百二十四 アッシュブール奪還成功
紅の活躍により帝国軍の支配下から解放されたアッシュブールに、続々と公国軍が集う中。
半日程遅れて、キール中将率いる本隊が南門へ到達した。
紅と和国の傭兵の一騎打ちにて崩壊した街道を大きく迂回したため、他の部隊より遅れを取ったのだ。
キールは双眼鏡越しとは言え、直に紅の戦闘を鑑賞することができて満足気だったが、都市内に進入した途端、そんな
つんと鼻を刺す濃密な血臭。
足の踏み場もない程、通りに散乱する大量の帝国軍の成れの果て。
馬を進ませる度にびちゃりと跳ねる深い血だまり。
先行した部隊がすでに処理を始めていたが、細かく刻まれた肉片をかき集めるのに難儀している様子。綺麗に片付けるまでに、一体どれだけの時間がかかるか見当も付かない。
この凄惨な状況を紅一人で作り出したのだから、恐れ入ると言うしか他はなかった。
「本当に我らが女神には驚かされる……地下通路に突入させた部隊も無用だったか」
キールは感嘆の吐息を漏らしつつ苦笑する。
地上を包囲して注意を引いている間に、地下通路へ送り込んだ兵で奇襲を仕掛けて庁舎を制圧する。
帝国第4軍が実行した策をやり返す予定であったが、突入隊が庁舎に到達する前に片を付けてしまった紅の侵攻速度はまさに脱帽ものだった。
都市の解放を成して通りを行進するキール旗下の公国軍へ向けて、建物の窓と言う窓から住民達の大歓声が降り注ぐ。
それを受けて、キールはようやく勝利の実感が湧いた。
帝国の出方によってはそれなりの犠牲もやむなしと構えていたが、紅の巧みな戦運びによって最低限の被害で済んだ模様である。それも含めて、紅への信仰と感謝の念はより強いものとなった。
喝采を続ける住民達の表情は感極まり、涙を流しながら拳を振り上げている者も多々見受けられる。
それだけ帝国軍の占領下で抑圧されていたと言うことだろう。
今は興奮状態で我を忘れているのかも知れないが、落ち着けば心に負った傷口が開くはず。
そういったもののケアも含め、彼らへの支援を手厚くし、一刻も早く生活の立て直しをせねばならない。
それが民を守るべき国の急務であり、責任である。
拠点を取り戻せばそれで終了、という訳にはいかないのが戦の現実。そのことをキールはよくよく理解していた。
「──これは中将閣下! ご無事で何よりです」
キールら一行が大通りを抜けて都市中央の庁舎へ到着すると、先に現地入りしていたコルテス少佐が駆け寄ってきた。
「おお、少佐か。貴官もあの猛攻の中でよく無事でいてくれた」
庁舎の周りは真っ先に掃除をされたのだろう。多少の血痕こそ残っているが、血だまりのない路面へ下馬すると、キールは心からの笑顔を見せた。
「戦後処理を先に始めてくれたことも助かったよ。本来私がするべき仕事だったものを、すまんな」
「もったいないお言葉です。南側は別の意味で修羅場だったと聞いております。これくらいはしておかねば、中佐相当殿に顔向けできません」
生真面目なコルテスらしい言葉を受けて、キールは深く頷いた。
「ああ。それはもう凄まじい闘いだったぞ。帝国側の傭兵も相当な使い手でな。まさか三騎将以外にも地形を変える程の猛者がいるとは思わなかった。中佐相当が撃退してくれたとは言え、やはり帝国の戦力は底が見えん」
そうキールが興奮気味に語って見せると、コルテスは神妙な顔を作る。
「底が見えないと言えば、あの新兵器もですね……」
「うむ、そうだな……帝国があれ程のものを持ち出して来るとはまったくの予想外だった。兵の被害も相当だろう。中佐相当の腕ばかりをあてにして、楽観していた罰が下ったのかも知れん」
「……はい。恐るべき火力でした。詳細な数字はまだ出ていませんが、およそ三割の兵を失ったものと思われます」
目の前で爆風に散った兵らを想い、沈痛な表情を浮かべるコルテス。
「それ程か……この上増援が来るとして、またあれを持ち出されると守り切れるかわからんな」
「ああ、それについては心配は不要かと」
「どういうことだね?」
一転して明るい声を出したコルテスに、キールは
「都市を制圧した中佐相当殿が、その足ですぐに北へ向かわれたのです。今頃は増援部隊と交戦中、もしくはすでに壊滅させているかも知れません」
「そうかそうか! さすがは我らが女神。やること全てが早く的確だ。それならば戦後処理と都市の復興に専念できるな。まったく、彼女には足を向けて眠れんよ」
「同感であります」
肩の荷が下りたとばかりに快活な笑みを浮かべるキールに、コルテスも緊張を緩めて首肯した。
「では我らが女神の恩義に報いるため、我々も己の職務を
「は!」
帝国兵の死体処理。味方の被害確認、及び埋葬。都市の守備増強。住民の現状把握と復興支援。などなど。
やるべきことは山積みである。
二人は頷き合うと、軍の将を集めて今後の予定を話し合うべく動き始めた。
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