だけ呟いて、葵がここにいると送ってきた場所に歩を進め出した。
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