第六話 ショタは知略でローザを逃す

 サーカスの団長さんが、僕に向けてナイフを投げてきた。


 あれはオモチャではなく本物、このままでは僕に当たってしまう。


 避けようとすれば避けられるかもしれない。だけど、もし避けてしまえば後の人に当たってしまう。


 何か良い方法ってなかったかな? えーと、えーと。


 必死になってこの場の乗り切る遊びを考える。けれど、焦りから中々良いアイディアが思いつかなかった。


 こうなったら僕が的になるしかない。


 痛いのが怖くなり、両の瞼を閉じる。だけど、いつになっても体に痛みを感じることはなかった。


 それどころか、拍手や口笛の音が聞こえてくる。


「良いぞ! 姉ちゃん!」


「まさか、観客に紛れて団員がいるとは思ってもいなかったな」


「こんなパターンは初めてだ」


 周りにいるお客さんたちの声が聞こえてくる。


 これもサーカスの演目だったの?


 ホッとして閉じていた瞼を開ける。すると目に映った光景は、ソフィーお姉さんが身を乗り出して飛んで来たナイフを2本の指で挟んでいる姿だった。


「団長って言ったわね! これはなんの冗談なのよ! どうしてラル君に本物のナイフを投げつけたの!」


 声を上げて、ソフィーお姉さんが受け止めたナイフを掴み直すと、勢いよく団長に向けて投げ付けた。


 飛ばされたナイフは真っ直ぐに進み、団長の足元に突き刺さる。


「おい、なんか変じゃないか?」


「確かに、サーカスの演目にしては、ちょっとおかしいような気がする」


 周囲のお客さんが小声でヒソヒソと話している。


 それもそうだよ。だって、ソフィーお姉さんは、サーカスの団員ではないもの。


「アハハハハ! まさかターゲットの近くにボディーガードがいるとは思ってもいませんでした。どうしてその少年を狙うのかでしたよね。それは、ある人物から、その少年の抹殺を頼まれていたからです。事故に見せかけて殺害しようかと思いましたが、こうなってしまった以上、もう一つのプランを実行するしかありませんね」


 団長さんがニヤリと不気味に笑い、口の端を吊り上げる。


「さー、サーカスは終わりだ! 今からは狩りの時間だ! イリュージョン!」


 団長さんが声を上げる。すると、ゾウさんのおでこにもうひとつの目が現れ、長いお鼻は斧のような形になる。


 そしてお猿さんは巨大化して大猿となり、団員の人たちは肉が溶けて骨だけとなった。


「モ、モンスターだ!」


「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「に、逃げろ!」


 目の前の光景が一気に変わった瞬間、お客さんたちは叫び声を上げながら一斉に逃げ出した。


 団員さんや動物さんたちが別の生き物になった!


「エレファントエンペラーにジャイアントコング、それにスカルナイトが複数。これはちょっと厄介ね」


 ソフィーお姉さんがモンスターさんの名前らしきものを呟き、あいつらを睨み付ける。


「ラル君、ローザちゃんを連れて逃げなさい。私が時間を稼ぐから」


 ローザを連れて逃げるようにソフィーお姉さんが言うけど、僕は逃げるつもりはなかった。


 ソフィーお姉さん1人だけ、モンスターさんたちと戦わせる訳にはいかない。僕だってお姉さんのお手伝いがしたい。


「ソフィーお姉さん、僕も戦うよ。だって、魔族とか言うあのおじさんを氷漬けにしたんだよ。この力を使って、ソフィーお姉さんを守りたい!」


 自分も戦うことを告げると、ソフィーお姉さんは睨み付けてくる。だけど、僕はお姉さんの威嚇には屈しなかった。


「はぁー、分かったわよ。でも、ラル君は無茶はしてはダメよ。危ないと思ったら真っ先に逃げなさい」


「うん! ソフィーお姉さんには迷惑をかけないようにするから!」


 元気よく言葉を返すと、僕はローザを見る。


「ラルスが戦うって言うのなら、あたしも戦うわ! こう見えても、下級の魔法とか、簡単な回復魔法なら使えるのだから」


 彼女に視線を向けると、ローザも僕たちと一緒に戦うと言ってきた。でも、彼女にまで危険な目に遭わせるわけにはいかない。


 どうしよう。どうやってローザを説得しようかな?


 何か良いアイディアがないか、必死になって考える。すると、作戦が閃く。


 これなら、上手くローザをサーカス小屋から出しつつ、彼女の機嫌を悪くさせない。


「なら、ローザには重要なミッションをお願いするね。僕とソフィーお姉さんが無事にモンスターさんたちを倒して戻って来ることができるかは、君次第だ」


「重要なミッション! 何! いったい何をすれば良いの! 早く教えなさいよ!」


 作戦の重要な立場を任され、ローザの顔が綻ぶ。


 良かった。これならローザを逃すことができる。


「僕とソフィーお姉さんだけでは、お客さん全員を逃す時間稼ぎは厳しい。だから、ローザは今からギルドに行って、冒険者さんたちにこのことを教えるんだ。味方を呼んできてよ」


「分かったわ。直ぐに戻ってくるから!」


 味方を呼んで来てほしい。そう伝えると、ローザは出口へと走って行く。


「そんな方法があったなんて。どうして私はそのことに気付かなかったかしら。同じ方法を思い付けば、ラル君まで戦わせずに済んだのに」


 僕の作戦を聞き、ソフィーお姉さんが小さく息を吐く。


「ソフィーお姉さん。これ以上無駄話しをしている時間はないよ。お客さんを逃す時間を稼がないと」


 これ以上は話している場合ではないことを伝え、僕はステージに走って行く。

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