第2話

久賀:手を貸せ! 早く! 死にたいのか、君は!?  早くするんだ!!

石山:待ってください!! 菅原が! まだ菅原が屋上にいるんです! 菅原を置いて行けません! すぐそこにいるんですよ!! お願いです!! 彼も!

湯藤:よし、上昇するよ? 久賀さんはその子、ちゃんと掴んででくださいよ? 君も捕まってて。揺れるよ。

式町:(小声で)分かってますよ。

久賀:やめなさい!! これ以上「アレ」に近付けば、私たちまで巻き込まれてしまうんだ!! すまないが、ここは離れる!! 機体を上げてくれ、湯藤!!

湯藤:オーライ。もう上がってるっての。

石山:そんな。菅原は! 菅原はどうなるんですか!? 菅原はまだゾンビになってないんですよ?!

式町:ああ。また、だ。また。やめてよ。

0: 

湯藤:第二話「旧友の名前」

0: 

久賀:石山君、だったか? どうだ、少しは落ち着いたか? ほら、水だ。飲みなさい。脱水症は困るからな。

石山:あ、ありがとうございます、久賀さん。少し落ち着きました。

湯藤:いやいやいや、それは嘘だよ、石山さん。どうやったら、こんな状況下で落ち着けるの? 軍人でも碌に冷静保ってる奴はいないのに。ねぇ、久賀さん?

久賀:湯藤、無駄口を利くんじゃない。お前はヘリの操縦に集中しろ! 墜落事故経験者だろ、お前は! また、私に報告書を押し付けるつもりじゃないだろうなぁ?

湯藤:ふー、怖い怖い。あんな長ったらしい報告書、僕も二度とごめんだって。(笑って)安心して。あれから操縦技術は磨いてるからさ。

久賀:なら、黙って操縦をしろ。話すだけでも集中力は削がれるものだぞ、全く。(少しの間)えーと、石山君。

石山:はい。

久賀:まず君には謝りたいことがあるんだが。

石山:え? 

久賀:そのだな。(息を整えて)


久賀:君の友達の子らを救えなくてすまない! 無力な私達を許してくれ! 何と詫びればいいか。(少しの間)すまない! この通りだ!

石山:い、いえ、頭を上げてください、久賀さん! 大丈夫です。彼らは私のこと、「命を呈して守った」んです。私だけでも助かったんですから、それをこんな風に謝られても困ります! 彼らはあなた達のことを恨んではいませんよ。きっと、大丈夫です。こちらこそ、命懸けで私を助けて頂いて、ありがとうございます。

久賀:そ、そうか。いや、しかし。クッ。

石山:本当に、大丈夫ですから。

0:少しの間をおいて

湯藤:いやはや、でもさ、久賀さん。石山さんも、一人だけ生き残ったってことは「あの子」と一緒ってことにならない? この状況下、一人しか生き残らないよ、って相場が決まっちゃってるんだか、なんだか。笑えるなぁ。

久賀:おい、湯藤。お前はどうして、そう口が動くんだ、ペラペラペラペラと。病気か?

湯藤:口先から生まれたのかもね。口八丁なのは自慢なんだよねぇ。

石山:「あの子」とは一体、誰のことですか? 私以外に救助された人がいたんですか?

湯藤:え? 「いた」じゃなくて、そこに「いる」でしょ? もう一人、女の子がさ。見えないの? そんなことないと思うんだけどなぁ?



式町:(大声で)少し黙っててくださいよ! もう、私のことは、放っておいてください。もういいでしょ。一人にさせてよ。

湯藤:何だよ。みんな、僕に対して当たり強くない? ハハハ。(小声で)はーあ、しんど。なんでこんなことしてんだろ。

式町:(小声で)なんで、私だけ。

石山:久賀さん。か、彼女は?

久賀:彼女は君とは別の場所で保護したんだが、地元の中学に通う女子生徒らしい。彼女も何人かの友達と逃げていたみたいなんだが、私たちが発見した時には返り血を浴びたのだろう、彼女だけがその場に泣き崩れていてね。そう言えば、周りには誰も(遮られて)

式町:(遮って)やめてよ! 思い出させないで! 思い出させないでよ! 三宅君達は生きてるの! 勝手に殺さないでよ!! 生きてるんだから!

久賀:(少しの間)す、すまない。そうだね。そうだ、絶対に生きている。私が悪かった。

式町:なんで、謝るの? もう、分かんない。

石山:えっと、まだ、彼女の心の傷は癒えていないようですね。この様子だと、相当な光景を目の当たりにした、というようですが。

湯藤:そりゃあさ、癒えるわけがないよ。だって、彼女の心に傷を作ったのは紛れもないゾンビだよ? 自分の友人がゾンビになるなんて経験は(遮られて)

式町:(大声で遮って)だから、やめてって言ってるじゃん! もう喋んないでよ!! 聞こえないの?!

0:しばらくの沈黙

式町:なんで、私だけ。ごめんね。ごめん。ちゃんと、私も。

久賀:彼女、ヘリに乗り込んだ時からずっと、こんな様子なんだ。私たちもなるべく早く心の傷を癒してやりたいとは思っているんだが、生憎、心とは無縁の仕事柄でな。

湯藤:心なんてあったら、銃は扱えないもんね。

久賀:そうだな。

石山:心の傷は手を加えて癒すのではなく、自然と癒えるのを待つしかありませんよ。根気よく、粘り強く。

湯藤:途方もないね、それ。日が暮れて、また昇って暮れちゃう。



久賀:ところで、石山君は、これからどうするつもりなんだい? とりあえず、このヘリは近くの軍事基地に着陸する予定なんだがな。

石山:そこから、何処か避難所のような場所に身を置くことはできませんか? 体力的にも精神的にも少し安息がほしいところではあるのですが。

式町:避難所? 避難所があるの?

