第6話 迷子探しをしよう
リックと亭主はパエリアの具材に何がいいかの試行錯誤をしているようだ。リックは料理の才能があったようで、亭主はそんな息子のために、自分のスキルを最大限活用し、食材の調達と良し悪しの仕分けを行ってくれているようだ。
僕としては、アドバイスくらいはさせてもらうが、全面的に関わる事はしないと暗に言ってある。
「なぁ、アキト。あいつら、ほっておいてもいいの?」
「大丈夫なんじゃない。この村の事はこの村に生きる人たちが決める事だよ。ちょっと安易に関わりすぎたかもね」
この村に長居しようとか、ましてや安住の地にしようなんて事も思ってはいないから。
「だから、村の将来を左右するような行動を起こしちゃいけなかったんだよね。そこまで責任が持てないからさ」
だって僕は、、、この広い世界をどこまでも見て回りたいんだ。
「ねぇ? ハルさん? 僕って冷たいのかな?」
「う~ん、まぁ、下手にクソ熱苦しくはないよね。だけどさ、この村が今後どうなるか気にならない?」
「まぁ、多生の縁だからんね。だけど、それはその内に、風の噂になって耳に入ってくるかもだから」
「ふ~ん、気の長い話だね」
「それよりもハルさん、リック達に買い占められる前に、お米とザリガニもどきを手に入れておこうよ。あれ、ハルさんも好きだろ」
「さんせーい!!」
僕はハルさんを肩に乗せて、市場へ向かう事にした。
◇◇◇
ローマンは宿屋『正直屋』の食堂でエールを片手に溜息をついていた。お米の生産を増やしてもらう為に、農家の人たちの所に交渉をしに行ったのだが、己の認知度と信用度の低さに落ち込んでいるわけだ。
農家の人たちにとってラーイースは、家畜のエサくらいの認識しかなされていない。なので、彼らにとって、そこまでの期待は持てないのも仕方がない。
『それって、詐欺じゃないのか?』だとか。かなり疑いの目で見られてしまった。
最近村に帰って来た男の口車に乗って、費用と手間ひまかけて、儲かるかどうか分からないものに簡単に増産する訳にはいかないとまで言われてしまったのだ。
「しけた面してんじゃねぇよ。お前の面を見てたら酒がまずくなる」
ここの亭主はローマンの前にどっかりと座ると、テーブルの上にドンと自分用の木樽ジョッキを置いた。
「なぁ、ウォルト。聞いてくれよ。あいつらは頭が固いとしか言いようがないんだ!麦とは育てる時期が違うんだから、空いてる土地を活用してくれれば、それでいいものを。なんだかんだと、なかなか首を縦に振ってくれん。ああ、簡単にはいかないもんだな」
ローマンはここの亭主に愚痴りながらエールをあおった。
「だったら、どうだ? 次も相手にされなさそうだったら、リックが作ったパエリアを持って行ってみるってのは? まずは食べてもらう事が一番だと思うぞ」
「おおお、そうだ。それだ!そこを失念してたわ。うんうん、やっぱり食ってもらうのが一番だわな」
少しは光明が見えたのだろう、ローマンは明るい顔になった。だがしかし、彼は急に真剣な顔つきに戻ると、
「ところでウォルト、あの息子なんだが……」
「あん? 前町長の息子か? ああ、かなり質の悪い奴らと付きあってるって話だな」
「闇組織とも繋がってるようだぞ。そんな奴が村長にでもなったりしたら、この村は食い物にされるのは目に見えているんだがな。それにだ、周りに金を配りまくって買収してるって話を聞いたんだが。俺への妨害も酷いし困ったもんだ」
「残念ながら、ここみたいな昔ながらの村は『世間のしがらみ』で成り立ってるって部分もあるからな」
「まぁ、そうなんだよな。出戻り組には冷たいわな」
ここの亭主とローマンは若い頃に王立軍に入り出世するという夢を抱いて二人して村を出た。お互いが思っていた道とはかなり掛け離れてしまったが、相当の苦労を経て、なんとか王都でそれなりに頑張っていたのだが、お互い違う理由で村に帰る事になった。
先に帰ってきたのがこの宿の亭主だ。リックの母親が亡くなった事がきっかけだった。まだ小さかった息子に寂しい思いをさせたくない。ギルドでの仕事はそれが出来なかったため、彼の両親がやっていた宿を引き継ぐためにこの村へと帰ってきた。
そして、ローマンの方はと言えば、王都にて魔導列車の計画を知り、村の為に何かしたいと言う崇高な志からの帰還だった。
亭主は幼馴染であるローマンの大志を知って、出来るだけの事はしてあげたいとの思いを持ってしまった。
「そう言えば、ここの周りの村で、女性や子供が居なくなるという事件が頻発してるようなんだが。お前知ってるか? ここも気を付けておかないと、何やらきな臭い」
「ああ、色々と動いてはみているんだが、奴らもなかなか尻尾を掴ませないんだ」
そんな話をしていると、宿の食堂に女性が息せき切って駆けこんで来た。
「あ、あなた!フローレが!お使いから帰って来ないの。お店のおかみさんに聞いたら、とっくに店を出たって言うのに!!」
◇◇◇
穀物のお店で麦や米を買った後、市場をウロウロしていると、一人の獣人の少年が路地の奥をのぞいたり、店の中を伺ったりと、キョロキョロと周りを気にしながら歩いているのに気がついた。その様子は必死で誰かを探しているように見えた。
(……どうしたんだろう?)
