第15話

「トイレに行こうと思ってさ、出たら旧校舎って超怖いじゃん? 怪談トイレもあるしさ……。だから、職員校舎のトイレに行こうって思ったわけ。したら、職員校舎の方から真っ白なオバケが急に現れて……。あっちに『アヤカシユメカゲ』って言ったんだ」


「そこで失神した、と」


 貉がムシロの話尻を締めると、その通りだったのかムシロも特になにかをいう訳でもなく頷いた。



「それで、次に目を覚ましたら病院だってわけ」


――技術室、アヤカシユメカゲのオバケ、高高田……。


 心で整理したそれらのことを、タブレットに打ち込み保存処理を行う。事情が分かると新たなナゾが生まれる。霧が晴れるのはいつになるのか……。少しだけ、この後の出来事を想った。

「じゃあ、次は俺だ。殺人犯の妹が、容疑を晴らしたんで俺も現場に復帰した訳だが……」


「容疑が晴れたんなら殺人犯じゃねーって!」


 ムシロがなまはげ様の如く顔を赤くして怒り、貉に対してナックルパートをお見舞いしようとしたので、慌ててエクボはムシロを止めた。


 ここでナックルパートを決められては、貉が失神してまた話が進まなくなる。


「復帰して得た情報もいくつかある。まず、一つめ。死んだ奏寺何時来だが、死因は何故か溺死だった」


「溺死!?」


 エクボとムシロの声が綺麗に重なった。すぐに重なった声と同時に顔を見合わせる。

「確かにあの日……、すごい雨降ってたけど」


「ああ。グラウンドの中央で溺死しているという有り得ないような死に様だ。だが、検死で分かったこともある」


「分かったこと?」


「最初からおかしいと思っていたんだよ。『なんでムシロが重要参考人として連行されたのか?』ってな」


「だって、一緒に居たのがムシロだったからじゃないんですか?」


 エクボの当然の問いに、貉は首を横に振った。


「事件当初、これは【事故】だと思われていたんだ。ムシロが連行されたのも、最初から『重要参考人』としてじゃない。意識混濁で倒れているムシロを病院に連れていくことと、なにがあったのか…… という事情聴取くらいの名目だった」

「えっ! そうなの?! くっそぅ、あのデブ!」


 明らかに荒崎のことである。


「まぁ落ち着け殺人犯。その後、奏寺何時来の遺体を検死解剖したところ、二つのことが分かった」


「……二つのこと?」


 コーラのペットボトルを人体に見立てた貉は、ボトルのくびれの辺りとコツコツと指で当てながら、「普通は考えられないことだが、雨で溺死…… って線も有り得なくはないと思われてた」と言った後、転がそうになるボトルを掴むと二人を見る。


「けどな、奏寺何時来の飲んだ水は雨水じゃなかったんだよ。普通の水道水だ」

 ヒヤリとした空気が室内、3人の間を通り抜ける。


「ってことは……、その、アレ?」


 混乱するムシロに貉ははっきりと断言する。


「つまりこれは殺人だってことさ。奏寺何時来は誰かに無理矢理大量の水道水を飲まされた」


「でも、抵抗しなかったのは?」


「それがもう一つの分かったことに関係するんだよ。ムシロと同じく、奏寺何時来からはアルコールの成分が検出……、というか完全に奏寺何時来は死ぬ直前まで酩酊状態だったと見られている」


「名亭?」


 ムシロがこのタイミングでぶっ込んできたが、兄は優しくそれを無視した。

「要は酔っぱらってたってことだ。しかも、自分の意思で起き上がることも出来ないほどにぐでんぐでんに」


「解剖じゃなきゃ分からなかったんですか?」


「確実に分かったのは、解剖ってことだ。だけどもここにも不審な点があった。落ちていた缶チューハイやカクテルの量と度数ではここまで酔うことは到底できない。となると考えられることは一つ」



