第二話 ショタは王都に向かう

 どうしてこんなことになっているの! 誰か分かる人がいたら教えてよ。


 僕は突然、喉元に剣先を突きつけられた。


 剣を握っているお姉さんは、眉間に皺を寄せて怖い顔をしている。


「少年、お前はいったい何者だ!」


 な、何者って言われても分からないよ。だって、自分の名前と年齢しか分からないのに。


「早く言わないと、その首を刎ねるぞ!」


 お姉さんたちを守ろうとした結果、僕は殺されそうになっている。


 どうしてこうなってしまうの? 僕はただお姉さんたちを助けようとしただけなのに。


 何が正解で何が間違いだったのかが分からず、悲しい気持ちが溢れてきた。


「えっ、えっ、うえーん!」


 とうとう悲しい気持ちを我慢することが出来ずに、両方の目から涙を出して大きい声で泣いてしまう。


「僕はお姉さんたちを助けようとしただけなのに、どうしてそんなに怖いことをするの! 僕は何か悪いことをしたの?」


 大声で泣きながら、お姉さんたちに訴える。涙で目に映る光景が滲んで良く見えなかった。


 だからお姉さんたちが今どんな顔をしているのか分からない。


「僕だって何者か知りたいよ。だって気付いたら知らない場所にいて、名前と年齢しか分からないんだもん! 僕の方が知りたいよ!」


 涙を流しながら大声で訴える。


 もう何が何なのか分からなくなり、泣くことしか出来なかった。


 泣き始めてからどれくらい時間が経ったのか分からない。軽く喉の痛みを感じると、今度は抱きしめられる感覚があった。


「ごめんね。怖かったよね。助けようとしたのに剣を向けられると悲しいよね。ごめんね。助けてくれてありがとう」


 涙で目に映る光景が滲んで見える。


 だけど、青い髪の女の人が、持っている剣を鞘に戻していたことが分かる。そしてお姉さんの後ろにいたもう1人のお姉さんがいないことから、僕を抱きしめているのはあのお姉さんだと分かった。


