第44話 コミュニケーション
「……何で、ここが」
「安心GPSをつけているからな。お前の居場所くらいすぐわかる。……で? 隣にいるのは?」
寧々のお父さんの視線がこちらを射抜く。その強烈な視線に思わず背筋がピンと伸びた。
……ここはビシッと男らしくハキハキした自己紹介をしなければなるまい。
人の印象は第一印象で決まると言われているからね。
『初めまして、私は寧々さんの友達の佐藤十兵衛と申します』
よし!! これでいこう。
「初めましてー」
「カレシ」
「!?」
こ、この人はいきなり何を言い出すのだろう……? 何でそんな嘘をついた? もしかして俺を巻き込むつもりなのか?
あ、やばい……! はやく自己紹介しなくちゃっ……!!
「え、あ、あ、え、エット……さ、ささささとうじゅうべえといいます」
「……なるほど。私は寧々の父、黒宮洋輔だ」
寧々のお父さん……洋輔さんの俺に対する視線が明らかに変わった。
目がとても鋭くなってる。殺気みたいなものを感じるのは気のせいだろうか?
あ、ああ……終わった……
「こ、こんなところに来て……何のつもりよ」
「それはこちらのセリフだ。久しぶりに帰って来たら姿は見えず、いくら待っても帰って来ない。どういうつもりだ」
「あんたなんかと一緒に居たくないからカレシの家に泊まったの! 悪い!?」
「……つまり家出か。下らん。不要な心配はさせるな。私は忙しいんだ」
「ふ、不要って何よ……!! 本当は心配なんかしてないくせに!! 本当に心配だったら……電話の一つくらいするもんじゃなの!?」
寂しさが滲み出ているような叫び声。そうか、洋輔さんの反応が気にしていたから寧々はスマホを気にしていたのか。
「スマホは病院に忘れていた」
「……っ!? ほんと……もう少しマシな嘘をつけないのかしら」
……いや、この感じ洋輔さんは嘘はついていない。もしかして結構ドジっ子なのだろうか?
「気は済んだか? 帰るぞ」
「帰らない……!! 私、絶対帰らないから……」
反抗するかのように洋輔さんを睨みつける寧々。そんな寧々を見て、洋輔さんは一瞬俺の方を見た。
呆れるようなため息をつき、何か言おうと口を開きかけた
「あ、あの!!」
ところを俺が無理やり遮った。
洋輔さんが言おうとしていた言葉はあまり良くない言葉だと思ったからだ。
「……ここで立ち話をし続けるのも何なので、よかったらお茶でも」
洋輔さんの眉がピクッと動いた。
それは動揺ゆえか、苛立ちゆえか……分からない。
「……君には関係のない話だ」
「いや、関係はありますよ。……俺は寧々のカレシですから」
「…………」
「…………」
襲いかかる無言の圧力。しかし、俺を威圧しているわけではなくまるで何かを見極めているような、定められているような……そんな気がした。
目を晒さない。しっかりと受け止める。
そうしなければ、この人はこの場から去ってしまう気がしたから。
「……いいだろう」
答えを聞いて、安堵のため息をつく。ひとまず、寧々と洋輔さんを家にあげることにした。
「……粗茶ですが」
「ああ、ありがとう」
茶菓子とお茶を用意したが、洋輔さんは一切手をつけない。
……警戒されているのか……それとも。
「ちょっと!? どういうつもりよ!? 何でこんなクソ親父なんかを家にあげたのよ!?」
洋輔さんに聞こえない程度の小声で訴えてくる寧々さん。その表情はとても不満気だった。
「……どうせ、私の話なんて聞いてくれないのに」
そうとは思わない。
本当に話を聞く気がないのなら俺の家に上がることなく、さっさと帰っているはずだ。それに先ほどの『不要な心配』不要という言葉が余計だが、心配していたのは嘘じゃなかった。
洋輔さんが寧々のことを大切に思っているのは事実。 もしかしたら寧々の本音を聞いて何かが変わる可能性だってある。
なら、俺がきっかけを作ればいい。
「……聞かないんですか?」
「……何をだ?」
「何で寧々が家出したのかです」
「それは私と居たくなかったからだろう?」
洋輔さんはちらっと寧々を視線を向け、視線が合った寧々は気まずそうに目を逸らす。
「……俺が聞いているのは何で一緒に居たくないって思われたのかってことです」
寧々が大きく目を見開きながら俺を見る。
