第43話 後始末

 戦いが終結すると、ライゼルは後処理に奔走していた。


 まずは味方の兵の負傷を手当てし、致命傷を負った者に対しては優しく介錯して楽にしてやる。


 その後、敵兵の生き残りを捕虜とし、開拓地に連行する。


 今回は敵に回ったとはいえ、元を正せばバルタザール家の領民なのだ。


 バラギットが討たれた今、もはや敵対する理由はない。いち早く領民に復帰し、復興に力を貸してもらわなくてはならない。


 その後、敵の死体から使えそうなものを鹵獲すると、自軍の兵に割り当てる。


 着の身着のままで戦っていた者も少なくなかったため、これで多少なりとも装備の質は改善されたことだろう。


「ライゼル様、戦いの被害をまとめました」


 オーフェンに資料を渡され、目を通す。


 ライゼル軍の負傷者はおよそ半分の150。残る半分は戦死者だ。


 それに対し、バラギット軍の負傷者はおよそ1000人。500人程度は逃亡に成功し、残る3500人は討ち取られたか溺れたかして戦死している。


 キルレシオにして10倍以上の差をつけているが、戦ったのはどちらもバルタザール家の領民だ。


 結果だけを見れば、いたずらに国力を消費する形となってしまった。


 二度と反乱を起こされぬよう、これからは気を引き締めなければ。


 そう決意すると、ライゼルは戦いの傷も癒えぬままグランバルトに向け進軍を開始した。


 大した戦闘もなくあっさりとグランバルトを奪還し、バラギットの本拠地にまで軍を進める。


 向こうにはバラギットの遺臣も残っていたものの、バラギットが討ち取られたことを告げると彼らの助命と引き換えに開城させることに成功した。


 こうして、バラギットの領地がライゼルの直轄地となると、その足で屋敷を制圧し、バラギットの財産はすべて押収した。


「おかしいな……」


 財産の価値からバラギットの資産を推察するも、バルタザール家の借金の足元にも及ばない。


 バラギットがバルタザール家の当主の座を狙っていたということは、少なからず借金をどうにかできるだけの見通しが立っていたはずだ。


 すなわち、それ相応の財産を持っていてもおかしくないはずだ。


 しかし、実際にはバルタザール家の借金を返せるだけのものがあるわけでもなく、あくまで「多少金がある」に留まる程度だ。


 そうなると、どうしてバラギットはバルタザール家の当主の座を狙おうとしたのか疑問が残る。


 帳簿を片手にライゼルが考え込んでいると、オーフェンが大きな紙を差し出してきた。


「ライゼル様、これを……」


 オーフェンに促されるまま紙を見る。


 そこにはバルタザール領の地図と共に、何やら大量の数字が書かれていた。


「これは……地図? 何かを測量していたのか?」


 ライゼルが首を傾げていると、ずかずかとフレイがやってきた。


「大将! ここにある財宝なんですが、少しばかりうちの連中に分けてやっちゃあくれませんか?」


 言われて気がついた。


 そういえば、グランバルトに奇襲を仕掛け、バラギットとの決戦に及んでから、今日まで休みなく働かせてきた。


 そうでなくとも、彼らはライゼルの勝利に大きく貢献してくれた身。


 少しは労わってやらなくては、バチが当たってしまう。


 フレイに促されるまま、屋敷の蔵にやってくると、扉を開ける。


 既に検分を済ませたため、価値のある物は把握してる。


 蔵の中から特に値の張るものを数点持ち出すと、ライゼルは蔵を指した。


「あとは自由にしていいぞ」


「い、いいんすかァ!?」


「ぜ、全部、俺たちが……」


「ああ。もってけ」


 ライゼルの許可が下りると、嬉々として獣人たちが蔵に飛び込んでいく。


「お優しいことっすね、ボス」


「アナザか」


 ライゼルたちのやりとりを陰で見ていたのか、アナザがぺちぺちとやる気のない拍手を送る。


「なかなか太っ腹じゃないっすか。蔵の中身を全部やるだなんて……」


「元々俺のものじゃないからな。くれてやったところで、懐も痛まん」


「欲がないっすね~」


 笑みを浮かべるアナザだったが、糸のように細い目をさらに細めライゼルを射抜いた。


「……で、敵の大将を討った自分には、なんか褒賞とかないんすかね……?」


「これ足りるか?」


 蔵から避難させておいた特に値の張るであろう品を差し出す。


 宝飾のあしらわれた剣に、金細工。異国から取り寄せたであろう香木など、普通では手に入らない品物を前に、アナザが満面の笑みを浮かべた。


「これこれ……! やっぱり金を見たときが一番「生きてる」って実感が得られるんすよねぇ~」


 満足気な表情を浮かべるアナザに、ライゼルが尋ねた。


「それで、どうやって持って帰るんだ?」


「え?」


 両手には高価な品が多数ある。


 当然、帰りはこれを抱えて必死に持って帰るのだろうが、夏休み直前の小学生もかくやの大荷物だ。それを数日かけて踏破するのだから、容易なことではない。


 青ざめるアナザにライゼルが告げた。


「叔父上の現金は既にこっちが抑えたからな。今ならお手頃価格で換金してやってもいいが……」


 換金されるということは、当然ライゼルに買い叩かれるということでもある。


「……もしかして自分、一杯食わされました?」


「どうかな」


 不敵な笑みを浮かべるライゼルに、意地でも自力で全部持って帰ると誓うアナザなのだった。

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