255 誘惑


 野外訓練から帰ったフィリップは、ボエルとカロラが怪しいことをしてなかったので残念がってる。しかしカロラは第二皇子を目の前にしているので、緊張でいまにも死にそうだ。


「楽にして。あと、スカートめくって」

「はい! ……はい??」

「流れるように人の彼女にセクハラするなよ。そんなことやらなくていいからな?」

「えぇ~。やっと会えたんだから、ちょっとぐらい、いいじゃな~い」

「よくねぇ! ゲホゲホッ」

「あらら。大声出すから~」


 ボエルが咳き込んでるのに、フィリップはニヤニヤしてるのでめっちゃ睨まれた。


「ゴメンゴメン。彼女も失礼なこと言ってゴメンね」

「い、いえ。大丈夫ですので……」

「ゴホッ。殿下、こういう人なんだ。口からすぐエロイ言葉は出るけど、けっこう優しいから多少の無礼は許してくれる。心配するな」

「う、うん……」


 彼女はやっと緊張がやわらいだので、フィリップも普通に喋る。


「今までありがとね。主人は大丈夫だった?」

「はい。空き時間に来ていましたので」

「それでも君たちには何かしないといけないよね~……貴族にお礼って、何したらいいんだろ? 君はお金でいいよね?」

「め、滅相も御座いません。お嬢様からは、善意でした行為なので何も受け取るなと言われています」

「謙虚だね~……これは益々お礼したくなっちゃった。食事でも誘ってみよっかな~? 僕の部屋に……」


 フィリップの発言でボエルとリネーアは同じことを思った。「絶対、手を出そうとしてるやん!」と……

 それはカロラも同じ。ブンブンと首を横に振っている。


「そ、それだけはご勘弁してください。お嬢様には、心に決めた婚約者様がおられますので……」

「あ、そゆこと? 僕と関わると婚約が流れるんだ~……」


 フィリップが悪い顔になってるので、カロラは絶望の表情になった。


「その顔、やめろ。カロラが勘違いするだろ」

「あ、また悪い顔になってた? 普通に考えるの難しい」

「いったいいつになったら治るんだか……」


 でも、ボエルがツッコンだので、カロラの顔はちょっとマシになった。


「こないだ部屋、訪ねたじゃない? 何人か部屋の前にいたから、変な噂が出てないか心配してた顔だったんだけど、わからなかったよね」

「はい。まったく……」

「それは大丈夫だったの?」

「お嬢様のご親友が、殿下が一歩も入っていないことを見てましたので、大丈夫と聞いてます」

「それでも男が不安になるかもしれない。そっちに謝罪するってのを、お礼にしちゃダメかな?」

「お嬢様に聞いてみないことには……」


 カロラに決定権はないのは明白なので、この話は返事待ちで終了。


「ま、ここまでしてもらって何もなしじゃ、僕も引き下がれないのは理解して。ひとまず白金貨渡すから、取り分はそっちで決めてね」

「白金貨!?」

「渡しすぎだ」

「渡しすぎです」


 現物支給はボエルとリネーアに冷たく止められたので、フィリップも泣く泣く諦めるのであったとさ。



 白金貨は渡しすぎと言われたフィリップは、ひとまず金貨を6枚カロラに手渡す。配分は主人が5でカロラは1。そう言ってカロラはアクセーン男爵令嬢の下に帰した。


「だから、いらないって言ってたのになんで渡すかな~?」


 するとボエルから苦情。フィリップはまた悪い顔してるよ。


「だから僕の心情が許さないんだよ。あと、彼女の忠誠心を試したみたいな?」

「まさか……ネコババすると思ってるのか!?」

「いったいいくら渡すと思う~?」

「ふざけんな! ゴホッ! ゲホゲホッ」

「酷すぎます……」


 フィリップの悪ふざけのせいでボエルはまた咳き込み、リネーアは冷たい目だ。


「あの子は必ず全額渡すよ。そう信じて渡したの。それならいいでしょ?」

「嘘くせぇ……」

「信じられません……」


 なので言い訳したけど通じず。こうなってはフィリップも話題を変えて冷たい目をかわす。


「てか、これからカレー食べに行こうと思ってたけど、ボエルはどうする?」

「まだ食欲は戻ってねぇから、やめとく」

「ふ~ん……彼女が病人食作ってくれるのか~」

「だからな。なんでわかんだ?」

「顔に出てるもん。ね?」

「はい。デレデレです」

「マジか……」


 フィリップだけでは信じられないボエルでも、リネーアまでわかっているなら嘘ではない。顔を揉んでるよ。

 そうしていたらマーヤがフィリップの部屋にやって来たので、食事の前にお風呂。フィリップ、リネーア、マーヤで汗を流すのを、羨ましい顔で待つボエルであった。あとでマーヤに体を拭いてもらって鼻を伸ばしていたけど……



 体が綺麗になったら、ボエルは自室に戻る。今日はそこで彼女と甘い一時を過ごすそうだ。ただ、足元がおぼつかないので、マーヤの肩を借りて。

 フィリップは「どうか彼女とバッティングして修羅場になりすまように!」と祈ってる。ボエルが鼻の下を伸ばしてるんだもん。もちろんリネーアに冷たくツッコまれてた。


 残念ながらそんなことは起こらずマーヤが戻って来たので、3人で3階食堂に向かった。


「おお~。味が上がってる。美味しいね~?」

「はいっ! 何杯でもいけそうです!!」

「私にもこんなに美味しい物を食べさせていただき、ありがとうございます」


 この短期間に料理長の頑張りでカレーが美味しくなっていたので、フィリップも満足。リネーアとマーヤはおかわりまでしてる。

 フィリップはおかわりをせずにカレーを頬張る周りの生徒を見ていると、おかわりが届いたので美味しそうに食べるリネーアたちに目を移す。


「よく食べるね~」

「だって美味しいんですもの」

「そりゃ仕方ないか。でも、気を付けてね」

「「気を付ける??」」

「カレーって、カロリー高いから太りやすいの」


 フィリップの何気なにげない一言で、ガラスが割れたような音が聞こえたような気がする。


「ななな、なんでいまさらそんなこと言うのですか!?」

「忘れてたから? まぁこの分ならみんな同じように太るから、太ったことに気付かないんじゃない??」

「それでも太った事実は消えないんですよ~~~」


 女子に言うことじゃないもん。それにフィリップの解決策は解決にならないので、リネーアたちは明日から控えると心に誓ったのであった。

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