281 酒の力


 3時のおやつならぬ3時のマッサージをしたフィリップは、夕食とお風呂を終えると時間通りに城にもうけられたペトロネラの部屋を訪ねる。ここでボエルは今日のお仕事は終了。明日の朝に迎えに来てもらう。

 フィリップの護衛騎士はついて来てしまったので、ドアの前で朝まで待機。2人して「マジでマジで?」と、超弩弓のスキャンダルに興奮している。いちおう誰にも喋るなとは言ってあるけど、無理だな。


 中に入ったフィリップはというと、ちょっと緊張。作戦とはいえ、城に住む女性の部屋で2人きりってのは初めてだからだ。


「カモ~ン」


 でも、臨戦態勢万全の透け透けネグリジェ姿で手招きするペトロネラを見て、緊張は解けた。


「アハハハハ。なにそれ? アハハハハ」

「何って……殿方を迎えるならこうするって本に書いてたから……え? 違うの!?」

「どんな本読んでるんだよ~。見せて見せて。アハハハハ」


 こじらせ方が面白いもん。フィリップが馬鹿笑いするのでペトロネラも素に戻り、顔を真っ赤にして本を持って来るのであった。



「いや~……けっこうエグイの読んでるね……」


 貴族女性のたしなみ本を読んでしまったフィリップは、少し引き気味。でも、怖いもの見たさに読む手は止まらない。


「まさか嘘ばかり書かれていたとは……」

「嘘とまでは言えないけど……この狙いを定めた男への攻め方が怖いの。執拗に子種狙ってるじゃない? それも気付かれないようにって……勉強になるな~」

「ですよね? 若い頃に読んでいれば私だって……もう飲むしかない!!」

「そんなにグビグビ飲んだら体に悪いよ~?」


 ペトロネラがワインをボトルごと一気飲みするので、フィリップも止めるしかない。しかしペトロネラにとって、1本ぐらいは寝酒程度。3本は許容範囲らしい。


「殿下もお飲みになられます? 美味しいですよ~??」

「それ、この本に書いてたヤツじゃない? 泥酔させて子種を奪うってヤツ」

「チッ……」

「マジで狙ってたんだ……」


 ペトロネラがラッパ飲みどころか舌打ちまでするから、フィリップにはどんどんオッサンに見えて来た。


「てか、そんなにしたいんだ~……体の関係だけなら僕はやってもいいけど、それじゃダメ?」

「喜んで!」

「もうちょっと悩んでほしいな~?」

「あ、もう3本飲んでからでもいい? それぐらい飲まないと踏ん切りつかないから!」

「記憶飛ばそうとしてない?」


 ペトロネラ、すでにデキあがっている模様。敬語も忘れて酒をクビグビ煽るのであった……



 結局のところ、ペトロネラの飲酒は2本でドクターストップ。何も覚えていないと困るからフィリップが止めてマッサージに突入。

 その翌日、フィリップが目覚めたらペトロネラは体を起こして両手で顔を覆っていた。


「おはよ~……どうかしたの?」


 フィリップが質問したら、ペトロネラは泣きそうな顔を向ける。


「私、第二皇子殿下になんてことを……舞い上がっていました! 申し訳ありませ~~~ん!!」


 どうやらペトロネラはマッサージしてから現実を直視したらしい。フィリップの見た目は子供。それでなくとも皇族に手を出したのだから、後悔にさいなまれて綺麗なジャンピング土下座だ。


「顔を上げて。やってしまったモノは仕方ないじゃん。僕は何も後悔してないよ」

「で、殿下……」

「それよりもう1回しよ~? 昨日のじゃ足りなかったの~」

「え? あんっ……そこは……できません……あんっ。もっと~……」


 確かにやってしまったモノは仕方がない。それはフィリップ自身に向けられた言葉。ペトロネラは好みの女性だったのに、フィリップは珍しく自制を掛けていたからブレーキが利かなくなっちゃったのだ。

 そんなフィリップにむしゃぶりつかれたペトロネラは最初は抵抗する姿はあったが、昨日のマッサージが忘れられなくて受け入れてしまうのであったとさ。



 朝から2回戦に突入したところでノックの音が聞こえたので、残念ながらここでストップ。パジャマだけ綺麗に着たら、フィリップが対応しにドアを開けた。

 そこにいたのはボエル。何か言いたげな顔なので、フィリップは「シーッ」と言いながら招き入れた。


「どうだった? 手を出したんだろ??」

「だから乗り気じゃないって言ったじゃん。僕はソファーで寝たから何もないよ」

「マジか……殿下でも我慢できるんだな……」


 聞きたかったのは、男なら大好き下世話な話。でも、フィリップは昨日からやる気の無いテンションだったので、この嘘をボエルは信じてしまった。

 ただ、密室で男女がいたのだからどんな話題をしていたかは気になるので、ボエルはフィリップの着付けをしながら質問していたら、寝室からメイド服に着替えたペトロネラが出て来た。


「殿下ぁ~? お着替え手伝いましょうか~ん??」

「いや、絶対やってるやん!?」


 昨日とは別人の妖艶で甘ったるい声を出すペトロネラを見て、ボエルは立場を忘れて声を大にしてツッコンでしまうのであったとさ。



 バレてしまっては仕方がねぇ。フィリップはソファーにふんぞり返り、ペトロネラは床で土下座。そりゃ知られてはいけないことを知られたのだから、命乞いするのも無理はない。


「ま、ボエルは口が堅いから大丈夫だよ。それにいっぱい弱味握ってるしね~? ニヒヒ」

「はい。誰にも喋りません。喋れないというのが正しいです……」

「あなたも苦労してるのね……心中お察しします」


 フィリップに弱味を握られた者どうし、何か通じる物があるらしい。


「でも、ボエルに一発でバレたのは問題あるかも? どうしてわかったの??」

「そりゃ~……声も違うし肌艶はだつやもぜんぜん違う。別人かってぐらい若々しくなってるからだ。いったい何したんだ?」

「僕の生気吸われたのかも……」

「てへ」


 拗らせ女子、フィリップのマッサージで若返る。このままでは何かと皆に驚かれそうなので、今日のところはペトロネラをメイクでごまかしてから仕事に送り出すフィリップであった……

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