「注射した……?」


 エクボが呟いたのに貉は目を丸くして驚いた。


「そうだ! お前すげーな! なんでわかんだ!?」


 トイレ飯の推理であることを言えるはずもないエクボは、「あ、あてずっぽうです」と笑った。

「けど……、そんな情報私達に話しても大丈夫なんですか?」


「ダメに決まってる上に、洒落にもならんって! けどよ、荒崎の野郎に好きに言われて黙ってられるかよ!」


 麗しき兄妹愛である。


「エクボが本気で事件の真相解き明かすって決め込んだからよ! 俺も答えねーと…… な!」


「あ、ありがとうございます……(そんなこと言ったっけな)」


 くく、くくく…… と苦笑いをしながらエクボは喜んでるアピールをしたのだった。


「今回の事件、羽根塚由々実が遺書を残して死んだことで解決したことになってるけどな、そんな単純なもんじゃねーって俺も思ってるんだ」

「そうそう。羽根塚は確かに何時来を煙たく思ってただろうけど、いくらなんでも殺すまでしないって。それに、殺してしまったっていうサイアク感」


「罪悪感」


「そう、ザイアク感で自殺するようなタマじゃねーって思うんよね、あっち」


「うん。それに不自然なほど登場する【アヤカシユメカゲ】……」


 エクボが口にした【アヤカシユメカゲ】という余韻が、室内に漂い空間を気味の悪い空気に換えてゆく。


 明らかにいるであろう『第三者』。


 これが犯人であるかどうかは分からないが、少なくとも超重要で核心に迫る人物であることは間違いなさそうだ。

「おしっ! じゃあ、とりあえず俺は俺で情報を集めるわ。俺らでそのあやまんJAPAN」


「アヤカシユメカゲ」


「そうそう、そのアヤカシユメカゲをとっつ構えて、荒崎に泣きながら土下座させてやろうぜ!」


「言っとくけどあっちはそれもそうだけど、何時来のためにやんだからね!」


 ムシロはエクボに振り向くと、「エクボは?」と決意表明を強いた。


 こういうの苦手なんだよな…… と思いつつも、エクボはベタに重ね合わせている貉とムシロの手に自らの手を重ねると、


「…… 真実を明らかにするために」

 と締めくくった。


「よし! やるぞー! おー!」


「おー!」


 兄妹で盛り上がる妙なテンションの気合いに、エクボは小さく小さく「おー」とだけ言うのだった。




「ふむ。やはり注射か……。それに溺死、とはな」


 翌日の昼休み、トイレ飯に貉たちから入手した情報を話した。


「あ、鮭のフライとアスパラとウインナー炒めたのと、あとは…… ごぼうと人参とお揚げのごった煮。どれがいいですか?」


「アスパラとウインナーのやつでお願いします!」


 トイレ飯は反射的なのかやけに大きな声でリクエストをした。



「どう思いますか? トイレ飯は」

 個室の上から箸で摘まんだオカズを渡しながらエクボは尋ねる。


「問題は色々あるが……、ひとまず気になるのはなぜその【真犯人】が『アヤカシユメカゲ』を推すのか……、とうことだな」


「ええ、私もそこは気になっていました。まさかムシロもその名前を聞いたことあるなんて」


「どう考えても《わざとその名を出している》としか思えない。しかし、最初にその名を知らしめたのは、羽根塚だということだ。そう考えるのなら、鍼埜ムシロが見たというオバケは羽根塚だということになる」


 トイレ飯の話を鮭を頬張りながらエクボは黙って聞いていた。もぐもぐ。


「となると……、少なくとも鍼埜ムシロと奏寺何時来を眠らせたのは羽根塚で間違いないだろう。鍼埜ムシロを眠らせた後、奏寺何時来をグラウンドに運び、水道水を溜めたバケツかなにかで殺したということになるな。だが、わざわざそんな目立つことをするか?」


「うぅん……」


 トイレ飯の推理がそこで止まっている時、エクボはとあることを唐突に思い出した。


「あ、そうだ。そういえば、零島先生が急に居なくなったんですけど、誰もそれに触れなくて気持ち悪いんですよね。やっぱり事件に関係ありますか?」


「なぜその零島とかいう男が関係あるんだ」


 トイレ飯の問いにエクボは、ムシロから聞いた零島と由々実のエロい関係を話した。

「なるほど、そういうことなら確かにその男もなにかしら知っているのかも知れないな。怪しすぎる…… という点では、犯人であるかどうかは微妙ではあるが、居なくなるタイミングが良すぎる。他に目ぼしい奴はいるか?」


「うー……ん、これはちょっと考えにくいんですけど、技術部の高高田先輩とか」


「なんだそのジャパネット的な奴は」


「高高田先輩は、ちょっと前にネットを賑わせた有名人なんです。なんでもものを喋るロボットを作って、私みたいなぼっち女子が喜ぶ発明をしたって」


「喋るロボット? そんなもの今時珍しくないだろう」


 特に反応するわけでもない様子で、トイレ飯は返事を返した。

「いえ、違うんです。ロボはロボでも《会話が出来る》んですよ! 高高田先輩も録路高校ではぼっち男子代表なので、彼が作ったのは女子のロボでしたけど、男子型を作ってくれたら音声を天塚ミゲルにして……、くく、くくく」


「わかったわかった。ミゲルでもホエールでもいいから勝手にやってくれ。それで、その高高田がなんなんだ」


 エクボの邪悪な照れ笑いを見ていないのに、トイレ飯は闇を感じたのか、声を上ずらせて尋ねた。


「……あ、そうですね。高高田先輩は技術部と化学部の部長を兼任していて、特に技術部なんて部員がいないようなものなんです。でも、技術室っていつも開いていて……、それでそこを何時来はたまり場にしていたらしいんです」

「事件当日……、奏寺何時来が死ぬ前にもそこに居た可能性が高い……。というわけか」


「そうです。だから、単純にその部室の管理をしている高高田先輩もなにか……。

 でも、接点が遠すぎますよね」


「いや、いいんじゃないか。ひとまずそのジャパネット的な奴に話を聞いてみろ」


「えー……」


 エクボは露骨に嫌だという反応を示した。それもそのはず、彼女は前回の由々実の時に懲りているのだ。


 人見知りで人嫌いの彼女が、話したこともないような相手に事件の事をわざわざ話を聞くなんて、不可能なのだ!

「お前、それでよく事件の真相を究明したいとか言えたな」


「てへぺろ」


 てへぺろをしてみせたエクボは、もう一口オカズを頬張る。


「零島先生がアヤカシユメカゲ…… ってことは有り得ますかね?」


「無いとも言えんがな。しかし、可能性は低いと思っていいんじゃないか」


「そうか……。そういえば、零島先生が私に言った『四番目の隣人』ってなんなんだろ……? トイレ飯は知ってますか?」


「四番目だか五番目だか知らんが、俺には関係ない」


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