第14話 盗賊VS蛮族

「いいかオメーら、大将の顔に泥塗るんじゃねぇぞ!」


「「「押忍!!!!!」」」


 フレイの激励に、獣人たちが雄叫びを上げる。


 まさしく気合十分といったところだ。


 賃金を上げてはこちらの損だが、言葉一つで戦意が上がるなら安いものだ。


 獣人たちの前に出ると、今度はライゼルが檄を飛ばした。


「いかに敵が強大だろうと、恐れることはない。この俺と皆が力を一つにすれば百人力だ。数多あまたの人間たちに恐れられたというその力……頼りにしているぞ!」


「しゃああああああ!!!!!」


「うおおおおおお!!!!!!!」


 ライゼルの演説に感じ入ったのか、獣人たちが叫び声を上げる。


 見たところ掴みは上等だ。あとはやる気を出した彼らに丸投げして、後方でそれっぽく指示を出していれば大丈夫だろう。


 今回の目的は盗賊の討伐ではあるが、自分が大変な思いをするのでは意味がない。


 あくまで、ライゼルは楽をした上で盗賊を倒す。それこそが今回の真の目的だ。


 そのためなら多少のリップサービスくらい、やぶさかでもない――


「聞いたか! 大将がオレたちに寄せた期待を! 逆らう奴を見つけたら、一人頭100人殺せとさ!」


「!?」


 そんなこと言ってないんだけど!? 突然何を言い出すんだ、フレイは。


 案の定、フレイの言葉に待ってましたとばかりに獣人たちが乗り出してくる。


「へへっ、大将のためなら、この命、惜しかねぇや!」


「待っててくだせぇ……。大将の前に賊の首を100個並べてみせますけぇのぅ」


 目を血走らせた獣人がナタの刃を舌なめずりする。


 ……これではどっちが賊かわかりゃしない。


「き、気持ちは嬉しいが、あまり気張らなくていいからな。あくまでお前たちの安全が第一だからな」


 事態を収めるべく、獣人たちをなだめる。


 よし、これで少しは落ち着くはず――


「聞いたか、お前ら! 大将の侠気おとこぎを!」


「へへっ、そうまで言われちゃあ、手ぶらで帰れねぇな!」


「おうよ、意地でも敵のタマとったらぁ!」


「大将の眼前に賊の首を並べなきゃ、俺の気がすまねぇや!」


(ダメだコイツら……早く何とかしないと……)


 意気揚々と武器を掲げる獣人たちに、ライゼルは一抹の不安を覚えるのだった。



 ◇



 輸送隊が消息を絶った地点――盗賊の縄張りに差し掛かると、ぬるりと嫌な空気が漂っていた。


「……ぼっちゃま」


「ああ」


 どこからかわからないが、視線を感じる。


 岩陰か。砂丘か。窪地か。


 いずれにせよ、こちらの様子を窺うべく身を潜めているのは間違いなさそうだ。


 見ると、獣人たちも殺気を出して辺りを警戒していた。


 盗賊退治のためとはいえ、こちらはそれなりの数を揃えている。


 正面から戦えば盗賊側も損害が大きくなる以上、この兵数では襲わないかもしれない。


 そうなると、敵が退く前にこちらから攻めかからなければいけなくなるが……


 と、カチュアがある一点に警戒を強めていること気がついた。


(……いるのか、そっちに。盗賊が)


 敵が攻めかからないのは、こちらの方が戦力が上と見た証。


 ならばこちらから攻めれば十分勝機があるということでもある。


「征くぞ! 皆、俺に続けェ!」


「「「うおおおおおお!!!!!!!」」」


 ライゼルが騎馬で突撃していくと、後ろから獣人たちが続く。


 盗賊の潜む砂丘に突っ込むと、盗賊たちが槍や弓を構えた。数は30人、といったところか。


 前方に味方はおらず、同士討ちの心配はない。


 やるなら今。初撃で出し切る。


「喝ッッッッ!!!!!!」


 ライゼルが叫ぶのと同時に、隣に控えていたカチュアが家宝の魔導具を発動させる。


 魔道具に込められた魔力が衝撃波となり、ライゼルに襲いかからんとしていた盗賊たちが吹き飛ばされた。


「やべぇ……あの数の敵が、一瞬で……」


「これが、大将の覇気……」


「伝説すぎんだろ……!」


 呆気にとられる獣人たちにフレイが檄を飛ばす。


「野郎ども、ボサっとするな! オレたちの大将に傷一つつけさせるんじゃねーぞ!」


「お、おうっ!」


 フレイの指揮の元、獣人たちが盗賊に襲い掛かる。


 数では不利をとっているが、初撃で敵の出鼻を挫いたのは十分な成果だ。


 あとはフレイたちに丸投げして、後ろで応援に徹しているとしよう。


「みんなーがんばれー!」


「「「おおおおおお!!!!!」」」


 士気の高まった獣人たちが雄叫びを上げながら盗賊たちに突っ込んでいく。


(いける。勝てるぞ……!)


