第4話 朝市に行こう
次の日は、雨がやんで良い天気になった。そこで僕は宿屋の少年と一緒に市場へ買い物に行くことにしたのだ。彼の名はエリック、愛称であるリックと呼んでくれと言う。
亭主である父親はガタイがよく強面で、頑固な上、気難しいこともあり、客が怖がってなかなか寄り付かない。ましてや飯がクソまずいとの評判がたって、最近では常連客ですら足が遠のいての、経営が苦しくなってきていたのだそうだ。
そこでリックから、出来れば昨日作ったパエリアを宿屋の名物料理に出来ないか? の相談を受けたのだ。
お米は思っていた以上に美味しうえ腹持ちがいい。その上、パエリアは酒に合うときた。冒険者や労働者の人たちに大評判だったことで、リックは各テーブルに置けるようなパエリアに利用出来るフライパンを探したいと言って来た。
リックからのお願いもあったが、僕もこの村の散策がてら朝市には興味深々で、行ってみたいと思った事が、本当は一番大きいのだけどね。
「パエリアは中に入れる具材はその時に手に入るもので出来るから応用が利くよね。まぁフライパンも大事だろうけど……」
本来は、エビや貝類があればいいのだが、海から遠いこの村で新鮮な海産物が手に入るとは思えない。沼ハサミエビは割とたくさん取れるとの事なので、それに関しては大丈夫だろう。後は――――。
「とりあえず、お米が安定的に手に入るかが大事だよね」
そう言うと、リック少年は、「はい、大丈夫です」と、笑顔で答える。
「今朝がた意識が戻ったお父さんから、ラーイースをどこのお店で手に入れたか聞いてきたので、まずはそこに行きましょう」
僕たちは、リック少年の案内で穀物を取り扱っている店へと足を向けた。そこでお米(ラーイース)が欲しい旨を伝えたところ、店主から大喜びされたのだ。
「知り合いの農家が何とか買ってくれないかって頼みこんできたので、仕方なく取り扱う事にしたんだが、家畜のエサくらいにしか利用法が分からなくってね。お客に勧めるにしてもどうしたらいいかって、困ってたんだよ」
冬に麦や小麦を育てて、その収穫後に空いた夏場に家畜のエサとして米を育てていたのだが、今年は麦や小麦の収穫が悪く、豊作だった米を何とか買ってほしいと泣きつかれたらしい。
そこで、お米(ラーイース)を今後も仕入れてほしいと頼んで、その店を後にした。
◇◇◇
朝市は屋台のような小さなお店から床にゴザを引いた上に様々な商品を並べただけのお店など、各々が雑貨や衣類、農産物や食べ物などを所狭しに並べて商いをしているようだ。
街道が封鎖されている事もあってか、足止めされた行商人や農家の人達でも商品のやり取りをしているようで、普段に増してかなりの盛況ぶりだと言う。
僕にとって初めての朝市という事もあって、楽しくってしかたない。
穀物の店を出た後、食材やフライパンとかを探して朝市をキョロキョロウロウロしていると、何か市場内が慌ただしいようだ。よーく見ると、広場になった場所に人が集まっている。そこの中心で、台の上にでも乗っているのであろう、頭一つ高い位置にいる一人の男が演説をしているようだ。
「あの男の人は何をしてるの?」
「ああ、今度、この村は村長選があるんですよ。あの人はそれに立候補した人です」
「村長選?」
「うん、この村の権力者で、前村長が亡くなったんです。それで……村長の息子さんの対抗馬として出た人なんです」
聴衆の中心で大きな声で何かを訴えている声が聞こえてきた。僕は何を言ってるのかが気になって聞き耳を立てる事にした。
『皆、聞いてくれ!!王都からこの先のダンジョン都市ジルクライムまで、馬を使わない馬車、魔導を利用し列を成す<列車>と呼ばれるものが走ると言う話を聞いた。王都ではそれを魔導で走る事で<魔道列車>と呼んでるらしい。
その魔導列車は大勢の人々や大量の荷物を一挙に運ぶ事が出来き、今までの馬車では何日もかかる距離を、たった数時で移動できるようになるのものだそうだ』
男は大きな手振り身振りで、魔道列車の大きさと利便性を説明しているようだ。
『万が一だ!それが開通して、この宿場村を素通りするとなれば、この村はどうなるか!?』
男は一呼吸置いて、周りをぐるっと見渡すと再び話し出した。
『それは、言わずもがなだ!』
「えぇーと、それってつまり、この村の宿泊客が減るって事ですか?」
集まっていた聴衆の中の一人が、恐る恐る彼に質問する。
『その通りだ!だが、ただ減るという甘いものじゃない!このまま何もせず無策でいれば……』
男は一際大きな声で、
『激減だ!』
そう叫んだ。
『そして、宿場村であるこの村の、宿と言う宿は全てが立ち行かなくなるんだ!宿屋だけじゃないぞ!この村に生きる人全てが路頭に迷う事になるのだ!』
演説していた男がそう言い終わるや否や、聴衆は大きくどよめき、あちこちで悲痛な声が上がった。
『慌てるな諸君!それは、このまま無策でいたならだ!この状況をチャンスに変える事が我々の生きる道なのだ!』
◇
「なぁ、リック。今、言ってた魔導列車の話は知ってたかい?」
「う、うん。お父さんがちょっと前にちらっと言ってた気がするな。宿屋組合の会合であの人からそんな話が出たんだって。でも、そんな突拍子もない話は想像できないし、誰も信じなかったんだって」
リックは鉄道や列車と言うものを見た事ないから信じられないのも仕方ない。
だけど、師匠がだいぶ前に開発に関わって基本的な構造は仕上がってたって言ってた。あれからかなりの時間が経っているようだ。だったら、すでに完成していてもおかしくない。と、そんな事を考えていると……。
人々が集まっている場所が、何やら一段と騒がしくなった。演説をしている男の周りをガラの悪い連中が取り囲むようにして割り込んでくる。すると、罵倒や野次が男達から一斉に飛び交う。
「オッサン、偉そうに勝手な事をほざくな!ゴラァ!!」
「オイオイ!いい加減な
「てめぇ!どんな了見で、そんなデマ流してやがるんだぁ? おいおい、嘘八百垂れ流した事の責任を取る覚悟てのはできてんだろうな!」
その男達は口々に悪態をつく事で、大方の聴衆はそそくさとその場から離れて行く。そこに、ガラの悪い連中を押しのけて、派手な服を着た軽薄そうな男が前に出てきた。
「この村は今後とも宿場村として栄える。俺が親父の後を継いでこの村を統治すれば安泰なんだよ!分かったか? 分かったのならデマを拡げて村長になろうなんて事は諦めて、さっさと立候補を取り下げるんだな。じゃないと……」
親父の後を継ぐと言った男は、対立候補である前村長の息子なのだろう。演説していた男の元に近づくと、ニヤニヤとした顔で呟く。
「お前の娘は評判の美人だよな。娘が大事だと思うんなら、おとなしく言う事を聞いてた方が身の為だぜ」
それだけ言うと、取り巻き連中を引き連れて、広場から去って行った。
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