湯藤:あぁ、あるとも。ただね、今もその避難所が無事かどうかなんてのは分からないよ? 何せ、この辺りはもう既にロックダウンしちゃってるって話だからねぇ。あるといいね、避難所。

石山:ロックダウン? 都市封鎖ってことですか?

久賀:あぁ。ゾンビウイルスの感染による被害の拡大を抑える意図がある、らしい。

式町:そんな、今更都市封鎖なんてしたって意味ないですよ。取り返しのつかないところまで来てるんですよ?

久賀:そうだな。式町君の言う通りだ。もう既に被害は郊外であるここまで広がっているようだし。やはり「アポリュオン」を見つけ出さないことにはこの事態は収拾しないか。いや、しかし(遮られて)



石山:(遮って)「アポリュオン」? その「アポリュオン」とは誰ですか? 科学者か何か?

久賀:え、あ。

湯藤:あー、あー。それ、「特定秘密」ってやつじゃなかったの、久賀さん? そんな呼吸するみたいにポッと言っちゃうんだね。(笑って)口元のネジ、緩すぎない? 軍人だって自覚、あるのー?

式町:「特定秘密」? わ、私たち国民に秘密にしていることがあるってことですか?! どうなんですか?!

久賀:いや、そういうわけではなく(遮られて)

式町:(遮って)やっぱり、街にゾンビが湧いて出てきたのは国のお偉い方の陰謀なんですね?! そうなんでしょ?!

式町:何の罪もない人達をゾンビにして、そんなに楽しいですか?! 

式町:その中で、たまたま生き残った私やそこの人のような人たちを救助して、国としては精一杯の活動をしてますよ、ってフリをしてるんでしょ?!

式町:全部見え透いてるんですよ! 私達が何をしたって言うんですか?! 返してください! 返してくださいよ、私の(遮られて)

石山:(遮って)落ち着け! おい! おい!!

式町:(我に返って)あ。

石山:どうしたんだ、急に。決め付けで話を広げないでくれ。久賀さんも、どうして彼女を止めないんですか?

久賀:(溜め息)止められる理由がない。半分近くは事実で、私は人命救助の「フリ」をしているにすぎない、かもしれないから。

湯藤:はは、間違いないねぇ。僕が今こうやって、このヘリを操縦してるのだって、今となってはほっぼほぼ惰性だし? 彼女みたいに真っ直ぐな言葉で罵倒されると、寧ろ気持ちいいね、なんて。ねぇ?


石山:ということは、まさか、このゾンビ騒ぎは国が意図的に発生させた人工的なパンデミックと、そういうことですか?

久賀:いや、これ以上君達、国民に私の口から話すことはできない。ただ、今言えることは(遮られて)

式町:(遮って)なんで、隠すんですか?! もう、隠さないでください! 

式町:国のお偉い方がする隠蔽工作にはうんざりしてるんです!! そのせいで、何人が無意味に命を落としたと思ってるんですか?! すべて、すべて話してください!!

湯藤:(小声で耳打ちしながら)どうするんですか、久賀さん? これ以上隠し通そうとすれば、痛い目を見るのはきっと僕らだよ。

湯藤:彼女らはゾンビだらけの街で生き残ったような人間だし? もし、彼女らがヘリを乗っ取ろうものなら(遮られて)

久賀:(遮って)(溜め息)分かった。石山君、式町君、君達には「真実」を話そう。どうして街がこんなことになり、君達が今ここいるのかについて、私の知る限りのことを。

石山:お願いします、久賀さん。私達が友人を失うに値する理由があったかどうか、見極めさせてください。

式町:あの、一緒にしないでくださいよ。私の友達はまだ。

湯藤:(大笑いしながら)ってことらしいよ、久賀さん? 僕らは特定秘密を一般市民、つまるところ、外部の人間に漏洩させた「大罪人」ってことなんだよね?

式町:そんなの、一般市民である私達の居住区をゾンビで溢れ返らせた時点で大罪人ですよ、今更です。

石山:でも、まだ彼らが溢れさせたかは分かっていないぞ、式町?

式町:同じ「国のお偉い方」なら同罪ですから。

石山:まぁ、それは。

湯藤:大罪人かー。大罪人がヘリコプターで少女二人を乗せて飛行中。なんて、ドラマチックなんだろー。そう思わない、式町さん?

式町:思いません。 

久賀:何、気の浮ついたことを言ってるんだ、湯藤。こんな状況なんだぞ? 秘密を秘密のままにして自分達の地位安泰を、なんて言ってる場合じゃないんだ。もう次の段階に入ってる。私達も、腹を括ろう。

石山:それでは、情報はすべて開示して頂けるんですね? 余すところなく。

久賀:あぁ。そうするとしよう。

式町:もう、何も隠さず、偽らず、お願いします。

湯藤:んーと、(距離を確認して)うん。軍事基地まではまだ時間はあるからさ、ゆっくり話してよ、久賀さん。クク、僕も聞きたいから、「その話」。

久賀:(少しの間)分かった。それじゃあ、順序立てて話すとしよう。


久賀:まずは、「この現状を作った化学兵器」についてだ。

久賀:この化学兵器は生命化学研究所という場所で国が秘密裏に交配させたもので、これを人間に意図的に投与することで、その人間の身体能力を半永久的に活性化させられる、という代物だった。

石山:えーと、つまり、私達の知る「アドレナリン」のような、運動能力に作用する物質ということですか?

久賀:まぁ、そうだ。式町君にも分かるよう、簡単に説明するとすればな。

式町:失礼ですね。簡単に言わなくても、分かりますよ。私、もう中学生ですから。

湯藤:そうだよ、久賀さん? 今の中学生は怖いんだから、怒らせちゃダメなんだって!