「…………なに?」
「なぜ、一緒に居たくないと思われてしまったのか気になりませんか? 寧々が何を考えて、何に不満を感じているのか知ろうとしないんですか?」
「…………」
俺は今、とんでもないことをしている。自分と大きく歳の離れた大人に対して分かったような口を聞き、説教じみたことを言い放ち、他人の家庭に踏み込みどうこう言っている。
何様なんだろうか。
でも、今は歳とか立場とか他の家庭とか関係ない。
「俺は……陰キャでコミュ障でその上ぼっちでした」
陰キャとコミュ障は今でも分からないけど……
「だからこそ、俺はコミュニケーションの大切さを知っている」
人の心は言葉にしないと伝わらないし、気持ちが伝わらなくちゃ意味がない。
「……私は」
寧々が俺の手を握った。俺はその手をぎゅっと握り返す。
「私、この高校結構気に入ってて……中学と違っていくのが結構楽しみで、華とやよいが居て……居場所があって……それに、私のこと……向き合ってくれる人がいるの……だから」
俯きながらも、たどたどしくても気持ちを伝える。
「私……転校したくない……もっとみんなと一緒にいたい……離れたく……ない」
父親に自分の思いを吐露する。
そして顔をあげて目を合わせた。
「……勝手に決めないでよっ……!! 私のこと!!」
きっとこれが一番言いたかった寧々の本音なのだろう。
寧々はきちんと自分の気持ちを伝えた。
どうせ無駄だと言って諦めて、逃げていた彼女がきちんと父親向き合って。
あとは、洋輔さんがどう答えるのか。
心臓が鼓動する。
俺も、寧々と離れたくない。
「そうか、分かった。では転校は中止にする」
「「…………えっ?」」
「え? ちょっと、お、お父さん? 今なんて言ったの?」
「分かったと言っているんだ」
「え、え? ちょっと? はぁ? そんなあっさりと? え? て、手続きとかは大丈夫なの?」
「ああ、住宅も学校もあとは最終どうするのかを決めて返事するだけだったからな。断ることも可能だ。お前の意見を聞いたし、学校などに返事をしようと思っていたところにこのような事態が起きた」
「へ? ちょっと待ってよ……私、相談なんかされてないけど!?」
「しただろう?」
「……はぁ?」
「いいな? とお前の意見を聞いただろう?」
「え? あれ……相談だったの?」
「ああ」
こ、言葉が足りない!! 2人揃いも揃って言葉が足りない……!!
寧々にも、寧々のお父さんにもそれぞれの主張があった。
問題はそこに存在していたディスコミュニケーションだった。
寧々の父さんの聞き方も聞き方だし、寧々も無駄だと諦めずに自分の気持ちを主張しておけばこんなことはならなかったのだ。
あぁ……と寧々は全身の力が抜けたように座り込み、天井を仰いだ。
「分かりずらい。次からはもっとわかりやすく相談してきて」
「? 分かった。善処しよう……もう時間だ。寧々、今日はもう遅いから佐藤くんのところに泊まって行きなさい」
「え? あ、あの?」
洋輔さんは俺がいれたお茶を一気に全部飲んで立ち上がった。
「佐藤くん。娘を頼んだ」
「は、はい……」
反射的に俺も立ち上がり、お互いにペコリと頭をさげる。
そして洋輔さんは病院に戻って行った。
……忙しい中、どうにか合間を縫って来て来れたんだ。寧々のために。
なんというか、嵐が去ったみたいだ……
そんなことを思いながらリビングに戻ると寧々が急にポンと胸に飛び込んできた。
少し、驚きながらも頭を撫でる。
「……疲れた。めちゃくちゃ疲れた」
「ああ……寧々は良く頑張ったよ」
「そうよ。私、すごく頑張ったの。だからもっと褒めてよ。ご褒美頂戴」
「……ご、ご褒美? 俺にできることなら」
「……一緒にお風呂入りたい。髪の毛乾かしてほしい。一緒に寝てほしい」
「……からかってます?」
「さぁ? どっちだと思う? 嘘がわかるんでしょ?」
「……お風呂以外は本当?」
「……正解」
「いや……でもね」
「………………だめ?」
寧々はおねだりをするように甘えながら俺の顔を見上げる。
「……それ、ずるくない?」
俺は首を縦に振るしかなかった。
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