第7話 王宮図書館

「すごい!こんなに広いんですね!しかも、本がいっぱい!」


 白く美しい円柱が神殿のような荘厳さを醸し出す部屋で、私は感動の声を上げた。5層に分かれたフロアにぎっしりと敷き詰められた本棚。天井から差す光が床に反射してきらきらと輝いている。部屋に充満する古びた紙の匂いに、私の心は高鳴った。


「ルグラン王国で出版された本は必ずこの図書館に寄贈するよう義務付けられているからな。国中の本がここにはあるんだ。他国の書物もここには収納されているから、かなりの数になる」


 ロレシオ殿下の言葉に護衛についてきてくれたシルヴァ様は静かに頷いた。


「内容の分類ごとに棚が振り分けられているんだ。アデル、お前は何を読みたいんだ?」


 シルヴァ様の言葉に私は真っ先に答える。


「同性愛(男性)をテーマにした恋愛小説です!」


勢いよくそう言った私に、なぜかシルヴァ様はピキリと固まった。


「…恋愛小説か。…もうそういうのに興味をもつ年頃なのだな…」


 まだ娘になったばかりなのに…と悲壮感漂わせ項垂れるシルヴァ様の腰を、ロレシオ殿下は静かにポンと叩く。そんな2人の様子に私は首を傾げた。


…え?そんなにショック受けるようなことだった?この国は同性愛が日常に馴染んでいるから、そういう本も普通に読まれるものだと思ったんだけど…。


 前言を撤回しようか悩んでいると、ロレシオ殿下が5階のフロアに視線を向けながら言った。


「たしか小説のたぐいはあそこにあったような気がする。私は普段読まないからくわしくはわからないが…」


 ロレシオ殿下の言葉にシルヴァ様も顔を上げると賛同する様に頷いた。


「ええ。それでしたら5階の左側奥にあります」


 その言葉にロレシオ殿下は意外そうな顔でシルヴァ様を見た。


「…なんだ、やけにくわしいな」

「…ベルを口説き落とすのに苦労しましたので」

「ああ、なるほど」


…え、殿下そこで納得しないでください!シルヴァ様!その話もっと詳しく!

 

 興奮する私をよそに、ロレシオ殿下とシルヴァ様はさっと話を固めると上のフロアへと繋がる階段の方に向かって歩き出してしまった。仕方がないので、それに関する詳しい話はシルヴァ様と二人きりの時にでもみっちり聞き出すとして、私は2人の後に続いた。


 目的の場所までくると、そこには革でしっかりと表紙が施されたいかにも高そうな本がずらりと並んでいた。


 私は背表紙に書かれた文字にざっと目を通しながら、その数の多さに感嘆する。


「どれも面白そうで何を読めばいいか迷います。全部を読むには時間が足りないですし」


 お、ここら辺のタイトルBL小説っぽい!『男の友情のその先は』『見えない境界線を越えて』『薔薇の園』…どれも面白そうだし、気になるなぁ。


「少しずつゆっくり読んでいけばいいのではないか?私の学友になればいつでも来れるぞ」


 ロレシオ殿下の言葉に私はハッとする。そうだ!その手があったじゃん。そもそも私殿下の学友になるために今回招かれたわけだし。そうと決まれば答えは一つ。


「なります!殿下の学友!」


 勢いよくそう言った私に殿下とシルヴァ様はそれぞれ微妙な顔をする。


「…なんだか私が本のついでみたいだな」

「…娘が殿下の手のひらで転がされている」


なんだか寂しそうにそう言うロレシオ殿下に私は慌てて言葉を付け加えた。


「そんなことありませんよ!私、ロレシオ殿下とお友達になりたいんです!」

「…私と友達に?」


 不思議そうに首を傾げるロレシオ殿下に私は理由を熱弁する。


「はい!だって私、引っ越してしまったので身近な友達がいないんですもん。寂しいんです。かといって、殿下の他に年の近い子供と会う機会がありませんし。だから、私殿下とお友達になりたいんです!殿下はとても大人びていらっしゃいますし、私も年のわりに大人びているタイプなので、私達結構相性いいと思うんですよね!」


 もの凄い勢いでそう語る私に殿下は若干慄きながらも、納得したように頷いた。


「…まぁ、確かに其方とは話が合う気はするな。本好きというのも共通しているし。よし、わかった。なら、アデル。其方を私の友人第一号にしてやろう」

「やった!なら、改めてよろしくお願いしますね、ロレシオ殿下」


 嬉々として私が手を差し出すと、殿下は少し照れくさそうにしながらおずおずとその手を握った。


「こちらこそよろしく頼む」


***


「こちらにいらっしゃたんですね、ロレシオ殿下」


 しばらくして、私と殿下が各々好きな本を読んでいるとベルとうさまがひょっこりと顔を出した。ベルとうさまに声をかけられるとロレシオ殿下は読んでいた本を閉じ、ベルとうさまを見て言った。


「ベルナール。アデルが私の学友になった。いや、学友だけではない。私の友人になってくれるそうだ」


 殿下の報告にベルとうさまはしなやかな目を少し丸くする。


「おや、随分とアデルと仲良くなられたんですね。驚きました。殿下が娘と仲良くしてくださるのなら、私としては嬉しいです。アデルの事、よろしくお願いしますね」

「ああ」


 任せろと言わんばかりにしっかりと頷いた殿下を見て、ベル父さまは嬉しそうに笑った。


「ベルナールも戻ったことだし、今日のところは帰るとしよう。シルヴァ、其方戦から戻ってからまだ家に帰れていないのだろう?今日はもう他の者に護衛を変わらせるから、3人で一緒に帰るといい。積もる話もあるだろうからな」


 さらっとそんなことを言い放ったロレシオ殿下に私は驚愕した。


 6歳でこんな気遣いできるロレシオ殿下って本当に凄すぎない?顔だけでなくて心もイケメン!


 殿下の言葉にシルヴァ様は深々と頭を下げる。


「お気遣い痛み入ります、殿下」

「私からも感謝申し上げます、ロレシオ殿下。今後のことを色々と3人で話し合いたいと思っておりましたので助かります」


 シルヴァ様に合わせて、ベル父さまも腰を折り礼を述べた。殿下は当然のことだから気にするなというように、頭を上げるよう手で指示する。シルヴァ様とベル父さまの2人は顔を上げると、視線を合わせ微笑みを浮かべる。私はそんな3人の様子をぼんやりと見つめていた。


 なんだか、この3人の関係っていいなと思う。シルヴァ様もベル父さまも心から殿下に仕えているって感じだし、殿下も2人に凄く信頼をしているようだ。見ていて心が温かくなる。


「ではな、3人とも。気をつけて帰れよ」


 そう言ってシルヴァ様の代わりの護衛と部屋を出ていった殿下の後ろ姿を私たちは深い礼と共に見送ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る