怪盗一面相

真山砂糖

第1話 予告状

 私は香崎小春、職業は刑事、階級は巡査。T県警の刑事課に勤務している。前回のABCDの事件の後に、私はまたふざけた事件に巻き込まれてしまった。私はそういう星の下に生まれたのだと自分に言い聞かせながら、もちろん刑事として務めを果たした。これまでのように、そのふざけた事件のことを記しておく。


 前回の事件の後処理がまだ続いていた最中の6月、京子の親友の件がまだどうなるか未確定な状況で、京子も係長も心の傷が癒えていない中、刑事課に連絡がきた。山崎課長によると、「森の中美術館」に予告状が届いたため、館員が県警まで相談しに来るということだった。

「森の中美術館ー? 調べたら、森の中にあるわねー」

「いや、京子、森の中になかったら、名前詐欺になるんじゃない?」

「そうよねー。ラーメンのないラーメン屋になっちゃうわよねー」

 京子は相変わらずの天然な感じだった。

「村田係長、美術館の方がお見えになったようですね。応対をお願いします」

「はい、課長」

 係長は美術館の従業員二人を応接室へ案内した。係長から声をかけられたので、私もついて

 いった。


「森の中美術館の館長をしております、森中と申します」

 見事な白髪ロン毛の初老の男性は低姿勢で名刺を差し出した。おしゃれなスーツを着ていかにも芸術分野に関わっているように見える人だった。

「私、学芸員の林と申します」

 林と名乗った中年の男性も低姿勢で名刺を差し出した。ムースで髪をきっちりと整髪してライトなスーツを着こなした清潔感ある男性だった。私と係長も名刺を二人に渡した。

「実は、こういう郵便が今朝、速達で届きまして」

 林さんは郵便物を取り出した。アメリカのクリスマスカードくらいの大きさの白い封筒だった。封は切られてあった。

「見せていただきますね」

 係長は手袋をはめて、封筒を開けて中から二つ折りの紙を取り出した。



  次の満月までに黄金のマスクをいただく

  無能な警察の諸君 防いでみたまえ

  ハハハハハッ

  

               怪盗一面相



「おう、予告状だな」

 その予告状は、プリンターで印刷されたごく普通の用紙だった。

「おうおう、怪盗一面相……一面相?」

「あ、あの、印刷ミス、でしょうか……」

 私と係長が首を傾げていたら、森中さんと林さんも同じ方向に首を傾げていた。

「おう、香崎、次の満月っていつだ?」

「次の満月は明日です」

 私がスマホで調べようとしたら、林さんが先に答えた。カバンから大判の四つ折りの紙を出し、林さんは紙を広げて満月を指した。

「え、これって何ですか?」

「月の満ち欠け表です」

 林さんの出した紙は、上部に「月の満ち欠け」と大きく書かれていた。数年先までの月の様子を確認できる早見表だった。

「これは珍しいですね。よくこんなの用意できましたね」

「ええ、美術館ですから」

 答えになっているのかどうかよくわからない返答にどう反応していいのかわからないまま、私は月の満ち欠け表を見た。

「確かに、次の満月は明日ですね」

 私は係長に言ったが、係長は予告状をガン見していた。

「警察に対する挑戦状だな」

 係長は眉間にしわを寄せながら私の方を見た。私は係長に相槌を打つしかなかった。

「あ、この黄金のマスクっていうのは、一体どのようなものなんでしょうか?」

「文字通り、黄金のマスクです」

「あ、え、は、はい」

 林さんの予想外の返答に戸惑ってしまい、私はおかしな反応をしてしまった。

「怪盗一面相に心当たりは?」

「いえ、全くありません」

「恨まれるようなこと、例えば、客と何かしらのトラブルになったとか、ありませんか?」

「いえ、全く」

 係長の質問に森中さんは丁寧に返答した。

「それで……警察に警備をお願いしたいのですが」

 森中さんが申し訳なさそうに言った。

「はい、もちろんですよ。警察に対する挑戦状ですからね。ただ、美術館を休館にしていただいたほうが……」

「ええ、今日から臨時休館するとホームページに載せました」

「少しでも急いだほうが良さそうですね。現在美術館にはどなたかいらっしゃいますか?」

「ああ、はい、職員が五人待機しております」

「では、先に美術館へ戻っておいて下さい。私たちもすぐに後を追います」

「はい、よろしくお願いいたします」

 森中さんは深くお辞儀をして、林さんとともに去って行った。


 係長は予告状を刑事課のみんなに見せた。そして、しばらく対応を考えた。

「現場で張り付くしかねえな。おう、香崎、磯田、行くか」

「えー、私もですかー」

「行くわよ、京子」

 私と京子は車に乗り込み、先を走る係長の車を追って、森の中美術館へと走った。

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