第6話 晩餐会と不可解な死の謎

 中世のお城のような広い食堂、壁には美しい絵画が飾られており、高い天井から豪華で大きなシャンデリアが吊るされている。執事のバルドさんの炎の魔法で壁に設置されているキャンドルに火が入れられ、部屋全体を明々と照らしだした。


 長く広い大きなテーブルの上には様々な料理や果物がテーブル一杯に並べられている。こんなご馳走、そう滅多に食べられるものじゃない。


 主人のリカルド・ロッツが上座中央に座り、向かいにその奥方、僕は奥方の右隣だった。そして娘のマリアは僕の向かいに座っている。弟夫妻と医師のハーマン先生、家庭教師のソフィア先生がそれぞれの席に着いた。


 しばらくして、車椅子に座った年老いた女性がメイドに連れられてテーブルの一番端の席に着くと、全員が揃ったようだ。車椅子の女性に主人のリカルドさんが声をかける。


「お母さま、身体の具合は大丈夫ですか? 余り無理をしないでくださいね。キツイようでしたら、お部屋にお持ちいたしますのに。遠慮なく仰ってください」


 車椅子の女性はここの主人リカルドの母親で、高齢で足腰が弱っている為、車椅子を使っての生活で離れにお住まいなのだとか。上品そうな雰囲気と、昔はかなりの美人だっただろう面影があった。


 そして主人は全員が揃った所で僕を皆に紹介する。


「では全員が揃った所で皆に紹介しよう。本日のお客様は我が娘の命の恩人であり、あの大賢者と名高いアノマ様のお弟子でもあるアキト君です」


 そしてマリアの乗ったボートが沈んだ事での一件を話して、しばらく滞在して頂くので失礼の無いように、とか言っている。


 いやいや、今晩だけですからと訂正しようとしたが、主人は全く聞く耳を持たないようで、それを聞きながらマリアはニコニコと嬉しそうにしている。僕を置いてきぼりにして勝手に話が進むのだ。僕はへらへらと困った顔で頭をかくしかなかった。


 そして僕へと皆を一通り紹介すると、豪華な料理での夕食が始まった。テーブルの上に乗っているご馳走は今まで食べた事のないような宮廷料理だ。今後の参考にしようと、頭の中でメモをしておくことにした。


 ◇◇◇


 マリアが僕の弾くリュートが素晴らしかっただの、馬の手綱さばきが素敵だっただの、皆に僕の武勇伝を然も大げさに披露するものだから、僕は恥ずかしくて穴があったら入りたい気分だ。

 だが、マリアがこんなに楽しそうに話すのが余程嬉しいのか、主人は「そうか、そうか」と笑顔で聞いている。


 しばらくは和やかな雰囲気で食事が進んだ。だが、マリアが父親に母親のドレスの事で文句を言い出すと、それを聞いていたモニカさんの機嫌が悪くなったようで、急に席を立って一人出て行ってしまった。そこから不穏な空気が流れだす。そんな時に、立ち去った奥方の席にやって来た者がいた。


「アキト様? で、よろしかったですわね」


 主人の母親のリアーナさんがにこやかに僕に声をかけてきたのだ。そこで僕は改めて挨拶をする事にした。


「アノマ先生はお元気でしょうか? 実はわたくし、ずいぶん昔の事ですが、アノマ先生と同じ研究室で助手として働いていた事がありまして、その時にずいぶんとお世話になったのですよ」


「師匠とお知り合いだったのですか? 」


「そうなのですよ。でもわたくしは出来の悪い助手でしたの。よく怒られましたもの」


 昔の事を思い出したのか? くすりと笑った。そして、僕が弟子である事を知ってお願いしたい事があると言ってきたのだ。


「先生は相変わらずお若いのでしょうね。わたくしはもうすっかりおばあちゃんになってしまいましたけど」


 師匠はハイエルフであり、すでに800歳は優に超えているはずなのだが、年の割には無駄に元気だ。


「お願いと言うのは、先生からお借りしたまま、ずっとお返しできていない品物がありますの。それをずっと気になっておりました。よろしければアキト様からお返し願えないかと」


 本来、自分で返すのが筋なのだが、今までその機会が無く、この足では出歩く事が難しくなってしまった。僕が弟子と聞いて、頼めないだろうか? と思ったようだ。


「その品をお渡ししたいので、出来ましたら、この後、わたくしの部屋まで来ていただけませんか?」


  お困りの女性からのお願いは極力聞く。が、僕んちの家訓である。


「もちろん、いいですよ。皆さんに挨拶した後、なるべく早くにまいります」


 そう言って快く引き受けると、リアーナさんは嬉しそうに微笑んで、メイドに命じて自分の部屋へと帰って行った。



 ◇◇◇


 それからしばらくして、館の離れにあるこじんまりした家へと向かった。

 

「リアーナ様、アキトですが、入ってよいでしょうか?」


 僕が玄関扉にあるノッカーを叩くと、メイドさんがドアを開けて中へ招き入れてくれた。


 リアーナさんは部屋の奥でゆったりとした椅子に座り、刺繍をしていたようだ。刺繍をする手を止め、「よく来てくれました」と、側の椅子を勧めてくれ、僕が座るとメイドさんがお茶を運んで来てくれた。


「実は、わざわざ来て頂いたのは、先ほどの件の他にもう一つ折り入ってお願いしたい事があるのです」


 リアーナさんが神妙な顔で話し始めた。


「アキト様は<神の保管庫>って、ご存じですか? 」


 ? そういえば、師匠から聞いた事があった。だが、その事を知っている人はそういないはずだ。知っている事を伝えると、彼女はコクリと頷くと話を続ける。


「息子の先妻でマリアの亡くなった母親の死についてなのですが――――」


 マリアの母親が原因不明の病で亡くなった事で、今もこの家の中にぎくしゃくした空気が流れている事をリアーナさんは危惧をしていた。

 この家の者は彼女がただの病ではなく、毒殺されたのでは? と考えている節が見受けられるのだとか。


 この世界は<鑑定>と言うスキルがある。レアなスキルだがそれなりに持っている人はいて、ハーマン先生も医者として一応は簡易の鑑定スキルを持ってはいる。

 だが、どうしても彼女の病の原因と治療法が分からなかった。


 結局、分からないまま、昨年の暮れにとうとう亡くなってしまった。


「その事を早い段階で息子がちゃんと私に相談してくれれば、もしかしたら何とかなったかも知れない」


 そう、リアーナさんは悔やんでも悔やみきれないらしい。


 何故なら、マリアの母親の病が特定出来なかったのは、それは<神の保管庫>に無いからだと言う事をリアーナさんは知っていたからだ。


 そして、それを解決出来るのはアノマ先生しかいないと言う事もだ。


 <神の保管庫>


 それは、この世界を治める神の知識を収めた所謂データベースのようなものだ。


 それぞれの<神の保管庫>は各神により分散管理され、<鑑定スキル>とは、それにアクセス出来るキーであり、それは究極の生体認証付なのである。

 だが、<鑑定スキル>は万能と言うのではなく、それぞれの神の加護を受けた者にしかその保管庫にアクセスはできない。それぞれの神、それぞれの知識と言うわけだ。


 だが、”鑑定ができない=神の保管庫にない未知の知識”は存在する。ない場合は学習が必要となる。

 そこで<解析>スキルと言うものがあるのだが、世界広しと言えど、この<>が出来る<神に認められた者>はそうはいない。


 師匠はその<解析>が出来る数少ない研究者の一人である事、それを知る者はそう多くはない。

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