 一人、また一人と倒され、盗賊たちは次第に数を減らしていく。


 このまま攻めれば押し勝てる。


「チッ…野郎ども、引き上げるぞ!」


 盗賊のカシラらしき男の指示の元、盗賊たちが撤退の準備を始めた。


 奴らに逃げられては、今回の出撃も徒労に終わり、再び交易路が襲撃されてしまう。……それだけは、なんとしても避けたい。


「カチュア」


「はい。……ファイアーボール!」


 ライゼルの隣に控えていたカチュアが、馬上から魔法を放つ。


 ファイアーボールが集まろうとしていた盗賊たちを散らし、再び混乱の渦中に戻した。


「さっすが……! それでこそ姐御だぜ!」


 カチュアの活躍に、フレイが目を輝かせた。


「ていうか、カチュア、姐御って呼ばれてるの!?」


「以前、テントが崩れた時から、どうも慕われているみたいで……」


 あのときはライゼルのウソにカチュアも付き合わせたが、どうやらそのせいでカチュアまで獣人たちを庇ったと思われているらしい。


 偶然の産物とはいえ、なんとも妙な気分だ。


 と、気がつけば、獣人たちが盗賊のカシラに斬りかかっていた。


「しゃあゴラァ!」


「チェスト!」


 胸と背中を大きく斬り裂かれ、カシラがその場に膝をつく。


「ぐっ……この俺が、蛮族どもに……敗れるとは……」


 致死量の血が流れる中、獣人がカシラの首を獲ると、高らかに勝鬨をあげた。


「うおおおおおお!!!!!!!」


「勝ったぞぉぉぉ!!!!」


 高らかに掲げられたカシラの首を見せられ、残る盗賊たちも戦意を失い、武器を捨て始めた。


 こちらに降伏しようというのだろう。


「へへへっ、それじゃあコイツらの首も……」


「待て」


 舌なめずりして追加の首を刈ろうとする獣人を制止する。


「なっ……大将!?」


「なんで止めるんですかい! 俺の“エクスカリバー”が血を吸いたいって疼いているのに……」


 ……どんな妖刀だ。お前のエクスカリバーは。


「敵の頭は討ち取った。これ以上の犠牲は無意味だろう」


「そんな……! 大将はこんな奴らを生かすって言うんですかい!?」


「そうですよ! こんなやつら、生かしておく価値ないですって! とっととブチ殺して“エクスカリバー”の錆びにしてやりましょう!」


 ……お前はエクスカリバーをどうする気だ。


「こんな奴らだからこそ、だ」


 ここで彼らを殺してしまえば、多くの人命という資源が失われる。


 しかし、彼らを生かし、奴隷として売り払えば、利益として手元に残り、ライゼルの懐を温めてくれる。


 方や得るものがない結末。方や勝利の末、人命という資源を獲得できる結末。


 どちらをとるか、考えるまでもない。


「このまま殺してしまっては、悔いる機会を与えることなく生を終えてしまう。……一度限りの人生なんだ。たった一度の失敗で全部終わるなんて、あんまりだろ」


 その場を這いつくばる盗賊に膝をつき、ライゼルは手を差し伸べた。


「……だったら、また奴隷イチからやり直す機会があってもいいんじゃないか?」


「あんた……」


「こんな俺たちに、やり直しのチャンスを与えてくれるってのか……?」


 敗北の失意に覆われた盗賊たちの目に、希望の火が灯っていく。


「……大将がそう言うなら、俺たちは黙って従いまさぁ。コイツらの命、大将に預けます!」


 一連のやりとりを見て思うところがあったのか、獣人たちが武器を収めていく。


 獣人たちの敵意がなくなるのを見て、盗賊たちの表情が明るくなった。


「あ……ありがとうございますっ! 俺たち、これからは心を入れ替えてライゼル様にお仕えします!」


「は?」


 仕える? 何の話だ?


「へへっ、大将が決めたんなら、何も言うことはねぇや」


「これからは一緒に大将を盛り立てていこうや、兄弟!」


 先ほどまで殺し合ってたとは思えない清々しさで手を取り合う獣人と盗賊たち。


 互いに戦意がなくなったのはいいことだが、ここまで打ち解けろとは言っていない。


 だが――


(そんなことを言われたら、奴隷として売りにくくなるだろうが!)


 とはいえ、今さら「奴隷として売ります!」とは言いにくいのも事実。


 それならば、労働力が増えると思って臣下に迎えた方が、まだマシかもしれない。


「…………みんな、これからよろしく頼むぞ」


「へえ!」


「あっしらの命、ライゼル様に預けます!」


 盗賊たちが……元盗賊たちが神にすがるようにライゼルの前に平伏する。


 結果的に労働力が手に入ったが、これでいいのか。


 そう思わずにはいられないライゼルなのであった。

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