久賀:悪かったな。(少しの間)だが、この化学兵器には決定的な「欠陥」があった。

式町:欠陥?

湯藤:身体が壊れちゃうんだよ。身体能力を大幅に上げると、筋肉がそれに耐えられなくなって、グシャグシャ、っと。だから、人間に投与したところで、動く前に身体の損傷が激しくなって死んじゃう、って訳。あれ、ついて来れてる?

式町:ば、馬鹿にしないください。それくらい私でも理解できます、から。うん。

石山:その欠陥が説明の通り、ゾンビという存在を生んだということですか? でも、もしそうだとすると、ショッピングモールの「アレ」は説明の仕様がないと思いますが? 

久賀:あぁ。それだけならな。

石山:他にまだあるのですね?

久賀:その化学兵器を投与されただけなら、確かに生体は数時間も経たないうちに死んでいたんだ。身体を維持できずにな。だが、そこの「研究員」はそこで研究を諦めず、悪魔的な発想をするんだよ。筋肉諸共、身体が壊れてしまうのなら、筋肉の修復スピードを筋肉の損壊するスピードと同じまで上げればいいじゃないか、と。

石山:筋肉細胞の損壊と修復のスピードを揃えて、身体を維持し、身体能力の活性化という恩恵だけを得ようと。(少しの間)そんなことが可能なんですか? 現在の医療技術ではそこまでは(遮られて)

湯藤:(遮って)いやさ、逆に考えてみてよ。

石山:逆に、ですか?

湯藤:そう。それができちゃったから、君は軍事ヘリになんか乗る羽目になってるんだってこと。全く、笑えないよね。

石山:そうですね。その研究員も、どうして「修復のスピードを上げれば」なんて考え至ったんでしょうか。

式町:そんなことしなかったら、ここにいる誰もがこのヘリコプターには乗らなかったのに。

0:少しの間

湯藤:あぁ、そうだね。その通りだよ。

久賀:そうして、化学兵器「K00742-β」が完成したんだ。

石山:なるほど、それが人から人を伝って蔓延しているということなのですね。

湯藤:蔓延ねー。

式町:どうして、蔓延したんですか? 研究所で研究していただけ、なんですよね?

石山:そうですよ、久賀さん。その化学兵器が外部へ漏洩した理由は何ですか? 人為的なものですか? それとも、事故ですか?


湯藤:うん。やっぱり、「そこ」だよね普通、聞きたいのは。僕も初めて久賀さんからその話を聞いた時、怒りを覚えたもんだよ。

久賀:な、お前。

式町:湯藤さんもですか?

湯藤:あ、名前覚えててくれてたんだね! 照れちゃうなぁ。とうとう僕にもモテ期ってのが来たのかなぁ? って、中学生相手じゃ、意味ないんだけどね。

式町:はぁ? ふざけないでください。

石山:どうなんですか、久賀さん?

久賀:(少しの間)その化学兵器を投与された被検体が逃亡したんだ、生命化学研究所の実験室からね。そこの研究員の一人から連絡を受けた時、みな激震したんだ。

石山:な、逃亡?! 研究所の管理体制はどうなっていたんですか?! そんな危険な「もの」を。

湯藤:生命化学研究所の被検体管理の杜撰さが世間に露呈した瞬間だったよ。今考えれば笑えるんだよね。ほら、研究所が「被検体に出し抜かれた」みたいで、皮肉が利いてると思わない? (大笑いしながら)

久賀:湯藤、不謹慎だ。笑うのもそれくらいにしておけ。彼女らもいるんだぞ。これ以上、軍人の恥を晒すな。

湯藤:いや、笑う以外どうしろって言うんだよ? こんな状況なのに、何もできてないよ? ねぇ?

石山:それは違いますよ、湯藤さん。

湯藤:ん? 何が違うっていうの?


式町:私はそんな状況でも最後まで生き抜こうと頑張って、それで(遮られて)

湯藤:(遮って)それで仲間を差し置いて、堂々と生き残ったんだよね? 傑作だね。(抑えきれず吹き出して笑い)

久賀:おい、湯藤! どうして、そんなことを言うんだ?!

式町:仲間を、差し、置いて? いや、違う。違うよ。違うもん。みんなは後から。

石山:き、気にするな式町。私は君と同じだから、気持ちは分かるんだ。みんなは、君のために(遮られて)

式町:(遮って)だから、一緒にしないでください、って言ってるじゃないですか!! (落ち着いてから)私は、あなたみたいに前向きになんて、なれないんですから。

石山:し、式町。



久賀:申し訳ない。湯藤がふざけた真似を。

石山:いえ。話が逸れました。

久賀:そうだな。話を戻そうか。

石山:先程の話は、研究所から逃げた被検体が感染を拡大させているという認識で合っていますか?

久賀:あぁ、そうだ。そして、その被検体を通称「アポリュオン」と私達は呼んでいるんだ。

湯藤:「アポリュオン」っていうのはギリシア神話に登場する「アバドン」って天使のことで、彼は「破壊者」って異名を持ってるんだよ。まさに、世界の破壊者になり得る。ぴったりの名前だろー?

久賀:その被検体はこの辺りに逃げ込んだ可能性があると私たちは踏んでいるんだ。都市封鎖は感染拡大を抑え込むためと国は報道しているが、実際は「アポリュオン」の逃走経路を塞ぐためなんだ。

式町:さっきはウイルスの感染がどう、って言ってませんでしたか? あれも嘘だったんですか?

湯藤:そうみたいだねー?

久賀:ともかくだ、一刻も早く「アポリュオン」の捕獲に国が着手しなくては国が没落する。奴は(遮られて)

石山:(遮って)私にも手伝わせてください。

0:少しの間



式町:え。石山さん、今何を?

