第14話



冬キャンプはしないけど(秋で閉めるキャンプ場が多い)、秋は食がすすむ。

陽がかげって程よくなる寒さが、温かい食事とマッチする。

夏の暑さでは、温かい食事も我慢大会のように汗がふき出す。

それに比例するように、ルールも守れないも増える。

一番酷いのが、関東だか東海だか分からない立場のS県に湧いてでた△△という会社のアウトドア同好会? とかいうグループだった。


「で?」

「私はシチューを作っただけ」

「そこに乞食が湧いてでた?」


管理職員の言葉に喚くものの、現行犯逮捕された以上、仲間たちも擁護できない。

だいたい、食べたかったら自分たちでつくればいいだけだ。

それを「美味しそうな匂いがしてたから」という理由だけで鍋ごと盗むだろうか。


「何卒、穏便に」

「ドロボウは警察に差し出す」

「そんな! たかがシチュー程度で‼︎」

「その『たかがシチュー程度』を鍋ごと盗み、『返せ、ドロボウ』と言われて逆ギレして鍋を叩きつけたのはどこのクソ野郎だ! それすらも謝罪できずに『許せ』とかす無能なんざ、誰が許すか」


「ゔぁーか」と言いながら、あっかんべ〜と右目尻を指で下げ舌を出す。

「うがあああああ!」と喚き暴れる愚か者たちは、仲間たちに力尽くで地面に伏せられる。


「ああ、△△(会社名)には抗議の電話を掛けさせてもらったから」


管理職員の言葉に「謝ったじゃないか!」と叫んだけど……

残念ながら、管理職員たちは騒ぎを知ってすぐに電話をしている。

どこに?

警察と会社に、だ。


キャンプ場にはグループ利用割引もある。

そのキャンプ場には割引自体ないものの、いくつかある小広場のひとつをまるっと貸し切りに出来る。

ということで、大学や企業による大人数(といっても最大20人まで)のサークル活動に使われる。

もちろん、問題を起こせば大学や企業に「お前んトコは何を教育しとるんじゃあああ!」と抗議がいく。


「本日の営業は終了しました」ってなに?

休み?

休日?

連休?

だから電話が通じない?

それなら「警察に引き取ってもらおうか」となる。


「どうか穏便に」


代表者らしい青年が頭を下げる。

それを聞いてやる義務は私にはない。


「責任者と共に、あとで謝罪に伺います」


あとで、と言わず今すぐ謝罪して責任を取れ。

こちらが拒絶すると始まるのが『土下座パフォーマンス』。

そんなものは、拒否している側からしてみれば誠意がみられない。

そう、謝罪ではなくパフォーマンスの一環で悪手にしかならない。

それも周囲に「誠心誠意謝っているのに」というアピールを大袈裟に見せているのだ。

「謝ったら許そう」という寛大な心はため息をついて雲隠れし、「謝っても許してやらない」という狭量な感情が一番前に立ち、両手を腰に当てて胸を張る。


「これだけ謝ってやっただろうが!」

、じゃない。誠心誠意、心の底から悪いと謝罪してない奴のどこに許される要素があるんだ」


この騒動中に来てたみたいです、社長たち。

そして彼らのパフォーマンスを見、私の言葉に同意したのか頷いていた。

(というのを、この騒動が終わってから職員やキャンパーたちから聞いた)


「その程度で許されるなら、焚き火の中にお前らを蹴り飛ばしてやるよ。丸焼きになったその前で『悪かった』といえば許すんだよな?」

「俺たちは殺していない!」

「じゃあ、お前らの家を教えろよ。家に乗り込んで家具家財を破壊して回っても謝れば許すんだよなぁ? お前らは私のサイトという私有地に乗り込んで悪事を働いた。お前らの家に乗り込んで破壊する行為と何が違う? 被害の大きさか? しかし、罪に被害の大きさなど関係ないし、報復は10倍だろうと100倍だろうと関係ない。全員への報復を1人に向けるか、全員一律に向けるかは被害者である私の自由!」


シンと静まる……こともなく、声をあげて笑うキャンパーたち。

キャンパーはみんな、私が脅しているだけだと気づいてる。

シチューが食べられなかったどころか、鍋を壊された恨みを『言葉という武器』を持って仕返しをしているだけだということを。


そうじゃなければ、この場に立ち会っている警察官が黙っているはずがない。


「あっ…………しゃ、ちょ……、な、こ」


周囲で笑うキャンパーたちを見回していたひとりが、一ヶ所(彼らから見て背後。警察官たちが立っている隣)で動きを止めた。

声が途切れ途切れだったのは後ろ向きだから聞こえなかったのか、男のいうをみつけた驚きからか。

キャンプ場に不似合いなスーツにネクタイ姿の男性が4人。

周りの視線を一身に集めた男性が近づいてくると、なぜか偉そうにしていた男の表情に笑みが浮かぶ。

その男の前まで歩み出た男性は一瞬で表情を大魔神のように憤怒にかえると……


ドッゴーッン


目の前がスッキリと見通しが良くなった。

右斜め前の地面に視線を向けると、地面に、うーん…………自業自得?

撒き散らされた私のシチューに顔面から突っ込んでいた。


「私は△△(社名)の※という者です。当社の社員が大変申し訳ないことをしました」


周囲の歓声も男への罵声もサラリと無視して名刺を差し出して私に頭を下げるのは、男を泥のついた革靴で蹴っ飛ばした男性とスーツ姿の男性たち。

受け取った名刺の役職には社長とある。


「社員にどういう教育をしてんの? 盗人ぬすっと稼業、バンザイ?」

「いえ、そのようなことはございません」

「広場(小広場)を貸し切って、何やってんの? 盗人ぬすっとの仕方? これは実践?」


指をさしたのは引っくり返された上に底を何度も踏まれて壊された鍋。

今度は何も言えない。

だって、実際に窃盗をした結果が現状の騒動なのだから。


「ちがう!」


そう叫んだのは、顔でシチューを食べた男。

私に身体を向けたものの、立ち上がることはできなかった。


「盗んでまで食いたかったシチューは美味うまかったか?」

「…………‼︎」


社長が鋭い目を向けて放った言葉に動きを止めたからだ。

この男と一緒に悪事を働いた仲間は何をしているか?

すでに自身の未来が解雇グレー真っ黒タイホだと理解しているのだろう。

元々、男にくっついて好き勝手してきたようだ。

その男の振り回していた『オレ様』という免罪符は、効果があった。

一歩外に出てしまえば、焚き火の火おこしにも使えない……ティッシュや枯れ草以下の存在ゴミだ。

それに気付いたのか、ずっと正座したまま俯いて黙っている。

スーツ姿の男性たちから背中をドスッと蹴られたのは、社長が男にシチューを強制的に食べさせたとき。

顔面を地面にぶつけて砂だらけになっても、顔を左右に振っただけで謝罪も文句もなかった。

…………さっきまでの勢いはどこに行ったんだよ。


「さあて。どうしてくれようか」

「そのことですが……。あとのことはこちらに任せていただけませんでしょうか」

「ヤダね」


速攻で拒否。

当然だろう。

社長が出てきたから「あとはこちらで」って……


「なるわけねえだろ」


私のドスの効いた低い声に周囲からも「そうだそうだ!」と同意の声があがる。


「人のメシ、調理器具。奪って壊して『謝ってやった』というなら、コイツらがさっき言った自己主張と同じだろ」


おや、反論なし。

謝罪もなく、無言を貫くようだ。

私が「あとは社長にお任せします」と言ったら、「謝罪を受け入れた」と言って示談とか無罪放免でだったのだろう。

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