床下の国のユウタ

松下真奈

第1話 ユウタの秘密

 ユウタは小学四年生。

お父さんとお母さん、中学生のお姉ちゃんの、四人家族だ。


 ユウタには秘密基地がある。

家の外にではない。家の中にある。


 この日もユウタは、急ぎ足で学校から帰ると、まずはリビングのカレンダーをチェックした。そこには、家族全員の予定が書き込まれている。

毎朝確認するけれど、帰宅後一番にも再確認するようにしている。


「お母さんのパートは遅番。お父さんは会議で遅くなる、姉ちゃんは部活……と。よし!」


 あと二時間は、家に一人きりだ。

ユウタは小さくガッツポーズを作ると、ランドセルを置きに急いで自室へと走る。そしてヘルメットを頭に被って、洗面所へ直行した。


 洗面台の鏡に映るのは、ニヤニヤ顔で白いヘルメットを装着した、自分の顔だった。

 先月、父の気まぐれでホームセンターで買ってもらえたこれは、ただのヘルメットではないのだ。真ん中に、大きな丸いライトがついている。単二電池が二本も必要なのでその分重いのだが、ユウタはそんなことは気にしない。


「よっし! ばっちりだ!」


 ふふふふ、と抑えきれない笑い声を漏らしながら、ライトの電源をオンにした。

 狭苦しく薄暗い洗面所が、ぱっと明るくなった。この瞬間、ユウタのドキドキワクワクメーター(通称:ドキワク☆メーター)は、一段階上がる。


「よし。開きまーす……」


 洗面所の床下収納。普段は凹凸がないように埋め込まれている、銀色の小さな金属。その端を人差し指で押して、輪っか状の取手を引っ張り出した。それを掴んで、上に引き上げる。ドキワク☆メーターは二段階上がった。


「あっ。なんだ。お母さん、買いおきしたのかぁ」


 蓋が持ち上がった瞬間、そこに見えた物に、ドキワク☆メーターがちょっとだけ下がる。

 乱雑に投げ込まれていたのは、詰替え用の洗濯洗剤と柔軟剤だった。ストックが全てなくなったと騒いでいたので、買い出しに行ったのだろう。


「これ全部出すの、面倒なんだよなぁ……」


 買い置きされたばかりなので、量が多い。おまけに大容量タイプを買ったようで、一つ一つが重たかった。


「よし、これで全部」


 空っぽになった収納を見て、ドキワク☆メーターが再び上昇を始める。

 ユウタはクリーム色のプラスチックの収納ケースを、「よいしょ」と引き上げた。ケースはユウタの身体の幅よりも大きいけれど、重たくはないので、あっさり持ち上げることができる。


「しめしめ」


 限界値まで昇りきったドキワク☆メーターは、今にも振り切れそうだ。

 洗剤と柔軟剤のストックが場所を取っているので、収納ケースは洗濯機の上に置いた。


 ケースが取り払われた床には、四角い大きな穴が、ぽっかりと口を開けている。

ユウタの家の床下――ユウタだけの秘密基地へと続く、入り口である。

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