湯藤:へぇ? なるほど、なるほど?

久賀:何を馬鹿なことを言っているんだ、石山君! 相手は化学兵器を投与された生物兵器だぞ? どんな手段を使うか分からないし、いざ感染しようものなら! (俯いて)君も友人達のように。

石山:それでも、真実を知って、そのまま逃げるということをしたくないんです。それに、ここで逃げたら、菅原に笑われますよ。石山流の祖父から教わったことは、逃げることではなく、戦うことですから。

式町:(小声)戦う、こと。

久賀:しかし、君達は真実を知ったところで子どもなんだぞ? 私達の判断で君達を巻き込む訳にはいかないんだよ。

石山:子どもだからって、皆が皆、戦えない足手まといだとは思わないでください。私は過去に(遮られて)

湯藤:(大声で)いいじゃん、久賀さん! 本人が進んで「死にたい」って言ってるんだから? やらせてあげたら? 僕達は傍観するだけでいいんだよね? 死んだら死んだで、それまでなんだって。勝手に死ぬだけ、ってさ。

石山:湯藤さん! (裾を引かれ)ん?

式町:え、ちょっと、本当に戦うつもりなんですか? 死んじゃいますよ、あなたも。

石山:え、心配してくれるの?

式町:(戸惑って)はあ? 違いますよ。

石山:ふふ。私は所詮、救われただけの命。友人らが命を呈して守ったこの命で、私は最後まで戦いたいだけです。だから、お願いします! 手伝わせてください!

式町:(小声)救われた、命。

湯藤:だってさ、久賀さん。どうするの? この部隊に高校生や中学生の女の子を編隊した、となると除隊では済まないかなぁ? そうだなぁ、罰金、禁錮、その他諸々が付きまとうね。

式町:ちょ、ちょっと! 私はまだ、何も。

久賀:湯藤、その前に私達は特定秘密をただの一般市民に漏洩させているんだ。君も含め、ね。

湯藤:(大笑いしながら)そうだった、そうだった! 僕の考え違いだったよ。そう言えば、もう疾っくに大罪人だったんだっけ?

式町:ちょ、ちょっと?! 大人達だけで話を勝手に進めないでくださいよ! あの! 聞いてます?!


久賀:ところで、石山君、式町君。何か武器は使えるか?

式町:武器?! そんなもの、使ったことなんて。

石山:私は日本武道を嗜んできましたので、薙刀や剣、あとはこの身、拳、なんかは武器になります。銃火器や飛び道具は苦手かもしれませんが。

久賀:飛び道具が苦手か。それは難しいが(遮られて)

石山:(遮って)あ、弓は大丈夫です。弓道で触れたことがありますので。

湯藤:何年前の戦いに参加するつもりなの? 戦国時代の戦いじゃないんだから。

久賀:よし、なら石山君はこれを使え。「銃剣」という武器だ。使い方は分かるか?

石山:銃剣ですか。主に剣として使うことになりそうですが、心得ました。これで戦います。

湯藤:銃剣を持たせても、剣になるわけね。後で銃の撃ち方でも教えてあげてよ、久賀さん。自己防衛くらいできないと、戦えないから。

式町:わ、私の武器はどれですか、久賀さん。

久賀:君も手伝ってくれるのかい?

式町:え? あ、いや、か、勘違いしないでくださいね! 私は私の友達のために戦うんです! あなた達や国のためじゃないんですからね! 

久賀:あぁ、分かったよ。それでも、戦うにはそれ相応の勇気が必要だ。それが君にはあるのかい?

式町:はあ? もう、何度も確認させないでください! 私の武器はどれですか?! ないんですか?

湯藤:(大笑いしながら)早く渡してあげてよ、ライフルでも、ピストルでも、同じく銃剣でも。彼女は血肉に飢えてるんだから! 早くしないと、久賀さんが食われるよ? ガブッと。

式町:しませんよ! ちょっと黙っててください!

久賀:ならば、式町君、君にはこれを渡そう。受け取りなさい。

式町:うおっと、と。あれ、案外軽いですね。これは一体?

久賀:マシンピストルだ。国外でも人気がある軽量化されたピストルでな、女性隊員がよく使っているタイプのものだ。二丁渡しておこうか? 両手で使えるぞ?

式町:いえ、一つで大丈夫ですよ。一気に二つなんて私には無理です。

久賀:そうか。弾薬はこれだ。

式町:ありがとうございます。

石山:私には弾薬は。

湯藤:石山さんは剣メインなんだから、なくても大丈夫だよ。

石山:念の為ですよ。

湯藤:お。そろそろ軍事基地に着くよ。衝撃があるかもしれたいから、どこかに掴まってて。

石山:似合ってるよ 式町さん。

式町:はあ? 似合いたくないですよ、こんな物騒なもの。

石山:それはそうだな。

湯藤:久賀さんはこの状況を上にどう説明するのか考えておいてよ? 僕まで巻き込まれるとか嫌だから。

久賀:あぁ、大丈夫だ。こちらから巻き込むつもりはないが、火の粉が飛んだ時は(少し笑って)そっちで消火してくれ。

石山:大丈夫、式町さん? やっぱりまだ命をかけることは(遮られて)

式町:(遮って)大丈夫。友達のために生きよう、って思ったから。少しでも長く。

石山:いいね、その考え方。

式町:あなたが言ってたんですけど?

石山:「友美」でいいよ?

式町:呼べないよ、そんな。

湯藤:着陸態勢に入るよ! オーライ!

0: 

石山:ゾンビ映画にありそうなシーン

0: 



石山:(ヘリから降りて)よっと。式町さん、降りられる? 手、貸そうか?

