第21話 病の真相

 翌日。

 すっきりとした顔で微笑んでいるルシルと、隠しきれない隈を作り、心なしかぐったりとしているフィリップの姿を見て、村の男衆は静かにフィリップに同情した。


「さて、調査に行こうか」

「……はい」


 少しばかりぼんやりとしたフィリップの返事を気にすることなく、ルシルは弾むような足取りで道を歩く。昨夜何か良い夢を見たような記憶があり、自ずと足取りも軽くなるというもの。

 一軒一軒家を周り、フィリップが治療をする傍ら、ルシルが話を聞くという手筈で、調査兼治療は進む。


「こんにちは」


 ルシルが顔を出せば、村人は顔を輝かせ。


「これで大丈夫だと思います」


 フィリップが治療を終えれば、村人は涙を流してお礼を言う。


 村を回り終えたころには、もう太陽も沈みかけていた。

 少し早めに、と与えられた家に戻った二人は、ゆったりと椅子に腰掛け、フィリップの淹れたお茶を口にする。

 乾いた口を湿らせたルシルは、口を開いた。


「村の人たちを治療した感想が知りたい。どんな些細なことでも良い、教えてくれないかな?」

「そうですね」


 フィリップは視線を上に向けると、指先を擦り合わせて感覚を思い出す。


「症状は皆同じでしたから、同じ病かと思っていたのですが、人によってかなり治療に必要な魔力量に差がありました」

「それは、病の進行度に差があったということかな?」

「そうなんですけど……俺もあまり経験が多くないのであれですけど、差が大きすぎる気がして」

「へえ。ちなみにその差には、法則性があったりは?」


 その問いに、フィリップは大きく頷く。


「多かったのは一番は女性、次に子供、男性はまちまちという感じですが、若い人ほど多かったように思います」

「体力の差だとしたら、一番に女性が来るのが気になるね。ちなみに、男の子供と女の子供の差は?」

「あまり、感じませんでした。若干女の子の方が多いくらいですかね。とはいえ数が少ないので、なんとも」

「そういえば、最初に流行った時にも女性と子供が多く亡くなっているんだったか」


 考え込むようにルシルは眉を寄せて、言葉を続ける。


「私の方は、そうだね、症状に関しては君が見た通り。発熱、嘔吐、咳、よくある感染症のような症状だ。けれど、違和感があって」

「違和感?」

「感染している感じがしないんだよ」

「これだけ病人が出ているのにですか?」

「言葉が足りなかったね、人から人へ感染している感じがしないんだ」


 立ち上がったルシルは、ゆっくりと窓の近くへ歩いていく。

 立ち昇る煙は、夕食の準備をしているからだろう。本来なら人が忙しく歩き回っているはずの村は、今や閑散とし、薪をとりにくる人や水を汲みにきた人が道を歩く姿が、ちらほらと見えるくらいになっていた。


「感染の流れが謎すぎる。一番近くで看病していた人が平気かと思ったら、突然その娘がかかったり。母が倒れて、しばらくその母乳を吸っていたはずの幼子が無事で、その母に会ってもいない父が感染したり」

「……確かに、そうですね」

「少なくともこれは、人から人への感染症じゃない。もっと言えば、病ですらないかもしれない」

「病ですらない?」


 ゆったりと窓枠に寄りかかったルシルは、フィリップの方へと視線をやった。


「誰かが意図的に起こした、呪いの類ってことだよ」

「まさか」

「私としては正直、そっちの方が濃厚だと思ってるね。人から人に感染しないと仮定した時に、広がりが早すぎる。人以外を感染源とすると、なんらかの動物に噛まれただとか、刺されただとか、何かを口にしただとか、病気の元を身体に入れることになったなんらかの出来事があるはずだけど」

「今あなたが挙げたことが起こったとしたら、話題にならない方がおかしいし、そうだとしたらもっと無差別に広がるはずだ。そうでなくても、森に出ていくことのない女子供の方が先に感染する方がおかしい。そういうことですか?」


 頷いたルシルの元へとゆっくりと歩きながら、フィリップは続ける。


「接触系の呪いなら、感染が早いのも納得だし、きっかけになった出来事が知られていないのも当然。人から人へ移るわけもない。接触系の呪いと仮定するなら、呪いのもとは感染経路から考えるべきだ」

「女子供から感染している、つまり村の中だね」

「先に女性、次に子供が触れる……いや、接触回数か?」

「君の言うとおり、触れた時期が早いか、触れた回数が多いかの二択だとは思うけれど」


 言葉を交わしながら、二人は並んで窓の近くに立つ。

 フィリップの指先が、肩に一筋流れる髪を掬い上げ、くるくると巻きつけては手を離す動作を繰り返す。


「どの家も感染している、だから村人の誰もが触れるものだ」

「術者の負担を考えたら、呪いを仕込む場所は少ない方が良いね」

「とすると村で共有する場所です。炊事場? いや、あそこに子供は近寄らない」

「村の中にあり、誰もが使い、女性が一番、次に子供が多く早く触れる場所……」


 ふ、とフィリップは何気なく視線を窓の外へ投げた。その目が大きく見開かれる。


「井戸!」


 はっと、ルシルは目を見開いた。そのまま、噛み締めるように続ける。


「井戸、井戸か……なるほど、随分と汚いやり口を」

「まだ決まったわけではありません。調べにいきましょう」

「なんだか、いつもと逆だな」


 苦笑したルシルは、けれど目の前の窓を開け放つ。


「この方が早い」


 あっさりと窓枠を乗り越えたルシルを、フィリップも慌てて追いかける。

 全力で走り、近くに見えていた井戸に辿り着いたフィリップは、一度目を閉じると、顔を強張らせた。


「かなり巧妙に隠されてはいますが、そう思って慎重に探れば……」

「そうか」


 静かに返したルシルは、落ち着いてフィリップに言う。


「解けるかな?」

「俺を誰だと思ってるんですか」

「さすが、頼もしいね。では、一度別行動だ」

「危険です! これをかけた人間がどこにいるか分からない以上」

「大丈夫。もういないよ」

「どうしてそれを!」

「いたら、私たちが村を歩き回るのを黙って見ているということもないだろう」

「出るに出られなかっただけでは!」

「大丈夫だから。リルや君にもらったお守りもあることだし」


 そう言って指を振ってみせたルシルは、きっぱりと続ける。


「私は村の人を集める。君は、とりあえず他の井戸を調べつつ、村の人たちが触れられないように封印しておいてくれ」

「はい。術者の痕跡を辿れないか、後でやってみます」

「ぜひお願いしたいけれど、封鎖が終わったらまずは昨日の建物に来てほしい」


 頷いたフィリップを確認して、ルシルは走り出す。

 翻る白いローブは美しく、ルシルは瞬く間にこの街の病気の原因を突き止めてみせた。

 けれどそうして一人で走っていく姿は、フィリップの目には、どうしようもなく儚く映った。

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