第9話

「明日少し時間があるか?」

「……ありません」


いつものように店番をしていると、軍服を身に纏った男がやって来た。

定期的に王都からわざわざこんな辺境付近にある町にまでやってくるところを見ると、大佐といえど暇なんだなと思ってしまう。


「そんなことを言うな。二時間……いや一時間でもいい」

「無理なものは無理です」


世の女性がこの男に誘われればさぞ嬉しいことだと思うが、残念ながら私はこの男に付き合うならば一つでも多くの薬を覚える方が実用的でいい。


「いいじゃないか。行っておいで」


断り続けていると、裏からハンスさんがとんでもないことを言っていた。


「最近リズは働きすぎだよ。たまには息抜きでもしておいで」

「……はたして大佐と出掛けて息抜きになるんでしょうか?」

「あははははは!!相変わらずだな!!安心しろ、退屈はさせん」


そんな感じで、急遽休みをいただいてしまった……




❖❖❖❖




次の日、約束の時間通りに大佐はやってきた。

いつもの軍服ではなく初めて見るラフな格好で前髪を下ろしている姿に一瞬誰か分からなかった。

髪を下ろすと幼く見えるな……とジッと見つめていると、視線に気づいたんだろう「なんだ?見とれてるのか?」なんて冗談を言ってきた。

冗談にいちいち言訳するのも面倒で、溜息一つ吐いてやった。

そんな悪態をついてもこの人は嬉しそうにしている。……意味が分からない。


「さて、時間が限られているでな。行くか」


手を差し出され、その手を取った。

本当はすぐにでも手を振りほどきたいが、ハンスさんの手前やめておいた。


「では、ハンスさん行ってきます」

「ああ、楽しんでおいで」


ハンスさんに見送られ、外に出るとそこには立派な馬車が停まっていた。


──……デジャブ?


「今日は馬は止めておいた。せっかく付き合ってもらうのに歩けなくなっては困るからな」

「……因みになんですが、この馬車はどちら様のもので?」

「当然我が家のものだが?」


そんなこと聞くまでもない事は分かっている。

こんなに立派な馬車を持っている人は数える程度しかいないから。

それでも、一応聞いてみたかった。


今回は逃げる訳にもいかず、町の人達の視線を浴びながら馬車に乗り込んだ。

こんな立派な馬車でどこに連れていかれるのだろうと内心ビクビクしていたが、着いたのは王都だった。


「さあ、着いたぞ」


馬車から降りると、目の前には大きな劇場があった。


不思議に思っていると、私の手を取り劇場の中へ……


そのまま何事もなく普通に観劇し、その後は小洒落たレストランで食事をご馳走になりながら他愛のない会話をし、王都を散策しているというよく分からない状況に陥っている。


これは、はたからみたら完全なデートだ……


「たまにはこうして誰かと一緒に休みを過ごすのも悪くないな」


王都の中央にある噴水まで来るとベンチに腰かけながら独り言なのか、私に話しかけているのか分からない事を呟いた。


「……なぁ、なんか悩みがあるだろ」

「え?」


黙っている私に大佐は真剣な眼差しで問いかけてきた。

何も言えずに黙っていると更に口を開いた。


「俺には言えない事か?──俺はお前の役には立てないのか?」


真っ直ぐ見てくるその目を目をそらす事が出来なかった。

元々顔に感情が出にくい私の事は絶対バレないと思っていたが、沢山の人に出会い少しずつ感情が出るようになっていたらしい事に気づかなかった。


「……別に悩みなんてありませんよ」

「それなら何故目を逸らす?」

「…………大佐の事が苦手なんです」


嘘だ。本当は真実まで見透かされそうで怖かったから。

まあ、すぐに視線を戻されちゃったけど……


「……俺はお前の事をずっと見てきた。何か隠していることなんてすぐに分かる事だ」

「ずっと見てきた……?なんで……?」


「ずっと見てるなんて気持ち悪い」と、いつものように悪態をついてやろうと思ったが出てきた言葉は全然違う言葉だった。


「……それを今聞くか?」


困ったように微笑んでいたが、覚悟を決めたようで私の前に跪いた。

その行動に驚き、やめるように言ったが「黙って聞け」と言われて黙るしかなかった。


「……俺がここまで女に執着するのは初めてで自分でも戸惑っているが、お前が他の男のものになる方が断然耐えられん。──……リズ、俺はお前の事が好きだ。愛している。俺と結婚してくれないか?」


この時、第一に思ったことは、なんで婚約ではなく結婚を申し込んでいるの?だった。

色々すっ飛ばした告白の驚きは相当なものだったが、逆に冷静になれた。


「……お気持ちは嬉しいのですが、私は平民ですよ?とても大佐と釣り合えるような人間ではありません」

「そんなものは関係ない。何か言ってくるような奴がいれば俺が蹴散らしてやる」

「……私は口も悪いですし、表情も乏しいです」

「それがいいじゃないか。俺に裏表なく接してくれるのはお前だけだ。それにお前の考えていることぐらい簡単に分かる。いくつもの戦場を潜り抜けてきた者を舐めるなよ?」


クスッと微笑む男は今までで見た、どの男よりも美しかった……

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