第14話 解放
「あなたの子は大丈夫ですから、安心してください」
抱き上げた子フェンリルは僕に助けてもらった事が分ったのだろう、甘えるように僕に頭を擦りつけてくる。かわいい仕草とモフモフとした抱き心地に思わず抱きしめて頭をなでなでしてしまう。そのふわふわの手触りが病みつきになりそうだ。
いかん、いかん、このままだと一生撫で続けてしまう。僕は我に返ると、親フェンリルを助ける為、四方を囲んだ結界装置の一つへと足を進めた。
「子フェンリル君。ここでちょっと待っててね。君のお母さん、いやお父さんか? すぐに助けてやるからな」
結界装置を調べなければいけないので、子フェンリルを足元に降ろした。
「これはとっても危険な装置だから、絶対に近づいちゃダメだからね」
降ろした途端一目散に親へと飛びつかれたら大変だと、ここから動かないようにと念を押すことは忘れない。
「これは、かなり旧式だよね。相当に古いものだけど、まだ故障せずに使われてたんだ。丈夫でなにより……」
って、言ってる場合じゃない。
この装置は今までどれだけの者に苦痛を与えてきたのか? と想像するだけで胸糞悪い。初期型の為、まだ安全装置と誤作動による緊急解除装置が標準装備されていないのだ。
そして、この装置を解除するためには、これに魔力を注いだ者にしかできない仕様にはなっている。
実は、決して他の者が解除できないと言うわけではないのだ。それをするには、展開された刻印を読み取り、それを解析し個人の認証部分を書き換える事で強制解除はできる。だが、しかし、これは知られてはいけない禁術となる。
何故なら、これの応用が、相手が放った魔法を無効化すると言うものであるから。相手の放った術の刻印を瞬時に読み取り見極める目と、他人の能力を書き換える力を有するという事は対術者にとって途轍もない脅威だから。それを闇に頬むりたい勢力があったと言う事だ。
これをマスターするのに僕はどれほどの修業を積んだことか。今思い出すだけでも、嫌な記憶が蘇って寒気がする。
それは師匠からの弟子への有難い相伝と言うものでは決してなく、実はハルさんの後にも、師匠作のあの結界、というか、罠のような装置に引っかかった魔物や動物が続出して、いちいち師匠が対応するのは面倒だとし、その仕事を僕に押し付けたと言うのが真相なのだが。
「大丈夫だよ。すぐに解除してあげるからね」
心配げにしている子フェンリルの頭を撫でると、そう告げた。
すぐにでも解除できるのだが、その前に、親フェンリルにしっかりと伝えなければいけない事がある。僕はフェンリルを見上げると彼へと声をかけた。
「どうか聞いてほしい! 僕の言葉、理解していますよね。そこでお願いがあります」
フェンリルは太古の昔より生きる頭のいい神獣だ。人の言葉を理解できているはずだと思った僕は、彼からの返事を気長に待つことにした。しばらくして、僕の頭の中に声が響く。
『こんな状況にある我に何を願う?』
苦し気ではあるが、やはりフェンリルは人の言葉を理解していたようだ。
「あなた方にこんな酷い事をした人族がいた事を心から謝ります」
まずは謝っておこう。僕がしたわけじゃないけど、怒りが収まるなら何だってやっておく。暴れられたら厄介だし。
「お願いと言うのは……。僕たちに少し時間を貰いたいんです。今、僕の仲間たちがこんな事をした奴らを捕まえようと、奴らに感づかれないように秘かに行動を起こしています。
今からあなたを解放させて頂くのですが、解除と同時にあなたの強大な力を解放する事はしないでいてほしいのです」
隠密で行動してるので、お願いだから暴れないでね。と、ちゃんと伝わっただろうか。
『我に手を出すなと言う事を言っているのか?』
言い方間違えて怒らせちゃったかな? と、ちょっとびびる。
「はい。どうか、あなた方への蛮行の落とし前は、同じ種族の僕たちに任せてもらいたいと言うことです」
『うむ、息子を助けてもらった恩義もある。我としてはこんな罠に易々とはまると言う失態を演じてしまった。これは我の落ち度でもある。分かった。しばらくの間は様子を見るとしようぞ』