式町:大丈夫。よっと、あ、うわ!(転びそうになって)

石山:よっと。大丈夫?

式町:だだ、大丈夫。(小声)ありがと。

久賀:よし、後は任せたぞ、湯藤! 私が降りたら、次の現場へ急行してくれ。よっと。オーライ!

式町:え、湯藤さんは来ないんですか? 

久賀:湯藤は次の現場へ向かう。式町君を救ったように、人命救助をするのが湯藤の仕事だからな。あんな性格だが、任務は完遂する男だ。彼を待つ遭難者はまだたくさんいるんだよ。

式町:湯藤さんがいなくなるのは、それはそれで。

石山:ところで、これから何処へ向かうんですか? 避難所へ行けると助か(遮られて)

渥美:(遮って)みんなは僕のことが見えていないんでしょうか。悲しいですね、心から。うーん。大声で呼びかけてみましょうかね。

石山:え。

式町:(絶叫してから)びび、び、びっくりした。


久賀:おお。来ていたのか、渥美。(笑いながら)相変わらず、影が薄いな。

渥美:やめてくださいよ、久賀さん。僕のことを呼んだのは久賀さんじゃないですか? まさか、生きて帰って来られる任務とは思ってませんでしたけどね。ゾンビらの様子はどうでしたか?

久賀:そういうところだぞ、渥美。人の命を何だと思ってるんだ。

石山:だ、大丈夫か、式町。

式町:ゾンビかと思って。ほんと、何なの。

石山:久賀さん、この方は?

久賀:あぁ、石山君と式町君には紹介しておこうか。彼は湯藤の部下に当たる「渥美 秀太」二等兵だ。

渥美:どうも。二等兵の渥美です。

式町:この人が軍人? で、二等兵? なんか頼りなく見えますね。ゾンビに見えました。

石山:それは言い過ぎじゃないか?

渥美:酷いね、君は。僕だってそれなりに修羅場は経験してるんだよ? まぁ、とは言っても、まだ奴らとの修羅場は経験してないんだけど。

式町:それじゃあ、私達の方が軍人ですね。

渥美:え? (睨みを利かせて)なんて?

式町:え、ちょ、睨まないでくださいよ。目 怖いですって。冗談です、冗談。

久賀:彼はあの化学兵器が蔓延し出す二週間ほど前に突然、ここの軍事基地に配属になってな。まだ、軍隊のことは右も左も分からないんだ。そうだな、渥美?

渥美:え、えぇ、まぁ。

石山:すると、現状は私達ともさほど変わらない経験値ということですか? 何か親近感が湧きますね、渥美さん。

渥美:いやいやいや、これでも僕は軍人ですからね? いや、まぁ、二等兵だけど? でも、いや、だから、僕の指示にも従ってもらいますからね?

式町:な、何を急に偉そうに。上から言わなくてもいいじゃないですか。軍人さんの指示に逆らう気はないですよ。それが余程、理不尽な要求じゃない限り、ですけど。


渥美:って、僕ずっと話してましたけど久賀さん。誰なんですか、この人達は?

久賀:ん? さっき、伝えただろう?

渥美:え、久賀さんが連絡で言ってた人って、まさか、この人達のことですか?

石山:高校二年、石山 友美です。よろしくお願いします。

式町:し、式町 万耶です。えっと、テニス部です?

久賀:彼女達はゾンビの徘徊するこの街の中を生き抜き、私と湯藤が保護した学生だ。高校生と中学生だということは把握しているよ。

渥美:へぇ。(二人を交互に見ながら)まぁ、久賀さんが向いてるっていうんだから、向いてるんでしょうね。

久賀:ゾンビとの応戦を幾度と繰り返してきたようで、疲労も溜まっているらしい。ということだから、彼女達を休ませてやりたいんだが、避難所は(遮られて)

渥美:(遮って)ないですよ、そんなの。疾っくに。

久賀:何?

渥美:え? あの奥にあった臨時の避難所の話ですよね? だとしたら、ないですよ。

式町:ない?! どうしてですか?

石山:どういうことですか、渥美さん?

渥美:いや、どういうことって言われても、久賀さんもご存知ないんですか? 軍事基地周辺でも集団感染が発生して、避難所諸共壊滅した、っていう話。



久賀:壊、滅、だと?

渥美:あー、知らないんですね。当時、軍事基地の上官達は皆さん出払っていて、二等兵や一等兵が軍事基地周辺の見張りを任されていたんですけど、その時、数体の感染者が現れて、真っ向から壊滅した、らしいですよ。

式町:渥美さんも二等兵なんですよね? 

渥美:そうですが?

式町:その場にはいなかったんですか? まさか、一般市民の避難者を置いて逃げたんですか?!

石山:二等兵だとしても、軍人であれば数体程度、問題なく対処できたのではないですか? 壊滅するまでの事態になるとは思えないのですが。

渥美:僕はその時、現場とは基地を挟んで反対のエリアにいたんです。もしかして、二等兵が全員一箇所に集まって見張りをするとでも?

式町:それはそうですが、でも!!

久賀:状況は何となく分かった。それは大変だったな。ところで、その避難所を襲った感染者やそこで感染したのは処理したんだろうな? 一人として逃がすようなことなく。

渥美:もちろん。佐官の方々が一掃されたと聞きましたよ。それこそ、見ていて気持ちいい処理だったと噂になってましたから。直接は見ていないので何とも言えませんが。

久賀:被害は?

渥美:避難者を含む近隣住民、約一五〇名の尊い命と避難所設備、食料などの支援物資が失われました。



久賀:な。近隣住民が。

式町:ひゃ、一五〇?! 佐官の方々が一掃されたんですよね?!

渥美:そうですが?