「よし、よし。いい子だから泣き止もうね。もう、君を泣かせる悪い人はいないから」


 頭の上に手を乗せられ、優しい手つきで撫でられる感覚があった。


 お姉さんの声はとても心地よく、聞いていて安心する。


 暖かいなぁ。何だか前にもこんなことをされたような気がするよ。


 気が付くと、知らない間に泣き止んでいる自分がいることに気付く。


「よし、泣き止んだね。顔が涙の跡が残っているから、これで拭こうね。はい、目を瞑って」


 お姉さんに言われるまま、両の瞼を閉じる。すると何かの布のようなものを押し当てられ、優しく上下左右に動かされる。


「よし、綺麗になった。もう開けて良いわよ」


 目を開けるように言われ、ゆっくりと瞼を開ける。


 目の前のお姉さんは笑みを浮かべ、その表情を見た瞬間にドキッとした。


 とても綺麗な人だなぁ。


「私はソフィーよ。あなたのお名前は何て言うのかな?」


「僕はラルス」


 目線を合わせ、少々恥ずかしい気持ちになってしまった。


 お姉さんを直視することが出来ずにそっぽを向きながら自分の名前を呟く。


「ラルスって言うのね。それじゃあこれからはラル君って呼ぶわね」


「ソフィー、そんな子どもを相手にして本当に良いのか? 石を投擲しただけで野盗を倒すようなやつだぞ。絶対に関わらない方が良い」


 剣士のお姉さんがソフィーお姉さんに声をかけると、彼女はムッとした顔で剣士のお姉さんを睨み付ける。


「シルヴィア! そんな言い方をしなくても良いじゃない! それにこの子が助けてくれたから、野盗を倒すことが出来たのよ。恩人に刃を向けて泣かせる方が可笑しいわよ」


 ソフィーお姉さんがギュッと抱きしめてくる。


 頭がソフィーお姉さんに当たり、心臓の音が聞こえてきた。


 何だか安心するな。


「分かった。分かった。たく、ワタシはソフィーのことを思って言っているのだけどなぁ」


 やれやれと言いたげに、シルヴィアと呼ばれたお姉さんが肩を竦める。


「そう言えば、さっきラル君が言っていたことだけど?」


「さっき僕が言ったこと?」


 何を指した言葉なのかが分からず、首を傾げる。


「ほら、さっき、気が付いたら森の中にいて、名前と年齢しか分からないって」


「う、うん。僕、どうしてこの森の中で1人だったのか分からないんだ。名前と8歳と言うことしか覚えていない」


「記憶喪失か。これはまた面倒くさいやつと出会ってしまったようだな」


「シルヴィア!」


 ソフィーお姉さんがシルヴィアお姉さんを睨む。


「わ、悪い。こいつが普通の子どもではないから、つい、突き放すような言い方になってしまった。確かに、こいつからしたら、心細いよな。でも、どうするんだ?」


「まずは王都に帰りましょうか。そこでこの子のことを知っている人を探すわ。ギルドの力を借りれば、もしかしたら見つかるかもしれない」


「そうか。ならワタシは、お城の兵士たちにでも聞いてみるか。さすがに王様や姫様の耳に入れる訳にはいかないだろうからな」


「お願いするわね。どんな些細なことでも、何か情報を掴んだら教えて」


 お姉さんたちの会話を聞きながら、安心した。


 良かった。このままここに置いてけぼりにされなくって。


「それじゃあ、王都に帰りましょうか」


「私はこいつらを拘束した後で、城の兵士に野盗たちを捕えに来てもらうように報告する。その後に合流しよう」


 お姉さんたちは再会の約束をすると、僕はソフィーお姉さんに手を繋がれ、一緒に歩く。

 





 それからどれくらい経ったのだろう。歩き疲れてもう歩きたくないと思い始めたところで、大きい外壁のあるところに来た。


 門の前には2人の男性がおり、手には槍が握られてある。きっと門番さんなんだろうな。


「これはソフィーさんじゃないですか。シルヴィアさんと一緒ではなかったのですか?」


「ええ、彼女は事情があって、遅れて帰ってきます」


「そうですか。そちらのお子さんは?」


「今回の報酬」


「はぁ?」


 ソフィーお姉さんの言葉に門番さんは惚けた顔をしていた。


「冗談よ。迷子の子を拾ったから、ギルドの力を借りて探そうと思って」


「そうでしたか。ソフィーさんの隠し子かと思いましたよ」


「そんな訳ないでしょう! 初体験もまだ……ゴホン。良いから通しなさい。でなけれで、火だるまにするわよ」


「す、すみませんでした! どうぞお通りください!」


 ソフィーお姉さんが咳払いをした瞬間、門番さんは顔色を悪くして門を開けると、横にずれた。


 でも、何でだろう? ソフィーお姉さんはニコニコ笑顔を浮かべていたと思うのに?


 不思議に思っていると、多くの人が町中を行き来している光景が目に映った。


「うわー! たくさんの人がいる!」


「ねぇ、ラル君。この光景を見て、何か思い出すことはない?」


 人が多いことに驚きと感動をしていると、ソフィーお姉さんが聞いてくる。


 頑張って思い出そうとしてみるけど、全然思い出せそうな気がしない。


「ソフィーお姉さんごめんなさい。何も思い出せないや」


「そうなの。なら、ラル君は自然が豊かな場所から来たのかもしれないわね」


 謝ったからか、ソフィーお姉さんは笑みを浮かべながら、この町出身ではないことを予想する。


 ソフィーお姉さんは本当に優しいなぁ。


「着いたわ。ここが城下町唯一のギルドよ。今から中に入って、ラル君の依頼書を作成しようね」


 大きい建物の前で立ち止まると、ソフィーお姉さんは建物の説明をしてくれる。


 ここで僕のことを知っている人が見つかればいいのだけどなぁ。


 僕の手を握りながら、ソフィーお姉さんは建物の中に入って行く。


「ソフィー、止まれ」


 中に入った瞬間、ソフィーお姉さんの名前を呼んだ男がこっちに歩いて来た。

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