そしてだ。ごちゃごちゃはもういい、それは相分かったから、さっさと解放しろ! ふん! などと、鼻息荒くせっつかれた。
フェンリルから言質を取った事で、急いで解除作業へ取り掛かった。四か所の内の三か所を解除し、最後の解除に取り掛かろうとしたところ、後ろの方で『バーン!!』と、すごい音がした。
「え? 何? 何?!」
その音に驚いて振り向くと、闘技場への入場口になっている大きな扉が吹っ飛んでいて、そこには土煙がもうもうと立ち上っている。煙の向こうに何やら蠢く影が見えた。
あれは何だろうと目を凝らしたその時に……。
「アキト! 逃げろ!!」と大声が響いた。
その声がした途端、煙の奥から魔物たちが続々と飛び出した。それと同時に、魔物を追うように何人かの冒険者も一緒に出て来たのだ。逃げろと言う声は、魔物を追って真っ先に飛び出し剣を振るう女剣士のアイラさんからの僕に対しての警告だったのだ。
「これって、何があったの?」
突然の魔物との戦闘開始に思考が追いつかず、呆然とその様子を眺めていると……。
『アキト聞こえる?』
ハルさんからの念話が入ってきた。
『何があった?』
『ならず者一味を全員捕まえたと思ってたんだけど、どうも一味の一人が隠れてたようでさ。そいつが逃げるついでに、檻に入ってた魔物を全部解放しちゃったんだよね』
『あら~、それでハルさんは大丈夫?』
『ああ、だ……。うわぁーーー!』
ハルさんが大きな叫び声を発したようだ。
『ハルさん、どうした?!』
『アキト、油断した。ゴブリンに見つかっちゃったよ。俺は逃げるから、また後でな』
『おお、充分に気をつけてよ!』
そこでハルさんからの念話が途切れた。おちおちしてる場合じゃないようだ。急いでこの結界を解除してハルさんを助けにいかないと。僕は慌てて最後の装置を無効化した。
解放された事でフェンリルは大きく伸びをした後、ブルブルと頭を震わせた。自由になったフェンリルに僕は恐る恐る声をかけてみた。
「あの~、あの魔物たちですけど、あなたのお力でなんとか出来ませんかね?」
僕らの後方で冒険者たちは魔物たちとの死闘を演じているようだ。
『何を言っている。しばらく手を出すなと言ったのは、そなたではないか? 約束を箍う事は出来んよ』
そう言うとフェンリルは僕の方を見てニヤニヤ笑っているのだ。
「ぐぬぬっ! そうでした……」
こいつ、面白がってやがる。僕がジト目で睨んでいると。だが、そんな僕の表情を見てフェンリルはフンと鼻で笑う。
『変わったエルフの少年よ。お前さんだけでも何とか出来よう』
そう言うと我関せずと言った風なフェンリルは、その横で心配そうにク~ンと鳴いている子フェンリルを自身に引き寄せて両前足の中へ抱え込んだ。そして、魔物が迫って来ているにも関わらず、捕らわれた事で痛めた自分の足を悠然と舐めだした。
冒険者たちと戦っていた魔物の中から何頭かが僕に気付いたのか? こちらに向かって来るではないか。その魔物たちはよだれを垂らし赤く血走った目をした凄い形相だ。
本来の魔物は自分より強大な力を持つものには近づかないものなのだが、近くにフェンリルがいるのにも関わらず、何故かこちらに向かって来る。
『少年、あの魔物らは何かに操られておるようだな。まぁ頑張れよ』
フェンリルは自身の腕の中で甘える我が子の頭を舐めながら、僕に棒読みのエールを送ってくれた。
「えええっと、やっぱり、この状況でも助けてはくれないのね?」
自分の子だけはしっかりとガードしているようではある。あの状態のフェンリルにはどう言っても無駄なようだ。
仕方ない。ここは僕だけで何とかしないといけない。
「はぁ~」
僕は一つ溜息をつくと、左腕を前方に伸ばし、その左腕全体に魔力を集めると、その光は弓を形成する。次に右手にも魔力を集めて矢を形作った。その魔矢を魔弓につがえると、大きく引き絞り狙いを定めて一気に放った。
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