石山:どうして、それほどの被害が?!

渥美:仕方なかったんです。僕ら二等兵は応援に向かえなかったんですよ。確かに、僕の元にも友人の二等兵の元にも要請は何度も来て、向かうべきなんだろうなとは思ったんですがね。

式町:それじゃあ、どうして?! どうして、すぐに向かわなかったんですか?! あなたが欠伸をしている間にも、必死で逃げている人がいたはずなのに! 見殺しにしたんですか?! 信じられない。

渥美:僕らには事前に上官から割り当てられた「エリア」ってのがあったんですよ! だから、動くわけにはいかなかったんです! こっちの都合も知らないで、好き勝手言わないでもらいたいですね。

石山:え。そ、そんな。それだけの理由で、何人の人が犠牲になったと。

久賀:渥美、君は緊急事態にまだそんなことを言っているのか? 軍人として恥ずかしくないのか?!

渥美:そんなこと、って。勝手な行動を取るなといつも口煩く言うのは久賀さん達、上官じゃないですか?! 僕や他の二等兵らはその命令を忠実に遵守しただけです。そんな僕らを責めるのは筋違いですよ。

久賀:臨機応変に対応しろ、とも教えたはずだが?

渥美:後付けですよ、そんなの!! 自分の都合のいいように、僕らに責任を押し付けているだけじゃないんですか?

式町:分かりました。

石山:式町さん?

式町:軍の人ってそんな感じなんですね。そんな風にして生き残ってるんですね。そんなの、許せないです、私は。(マシンピストルを構えて)許せないですよ!!

石山:待て、式町!! 撃つな!

久賀:な、式町君!



0:銃声が響く

渥美:ぐ?! あ、ああ。脚が、お、お前。

石山:式町! どうして渥美さんを撃ったんだ、式町?!

式町:どうしてかって?! そんなの、石山さんなら分かるでしょ?! あなたも必死になってこのおかしな状況を生き残ったんですよね?! だったら、コイツがこんな風にして生き残ってることを理不尽だって思うでしょ?! どうして、こんな奴が生きてて、友達が生きてないのかって!! 死んじゃったのかって!! 思うでしょ?! ねぇ、「ゆみ」!!

石山:し、式町。

久賀:だからと言って、君がその引き金を引くことはないだろう、式町君! 仲間である彼に銃口を向けることが君のしたいことなのか? 違うだろう?

式町:仲間? コレが、ですか?

渥美:お前。分かった。お前も死ねばいいんだ。お前も死ねば、その友達ってやらに会えるもんなぁ!! 今、送ってやるよ。

久賀:やめろ、渥美!! お前がその引き金を引いたとしても、この場には何も生まれないぞ!! 下ろすんだ。

渥美:このガキの死体は生まれますけどね。そうすれば、僕に優越感というのも生まれてさ、一石二鳥ですかね?

式町:ガキ? それはあなたでしょ?

石山:式町! 言い過ぎだ!

久賀:やめろ、二人とも!! お前もだ。そんなことだから、湯藤にも見放さているんだろう? お前は軍隊には向かないな。(少しの間)前の隊で何があったんだ?

渥美:(少しの間)すみません。

久賀:軍隊では「申し訳ありません」だと何度も教えたはずだが? 学ばないな、君は。

渥美:も、申し訳、ありません。


石山:式町。式町の言いたいことはすごく理解できる。現に、私も友達を失ったし、そこへ何もせずに生き残った人間が現れたら、むしゃくしゃするというのも分かる。だが、それが直接、無条件に傷付けてもいい理由にはならない。そうじゃないか?

式町:じゃあ、石山さんは生かしておいた方がいいって言うんですか?! あんな奴、生かしておく価値もないですよ! 一五〇人も人を見殺しにしたんです! それなりの制裁は(遮られて) 

石山:(遮って)その時、私達は何ができたと思う?

式町:え。いや、私達はその時、そこにはいなかったんですから、何もできませんよ?

石山:渥美さんもそこにはいなかった。だろ?

式町:でも、要請を受けて、行こうと思えば(遮られて)

石山:離れていたんだよ、とても。

式町:でも、渥美さんは二等兵とかいう軍人なんでしょ?! 助けに行く責任があるじゃないですか!!

式町:そこで助けに行かないっていうのは、ただの腰抜けですよ! そうです! そんな軍人の世話になんて(遮られて)

石山:(遮って)そうやって、式町が渥美さんを受け入れないと、また失うよ? 

式町:いいですよ、あんな命いくら失っ(遮られて)

石山:(遮って)それが、私達の目の前だっとしても同じことが言えるの?

式町:(我に返って)目の、前、で。

久賀:私達はここで偶然生き残っているに過ぎない。冷静になって考えてみると、渥美も担当するエリアが違えば死んでいただろう。そうして、ここに来るのは別の軍人だった。(少しの間)だとすると、生き残るための最善手が「見殺しにすること」だったのかもしれないな。それが正解か不正解かだなんて、今分かることじゃない、か。私も渥美に少し強く当たりすぎたようだな。

渥美:そうですね。反省してください。

式町:私も、友達を見殺しにして、生き残って。だとしたら、私も渥美さんと同じで、同じで? うう。

石山:犠牲の上に生かされている、という点ではここにいる皆が「一緒」なんだ。だから 生き残った私達が傷付け合い、殺し合い、とするのはどう考えても建設的じゃない。ですよね、渥美さん?

渥美:先に始めたのはそっちのガキですけどね。

久賀:渥美!

渥美:あーあー、分りましたよ! 僕が悪かったんですね!! 僕が国民の皆さんの不安を煽るような、不適切かつ配慮のない言葉を口にしてしまったこと、心から深くお詫び申し上げますよ!! 誠に誠に、まっことに申し訳ありませんでしたね!! これでいいんですか、これで?!

