第8話 隠れ家
ユウタは逃げ足が早かった。
特別運動神経が良いわけでもないし、徒競走ではパッとしない順位しかとったことがないが、鬼ごっこでつかまった経験は殆どない。
そんな地味な特技を、この時ほどありがたいと思ったことはなかった。
馬が通れない小さな路地に何度か飛び込み、ひたすら走り続けた甲斐あって、完全にゆるキャラ達をまいたようだった。
ワンワン!
「あ! お前」
入り組んだ路地の端にいたのは、あの白柴だった。
「どこ行ってたんだよ。こっちは大変だったんだぞ」
ワン!
ユウタの文句は耳に入っていないようだ。犬はある家の戸口までユウタを誘うと、ドアの前で一声鳴いた。
すぐに扉が開く。
「お待ちしておりました」
ドアを開け、開口一番にユウタにそんな言葉をかけたのは、一人の老人だった。頭から灰色の長い布を被り、大きな杖をついている。
「ささ、とりあえずお入りなさい」
ユウタの周囲を気にするような素振りを見せながら、老人は彼を中に引き入れると、すぐに入り口を閉じた。
「ユウタくんじゃね?」
老人は椅子に座るようにユウタを促しながら言った。
「どうして名前を知ってるの?」
驚くユウタに、老人は笑った。
「そりゃあ、知っとりますよ。あなたは私共の窮地を救うために召喚された、勇者様なのじゃから」
「勇者様ぁ?」
驚きつつ、悪い気はしなかった。ユウタは口元が緩むのを堪えきれない。
「遂に勇者様が来たのね! よかったぁ」
家の奥から高い声が聞こえてきた。ユウタがそちらを向くと、姿を見せたのは髪の長い美女だった。
「この子がユウタくんかぁ。うん、利発そうだね。いいんじゃないか?」
彼女に続いた声は男のもので、こちらもかなりのイケメンだ。
「よかったぁ。本当に良かった。これで私達の未来も安泰ね、ダーリン」
「そうだね、ハニー」
目を丸めるユウタの眼の前で、二人は突如いちゃつき出した。他人のキスシーンなんて、テレビ越しでしか見たことがなかった。ユウタは驚きのあまり声も出ない。目は逸らさずに、まじまじと観察するのは忘れなかったが。
「こらこら、やめなさい! 子供の前で何やってるの」
「こうなったらこのバカップルは、他人の声なんて当分聞こえないさ」
更に別の人物の声が聞こえてきて、彼らはバカップルとユウタの間に割り込むように、身体を滑り込ませてきた。
仰々しい
「お初にお目にかかります。ユウタくん、お待ちしていました。私は
「僕は
二人とも理知的な顔をしている。
「申し遅れたが、わしは
ユウタを勇者と呼んだ老人は、杖を片手に、もう片方の手で部屋の隅に置いてあったランタンを持って歩き出した。
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