1-5

「おーはーよー」


「もう昼じゃ、この遅刻魔が!」


翌日。それはいつも通りの光景だった。


圭輔の文句に出迎えられて、教室の中へ。

一歩踏み入れた途端、古くなっているらしい床板が軋んだ。


食材の匂いが混ざり合って、何とも言えない空気が立ち込める。

ちょうど昼食の時間らしい。みんな好き放題に机を移動させて自分の弁当を広げていた。


「森也さあ、お前目覚まし時計とか持ってないん?」


「口にモノ入れて喋んなよ、きちゃないなあ」


椅子の前脚二本を浮かせ、非常にバランスの悪い状態で座る圭輔。

その、赤茶の頭を押しのけた。


「うおあ! こけるか思たやろボケ!」


「ほんまにこかすぞ」


自分の机に鞄を置き、教室を見回す。


「……沙穂ちゃんと転校生は?」


「学校説明。昼休みのうちに済ますねんて」


「ほーん」


居ないのならそれで良い。佐山、あいつは苦手だ。


「で。森也、昼メシは」


「家で食うてきた」


「ふうん」


自分の椅子の上であぐらをかく。そんな俺を、那子が「行儀が悪い」だのなんだの言っている。いつものことだ。


「で、アイは何してん?」


「ん?」


スマホに向けていた顔を上げるアイ(本名を愛加というが、二文字に憧れるという謎の理由で、周りにもあだ名呼びを強制させている)。


大きくうねった黒い髪と健康的な肌の色が特徴的な彼女は、普段なら圭輔に負けないぐらいやかましい存在だ。


「やたら静かやん。気持ち悪いねんけど」


「ええやろ、ウチがたまにはおしとやかでも」


「一向に構わんです」


ぜひとも今後もその調子で。


「なんか腹立つ」


アイは、ジロリと俺を一睨みして、またスマホの画面に視線を戻した。


「……何を一生懸命見てるの?」


りっちゃんが、卵焼きを突き刺したフォーク片手に首を傾げる。


「なんでもええやろー。メールよ」


「はあ? 誰と」


不思議そうに尋ねるのは圭輔。それもそのはずだ。コミュニケーションツールとしてはLINEが一般的な現代で、一生懸命にメールを打つ姿は少し異様である。


「誰とって、同い年の男の子とやけど」


「はあ?」


圭輔が眉根を寄せる。いや、彼だけじゃない。その場の全員が怪訝そうにアイの顔を見る。


「おい、アイ。もしかしてお前、出会い系……」


「は?」


「中学生がそこに手ぇ出すなよ。写真詐欺のおっさんしかおらんぞ」


「ほんま失礼やな、あんたら! そんなんとちゃうわ。放っといてよ、こっちは真剣やねんから」


「真剣……って」


よくわからないが、彼女は妙に気が立っている。これ以上何を聞いてもアイを苛立たせるだけだろう。仕方なく俺たちは押し黙る。


「……あ、沙穂ちゃん、佐山くん」


りっちゃんが声を上げたのを合図に、その場の全員が教室の入り口に目をやった。


「アイの怒鳴り声が聞こえてきたけど。なに、修羅場?」


さして関心も無さそうに佐山が言う。その後ろには、沙穂ちゃんが気まずそうに立っていた。


「いや、大したことないから。で、そっちは? 学校説明やっけ。終わったん?」


二人に話しかけながら、俺は圭輔が押し付けてくるミニトマトを全力で拒む。 


「あ、うん。それは大丈夫」


「小さい学校ですからね。教室の場所を覚えるのも問題なさそうです」


そう言って笑顔を作る佐山に、小さい学校で悪かったな、と文句をつける圭輔。


「簡単に機嫌損ねんなって」


仕方なく、圭輔からミニトマトを受け取った。

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