式町:わ、私こそ、衝動的に撃ってしまって。ごめんなさい。(少しの間)あの、大丈夫ですか?

渥美:大丈夫に見えるんですか、君には。

久賀:大丈夫だ。渥美は身体だけは丈夫だからな。それに、軍人だしな。

渥美:僕のこの貧弱で肉質のない腕を見ても同じことが言えますか? まったく。


石山:ところで、これからはどうするんですか? 近くで大規模な集団感染があったとなると、ここにいるのも危ないのでは。

久賀:あぁ。だが、このまま場所を移すには少し装備が寂しいな。

渥美:本部の方にはまだ幾つか、予備の装備が残ってましたよ。とは言っても、中学生や高校生の彼女らに見合う装備があるかは知りませんけど。情報として。

式町:私達には重荷になるだけかもしれませんよ? 逆に動けなくなる可能性もありますから。というか、久賀さんや渥美さんが闘ってくれるんですよね?

久賀:そう言われてもだな。万が一、君達が私達よりも先に奴らと遭遇したら、と考えると、装備はあるに越したことはないんだ。軽くて丈夫な防弾ベストくらいは着込むといい。何かの役には立つだろう。

石山:確かに。私達は未成年の女性。あまりにも装備が重過ぎると逆効果になるかもしれませんからね。せめて、剣道の装備くらいの重さであれば、私は。

渥美:あんなにパーツがあったら、鍛錬された軍人でも思うように動けないと思いますけど?

久賀:石山君は問題なさそうだな。よし、それじゃあ 本部へ向かおうか。

渥美:僕が先導します。周囲の警戒を怠らないようにゆっくり急いで下さい。辺りに気をつけて。

式町:ゆっくり、急ぐ?

石山:渥美さんの速さに合わせれば大丈夫だろう。置いていかれないように、しっかりとな。行こう、対馬っち!

0:少しの間

式町:対馬?

石山:え? あ、いや、すまない。旧友の名前だ。気にしないでくれ。行こう、式町。

式町:え、う、うん。

久賀:なるほどな。彼女もまだ癒えてない、か。



0:軍事基地の敷地内にて

石山:久賀さん! この道は安全なんじゃなかったんですか?! それに、本部までの近道だとも言っていませんでしたか?! こ、これは。

久賀:誤算だ! 石山君も式町君も応戦してくれ! 

渥美:だから、僕が先導すると言ったんですよ! どうして、横槍を入れて、こんな道に!!

石山:しかし、このゾンビは一体何処から?!

渥美:式町さん! 銃身をしっかり、両腕で構えて! ほら、頭を狙うんだ! 焦らないで、よく見て!

式町:そ、そんなこと、一気に言われても! 私は今日初めて銃を握ったんですよ?! ましてや中学生なんですから!!

久賀:だが、初めより大分、形になって来ているぞ、式町君! 渥美を越すのもそう遠くなさそうだな。

石山:集中してくださいよ、久賀さん! 次また来ますよ! どうしてこんな視界の悪い道を選んだんですか、久賀さん!!

久賀:私達四人なら切り抜けられる! 大丈夫だ!

渥美:二時の方向から二体と、十時の方向から三体! 式町さんは二時の方向を頼むよ! 僕が十時の三体を狙う! いいか?

式町:え、えぇ?! ちょ、ちょっと待って! 二時が三回? 十時がなんて言いました?!

久賀:よし。この間に進行方向の安全を確保するぞ! 来い、石山君!

石山:え?! しかし、渥美さんは(遮られて)

渥美:(遮って)大丈夫なら合図をください、久賀さん! それまで僕らで持ち堪えます!

式町:どうして私まで?! 

渥美:仕方ないだろ! 石山さんは接近戦が得意だって言うんだから! それに式町さんの方が射撃精度がいいからね! 僕の動きにくい脚の代わりにはなるし。来るよ! 撃って!

式町:それ、褒めてるんですか!? 

渥美:どうだろうね。

0:一方


久賀:よし、二〇〇メートル先までは安全に進めそうだ。周囲に気配もない、な。よし、渥美をここまで移動させる。

石山:(荒い息をしながら)一体、ここは何なんですか? どうして軍事基地の敷地内にこんな林のような場所があるんです? 自生してるんですか?

久賀:これは実戦練習のための人工的な自然だ。私達、軍隊は都会へばかり派遣される、というわけでもないからな! よし、石山君、軽く耳を塞げ!

石山:え?! あ、はい。

久賀:せーの! 

0:発砲音が響く

式町:発砲?! 久賀さんの方でもゾンビとの衝突があったというわけじゃ、ないですよね? そんなことになったら。

渥美:いや、そうじゃない。これは久賀さんからの合図だよ! 四時の方向だな! 式町さんは先に走って! 念の為、周囲は警戒して、ゆっくり急ぐ! 

式町:え、あ、はい! 渥美さんも、私の後すぐに!!

渥美:大丈夫、分かってるよ。

0:遠くから

久賀:よし、式町を先に避難させたか。いい判断をしてくれた。だが、不味いな。

石山:一人で大丈夫でしょうか。援護に向かった方がいいのではないですか? 渥美さんは軍人とは言っても、脚を撃たれてる怪我人ですよ?

久賀:いや、しかし、渥美なら大丈夫だろう。

0:前線では

渥美:(舌打ち)何処からこんな数湧いてきやがったんだ! これじゃあ、僕の撤退する隙がないぞ?! どうする?

式町:渥美さん、早く来てください! 早くしないと、渥美さんまで!! もういいですから、渥美さん!!

