第23話 明かされる過去
そのままあてもなく歩いていると、ルシルが口を開く。
「迷惑をかけたね。もう歩けるから」
「駄目です」
一蹴したフィリップは、ルシルを抱く腕に力を込める。
しばらく抵抗していたルシルだったが、フィリップの力に敵うわけもなく、やがてゆっくりと力を抜いた。
村を出たフィリップは、一際暗い場所を見つけて歩いていく。そっと地面にルシルを下ろし、来ていたローブを脱ぐと、地面に無造作に広げた。
「座ってください」
一瞬フィリップに目をやったルシルは、けれど何も言わずに、大人しく腰を下ろす。
その姿を確認して、フィリップは口を開いた。
「ここは暗いです。加えて星が綺麗で、俺は星に見惚れています」
銀砂を撒いたような星空を見つめながら、フィリップは何も言わずにルシルの隣に座っていた。
どれだけ時間が経っただろうか、ルシルがわずかに掠れた声で話し始める。
「……黒幕は、呪いを使って村に病気を蔓延させ、聖女に助けを求めさせた。非道なやり方で断った聖女に村人が復讐心を募らせたところで、寄生魔物に関する間違った事実を伝え、村を一時的に冷やして寄生魔物を解き放つ。あとは村人に任せる。魔物の記憶に残ることもなく、自らの手を汚すこともない。卑劣な、どうしようもない、やり方だ」
「はい」
「彼らは利用された。けれど、復讐のため、最後の一手を打ったのは彼らだ。害意を持って、魔物を放った」
「そうですね」
「私は、彼らを責めるべきだったか?」
フィリップは答えなかった。いや、答えられなかった、と言った方が正しい。
しばし黙って、フィリップは慎重に口にする。
「分かりません。ですが、少なくとも、黒幕を突き止めるまでは終われないということだけは、分かります」
「……心当たりは、ある」
その言葉に、フィリップは思わずルシルの顔を見そうになって、焦って視線を空へと固定した。心当たりがある、と呟いたその声に含まれる、重苦しい中に震える感情を秘めた響きに、フィリップは黙ってルシルが話し出すのを待つ。
「そのためには、話をする必要がある。私の、過去の話を」
「あの時の続きを、聞かせていただけるんですか」
ルシルは頷いた。そしてその姿がフィリップに見えていないことを思い出し、すぐに声に出して肯定し直す。
「ずっと、昔の話だ。私の母は、君も知っている通り聖女だった。だが、私が物心ついた頃には母の力は消えていた」
「……聖女だったのに、ですか?」
「そう。より正確に言うと、聖女だった時代にはきちんと魔力を持っていた。その力が消えた経緯についてはこれから話すよ。……母は、魔力がなくとも薬草や魔物の知識を使って人を助け続ける人だった。魔力なしでの戦い方は、母の姿を思い出しながら身につけたものだ」
ルシルは目を細めた。
一番覚えているのは後ろ姿だ。長い髪を靡かせながらルシルの前を歩き、森で魔物に遭遇した時にはいつだってルシルを庇っていた。
「母は、私の憧れだった。亡き母の教えで、というのはそういうことだよ。人々を助けて、人々に感謝される母が、私は誇らしかった。母のようになりたかった。ずっと、ね」
今度こそ、フィリップはルシルを見ずにはいられなかった。視線を感じたルシルは、フィリップの方へと顔を傾ける。
ほとんど何も見えない暗闇の中で、ルシルを見つめるフィリップの顔だけが、視界の中で明瞭だった。小さく笑って、ルシルは続ける。
「焦れったいと思うけれど、順番に説明させて欲しい。そう、私は幼い頃、森から森、村から村を転々とするようにして生活していた」
「生まれてからずっと、ですか?」
「そう。当時は大して疑問にも思わなかったものだけど、今思うと中々な暮らしをしていたよね。それには一応理由があって、私がその理由を知ったのは、母が泣いているところに偶然遭遇した時だった」
日差しがゆったりと差し込む森の中、草地に跪いたルシルの母は、俯いて涙を零していた。
両手を宙に彷徨わせ、まるで見えない何かを抱きしめるようにして泣いていたのだ。
「母が魔力を失ったのは、強制的に奪われたからだと、私はその時知った」
「奪、われた?」
「そう。母から魔力を奪った人間は今でも母を探していて、だから母は逃げるようにして私だけを抱えて暮らしていた。父はいなかった。母と共に暮らしている時、母が私を身籠っている時に、魔物に殺されたと、聞いた」
「……」
「母の腕の中で父は息絶えた、と言って母は泣いた。何もできなかった、と言って。母はずっと、そのことを悔やみ……恐れていたのだと思う。また自らの手の届く位置で、人が消えることが、恐ろしくて堪らなかったのだと思う。だから人に尽くし、人を救い、私にそうするようにと説いた」
ルシルの母の中には、聖マートリア教会の教えもあった。人々を救えという、神の声もあった。けれどそれ以上にルシルの母を動かしていたのは、目の前で愛する人を喪った記憶だったのだと思う。
そしてルシルの中に根付いているのも、ルシルが人を助けたいと願うのも、教会の教えではなく、愛するものを守りたかったという、母の意志なのだ。
少しだけ見慣れたものとは違う星空を眺めながら、ルシルはゆっくりと口にした。
「母は、私のせいだ、と言った。母が父と添い遂げることを決めた時にはもう、母は追われる身だったという。母はずっと後悔していた。自分のせいで父が亡くなったと、父と結婚するべきではなかったと、泣いていた」
星が綺麗だ、とルシルは呟いた。
その言葉の意味を悟ったフィリップが、もう一度星空に視線を移したのを確認して、ルシルは言葉を続ける。
「その時、母は私に全てを教えてくれた。母は几帳面な性格で、びっしりと手帳に過去を書き残していた。……昔は、よく散らかしては怒られていたよ。だから、その記憶は鮮明だった」
ふ、と笑みを含んだ吐息を聞きながら、フィリップは、星空を見つめて唇を歪めた。
ルシルは、亡き母、と言った。全ては過去形で語られた。
続きを聞きたくない、という気持ちを抑えて、フィリップは黙ってルシルの次の言葉を待つ。
「大聖女、ルフェリアだった」
「……え」
「母から魔力を奪った人間。どうしてそんなことを、と思うかい?」
「はい」
「それを説明するためには、母の過去から話さなくてはならない。そうだね――」
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