僕は気になったので、少年に近づいて聞いてみる事にした。
「誰かを探してるの?」
突然に声を掛けられた事で、ハッとした感じで驚いたようだ。最初は警戒しているような表情をしていたが、僕に悪意がない事が分かると、話す気になったらしい。
「あ、妹が、妹がいなくなったんです。さっきまで一緒だったのに……」
聞いてみた所、妹を店の外で待たせ、その店で買い物を済ませて戻って来た所、妹の姿が見えなくなっていたらしい。一人で勝手にどこかに行くとは思えないし、心配になって探していたと言うのだ。
「アキト、さっきの言葉はなんだったんだい?下手に関わらないって言ってなかったっけ?」
「え? そんな事、僕言ったかな?」
「ええええ!アキトってほんと相変わらずだよね」
ハルさんは僕の方を呆れた顔でじっとりとした目で見てくる。気まずい僕はハルさんからの目線を逸らすと。
「それよりも、精霊たちは何か見ていないかい?」
ハルさんに精霊の声を聞いてもらうように頼むと、ハルさんは目を閉じ耳を澄ます。そして僕の耳元まで登ってきて、ヒソヒソと精霊の声を代弁しだした。
「やばいよ。やばいよ。獣人の女の子が数人の男達に連れ去られたよ。路地に引きずり込まれてズタ袋に詰め込まれたよ」
それを聞いた僕は、『あちゃー、やってしまった』と頭を抱えた。簡単に首を突っ込むのはやはりまずかったようだ。
「ところでハルさん? その女の子をさらった男達は何処に行ったか分かる?」
「えっとね。そいつらは村のはずれにある大っきな家に入っていったって」
◇◇◇
ハルさんの声は精霊を介して獣魔契約をしている僕にしか聞こえない。所謂、念話と言うやつだ。なので、二人の会話は少年には聞こえないわけで、僕たちが何やら会話している事を察した少年は、心配そうな顔でじっと見ている。
「あの、どうしたんですか? 何かあったのですか?」
「ああ、この向こう側、村の外れにある大きな家が誰の家だか分かる?」
少年にそう問いかけると、不思議な顔をしながら、そこは亡くなった村長の家で、今はその息子が住んでいるようだと教えてくれた。
「どうも、君の妹さんはその家に連れて行かれたようだ」
「え? あ、あの、なんでリンカが、村長宅に……」
「どうも強引に連れ去られたようだね」
僕がそう伝えると、少年の目が大きく見開いたかと思うと、みるみる顔面が青ざめた。
「まさか、あそこって、確か最近質の悪そうな奴らが出入りしてるようだって……」
少年はハッとした顔になった。今度は怒りで真っ赤な顔になり、身体はワナワナと震えだした。
「リンカ、待ってろ!!直ぐ助けに行くからな!!」
少年はそう叫ぶと、勢いよく走り出してしまった。
「おい!待てよ!一人じゃダメだ!!」
そう言うも、言うが遅しで、僕の言葉など耳に入らないようで、すごい勢いで飛んで行った。慌てて後を追うが、獣人の身体能力はすごくて、僕が頑張ってもなかなか追い着けるはずはない。
僕はと言えば、マラソンランナーの横を走る小学生のようで、あっと言う間に距離を離されて置いていかれてしまった。そして少年の姿がどんどん小さくなる。
子供を誘拐するような危険な奴らだ。そいつらの本拠地に一人で飛び込んだら、下手すりゃ命の保証もないだろう。それか、ミイラ取りがミイラだ。
仕方ない、僕は最後の手段を取る事にした。遠ざかる少年の足元に生えていた雑草に就いた精霊を操作し、草を絡ませる事にしたのだ。案の定、絡まった雑草に足を取られ勢いよく転倒した。
すごい勢いで転んだ事で、思いっきり顔を打ち付け、そのまま前転して腰を強打したようで、その痛みで立ち上がれずにいるようだ。
僕は転んだ少年の元に駆けつけると、手足を拘束したあと、軽くヒールをかけてから、顔に下級ポーションをかけ、口を無理やり開けさせ残りのポーションを飲ませた。
最初はかなり暴れていたが、暴れた事で少しは冷静になったようだ。
「落ち着いて!冷静に行動しないと余計酷い事になるよ。まずは、家の中がどうなっているかの偵察が必要だから」
「偵察?」
「ああ、僕には秘密兵器があるんだよ」
そう言うと、おもむろにハルさんを少年の前に突き出した。すると少年は秘密兵器ハルさんをガン見する。
「ハルさん、お願いしていいかな? あの家に入り込んでくれないかい」
そんな僕の言葉に『やれやれ』と言った表情で僕を見ると、今度は少年に向かって、『任せときな』っという風に短い指を突き出した。
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