0:遠くから

久賀:やはり、怪我人には殿(しんがり)は無謀だったか!! 式町君を優先したのは良かったんだが。

石山:様子がおかしいですよ、久賀さん!! 至急、戻るべきです!! 戻りましょう!!

久賀:やはり、この状況下で二手に分かれるのは悪策だったか!! 戻ろう、石山君!! 援護だ! 全く、世話をかけさせるな、渥美は!

0:前線では 

式町:渥美さん! もういいですから!! 渥美さん!!

渥美:僕に構うな、式町さん! 式町さんは早く、久賀さんのいる所まで走るんだ!! 僕は一人でウ(遮られて)

式町:(遮って)渥美さん?! 危な。


0:遠くから

久賀:(何かに気付いた様子で)待て、石山君。止まれ!

石山:え、渥美さんが。急がないと!!

久賀:止まれ、石山君。命令だ。動くな。

石山:え、久賀、さん?

0:前線では

渥美:痛いナぁ。はは。ハハハは。案外、近接向きな戦い方をすルモんだナァ、ゾンビの癖二。もウこうなッタら、こんナ銃を使う必要もなィ、か。意地でもこコハ通さネぇぞ、お前ラ。かかッテ来イ!!!

0:遠くから

石山:久賀さん! このままでは渥美さんが、渥美さんがゾンビになってしまいますよ?! ここは軍事基地なんですよね?! この化学兵器に効果のあるワクチンのような特効薬はないんですか?! 今ならまだ間に合います!! 久賀さん! 何とか言ってください!

0: 

式町:あ、ああ、渥美さん。い、今行きますね。

0: 

久賀:(少しの間)そんなものはないよ。この世界の何処にも、な。(少し笑う)

0: 

渥美:来るナ! 僕はもう渥美じャナい!! お前は久賀サン達の方へ走レ!! 早く!!

式町:でも!! そんなことしたら、三宅君は!!

0: 

久賀:この化学兵器は国が秘密裏に開発しているものだから、大規模な集団感染を想定した対策は取られていなかったんだよ。だから、今こうして私は街の中にいる。そんな状況で、特効薬なんて。まさかな。

石山:そんな。そ、それじゃあ、軍人は、

0: 

0: 

石山:「感染者に対して何をしてきた」んですか?

0: 

0: 

0:前線では

渥美:「でも」なンテ言うナよ!! 僕の意識ガまだあルウちに。まだ僕ガ君を「式町」だとト見分ケラれテイる間に早ク。(悲痛な叫び)っテェな!! ゾンビ如きが、僕に!! 死ね、死ね、死ね!!

式町:あ、ああ。やめて。やめて! もう嫌だ。もう嫌だよ、「ゆみ」。

0:遠くでは

久賀:何をしてきたか。そうだな、私達は国民を救助してきたが、感染者に対しては何もしない。強いて言うとすれば、合法的な「殺人」だろうか、なぁ。

石山:な、殺人? さつ、じん?

0:前線では

式町:私のせいだ。私が傷を負わせたせいで! あああ!! また見殺しにしてる。私が? 私が、また人を。

久賀:式町君! 急げ!! 渥美がゾンビを引き付けている間に、こっちへ走るんだ!! 

式町:(我に返って)ダメです!! 渥美さんは私達の仲間なんですよね?! もう「目の前で」仲間を失うのは嫌なんです! 助けてくださいよ、久賀さん!! 私も戦います! 戦いますから!!

久賀:その渥美はもう「仲間」ではない! 

石山:(溜め息)

久賀:その渥美は、今は感染者だ!! 私の声、君の声ですらもう届かない!! 彼はゾンビだ!! 式町君までゾンビになることはない!! だから、こっちまで早く走るんだ!! 

式町:あ、ああ、でも。

久賀:早く!! 渥美を「見殺しにする」ことが、今の最善手なんだ!!

0:長めの間

石山:あの、久賀さん。

久賀:どうした、石山(刺される)な、(むせ込む)

0:少しの間

式町:え。石山さ、ん?

0:少しの間

石山:式町が言ってた言葉の意味、少し理解できた気がします。やっぱり、軍人ってそんな感じなんですね。幻滅しました。ガッカリです。

渥美:久賀、サンが、刺さレて、ル?

久賀:な、なぜだ、石山、く。

石山:目の前で戦っている人間を「もう人間じゃない」って言いましたよね? 私からすれば、久賀さん、あなたの方が人間じゃなく見えますけど? (少し笑って)「雪村さん」とは大違いでしたよ。いや、もしかしたら、雪村さんでさえ、こんな人間だったのかもしれないんですよね。

久賀:雪、村? 雪村だ、と? それは、私の。

石山:もういいですよ、喋らなくて。式町は私が守るから。最後まで絶対に守り抜く。私の「仲間」がそうしたように、な。

0:前線では

渥美:(枯れた笑い)久賀の野郎ガ死ニヤがッタァあア!! (大笑い) 次はお前ダナ、式町! ほら、オイデ? 僕が先導シテアげる。死の端マで。

0:  

石山:式町、来い! 走れ!! 

0: 

式町:ごめんなさい。渥美さん。

渥美:ナ? オ前、ソノ構え方ハ。

0: 

0: 

式町:銃身をしっかり。両腕で構えて。頭をよく見てから、引き金を。

0: 

0: 

渥美:(高笑い) 成長シテルじゃナイカ、式町!! ソウダ! ヨク見テ、撃ツンダ!! 

式町:ありがとう、渥美さん。おやすみ。

0:銃声が響く

渥美:グ、ァ。シキま、チ。い、生キ、ろョ。

石山:急げ! 走るぞ!!

式町:はい!!

渥美:それ、デイい。ソレで。しき、ま。

0: 

久賀:「旧友の名前」完

式町:次回、第三話「追いかける」

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