182 復讐


 寝室にフィリップと2人きりになったリネーアは、男への恐怖心からかドアの前から動けなくなっていた。それを見たフィリップは先に椅子に座って、リネーアにはベッドに腰掛けるように促した。


「ゆっくりでいいよ? いつまでだって待つから」


 フィリップが優しく声を掛けると、リネーアは何度も深呼吸して恐る恐る一歩一歩進み、数分掛けてフィリップの前に座った。


「頑張ったね。次は手を取ってみよっか?」

「はい……」


 フィリップが右手を軽く前に出すとリネーアはビクッとし、また数分掛けてやっと触れる。そして、少しずつ力を入れて握手をする形になった。

 次に一度離してもらうとフィリップは両手を出して、リネーアはその上に自分の手を置いた。


「よくできたね。でも、まだ怖いよね?」

「はい……」

「もうちょっとこのままいよっか。温かい?」

「はい……熱いくらいです」

「そっかそっか。そのまま僕の話を聞いてね」


 フィリップはリネーアの目を見たが、リネーアは下を向く。


「君の家は、君が長女で弟がいるね。帝国の習わしでは、男が家督を継ぐことになる。そして女はどこかの家に嫁ぐ。君の親は、卒業後は縁談を勧めて来るはずだ」

「はい……おそらく……」

「だよね~……でも、そんなの聞く必要ないよ」

「え……」


 リネーアは顔を上げた。


「女性の幸せは結婚ってよく言われるけど、そんな古い価値観に縛られる必要ないってこと。1人で生きてもいいの。結婚したくないなら、神殿に入ればいいし、違う仕事をしてもいい。男が怖いなら、女と結婚しちゃえ。ここだけの話、ボエルって女性が好きで、いま女性と付き合ってるんだよ」


 フィリップから語られる様々な価値観は、リネーアは目からウロコだ。


「そんなに多くの道があったのですね……」

「そそ。まぁ親御さんが理解してくれるかは別だけどね。その時は、僕も説得に協力するよ」

「殿下にそこまでしてもらうワケには……」


 また下を向いてしまったリネーアの手を、フィリップは少し力を入れて握る。


「いいのいいの。乗りかかった船だ。最後まで責任持つよ。まぁ、まずは男性恐怖症から改善していこう。それが無理なら、違う方法を考えればいいからね?」

「はい……」

「ちょっとランクアップして、ハグしてみよっか? 隣に座るよ?」

「は、はい……」


 緊張するリネーアの隣に座ったフィリップは、リネーアから抱き締めるように促し、数分後に抱き合う形になったら耳元で小声で喋る。


「ニコライってヤツ、恨んでる?」

「はい……」

「殺したいほど?」

「はい」

「死んだら、気持ちが楽になる?」

「はいっ」


 フィリップが質問するたびに、リネーアの抱き締める手に力が入った。


「わかった。僕が殺してやるよ」

「え……」


 しかし、フィリップの発言にリネーアの手は緩くなった。


「でも、僕って力もツテもないんだ。だから、数年待ってくれる? 必ずニコライを殺してあげるから」

「何年だって待ちます。アイツが死ぬなら……」

「わかった。その願い、必ず僕が叶えるよ」

「うっ、ううぅぅ」


 こうしてフィリップの言葉を信じたリネーアは、涙ながらに抱き合ったまま眠りに落ちたのであった……



 それからフィリップはリネーアをベッドに寝かせたら、寝室を出てボエルに「何もしてねぇよな?」とめちゃくちゃ疑われていた。あんなにフィリップを擁護してたのに、女性関係は信用ならないらしい。

 フィリップは「パジャマも乱れてない」と反論してなんとか受け入れられたら、ボエルたちはいつも通り寝室で休む。


 翌日からは、フィリップは仮病。リビングのベッドで看病された3日後、皆が寝入った頃にフィリップはマントを羽織って外に出た。


「うっ!? うう!!」


 向かった先は、ニコライの部屋。フィリップは窓から忍び込み、ベッドで寝ていたニコライの体を氷魔法で拘束し、口まで氷で覆ったのだ。


「よお? 目が覚めたみたいだね。僕だよ。フィリップだ」


 身動きの取れないニコライの目の前でフィリップがフードを外すと、ニコライは少しホッとした感じになる。金縛りや幽霊の類いではなく人間と知れたからだ。


「僕を侮辱した件は許せたんだけどね~。リネーアに乱暴した件は別だ。殺しに来たよ」

「ううっ!!」


 でも、殺しに来たとニッコリ言われたら、ニコライの体から汗が吹き出した。


「僕ね~。お前とたいして変わらない人種なの。8歳の頃から夜の町に出て、女性に噓をつき、お金で股を開かせてたんだからね」


 しばしフィリップは懺悔ざんげするように女性遍歴を語るが、どう聞いても武勇伝にしか聞こえない。


「最低でしょ? でも、女性を泣かせたことはないよ。あ、別れ話はノーカンね。泣くほど僕のことが好きだったってことだから」


 軽く言い訳したら、続きを喋る。


「これだけ僕は女性に酷いことをしてたんだよ。だから、ひとつ決めていることがある。女性が酷い目にあってるなら、必ず助けるってね」


 フィリップがニコライの顔を見たら、涙ながらに何かを訴えていた。


「といっても、お前は12、3歳の子供だ。まだ更生の余地はある」


 フィリップが情けを掛けると、ニコライは何度も頷いている。


「こんな性癖を植え付けたのは誰? どう考えても子供の発想じゃない。それを教えてくれたら、お前を殺さない。もちろん悔い改めるのも条件だ」


 激しく頷くニコライには、大声を出さないように念を押したら、口を塞いでいた氷を消し去る。


「誰がお前に性癖を教えたの?」

「ち、父と……」

「父と??」

「兄、です……」

「なるほどね~……家では地下室なんかで、女を拷問していたの? 全部喋らないと助けないよ??」

「はい……旅人なんかを……」


 ニコライから全てを聞き終えたフィリップは少し距離を取った。


「ありがとう。また怒りが沸々と湧いて来たよ」

「いえ……あの、父や兄は……」

「殺す」

「待っ……はい」


 フィリップの冷たい殺意に、ニコライは何も言えない。その次の瞬間には、ニコライの右胸に穴が開いて血が吹き出した。


「な、なんで……ガハッ」

「僕が許しても被害者が許すわけないじゃん」

「助けて…ください……」

「助けを求めたリネーアにお前は何をした? そのまま甚振いたぶったんでしょ? だから僕も同じことをする」

「し、死にたく、ない。誰か……」

「ムリムリ。大声なんて出ないよ。肺を貫いたんだからね。苦しいでしょ? 絶望でしょ? それが彼女の受けた苦痛だ。せめて同じ思いをして死にな」

「た、助け……」

「死ね」


 絶望の表情で助けを求めるニコライの左胸にも氷のつぶてで穴を開けてから、フィリップは立ち去るのであった……

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