第5話 偉大な男の矮小な嘘
幼少期、フレイは家族と引きはがされる形で、無理やり奴隷にされた。
獣人の頑強な身体を見込まれ、ある時は鉱山へ。またある時は奴隷兵として戦場を駆けた。
そんな中、戦いで負け捕虜となったフレイは、再び奴隷としてバルタザール領へ連れてこられるに至った。
ここでも過酷な労働を強いられるのだろう。
獣人というだけで差別されながら、家畜同然の扱いを受けるのだろう。
少なくとも、フレイはそう覚悟していた。
しかし、蓋を開けてみたらどうだ。
領民を苦しめる悪徳領主とされていたライゼルという男は、実は人間と獣人が手を取る世界を望んでおり、奴隷を解放するために購入していたというではないか。
(バカな……)
あるはずがない、そんなことが。
人間は全員自分たち獣人のことを見下しており、とりわけ貴族は獣人のことを家畜程度にしか思っていない。
少なくとも、自分が見てきた人間はそういうヤツばかりだったし、これからもそういうだと思っていた。……そうでなくてはならないのだ。
そうでなければ、自分は何のために人間を憎んで生きてきたのかわからないではないか。
眉間にしわを寄せてライゼルを睨むフレイに、獣人の一人が声をかけた。
「フレイさん、あのライゼルってやつ、実はいいヤツなのかもしれないっすね」
「……ふん、奴隷から解放するとか何とかうまいこと言って、結局はオレたちをコキ使うつもりなのさ。……今に見てろ。ヤツの化けの皮が剥がれる様を」
そう、結局はあいつも他の貴族と変わらないのだから。
◇
必要な資材を纏めると、ライゼルは開拓隊を率い移動を始めた。
馬に跨るライゼルの隣では、同じく馬に跨ったオーフェンが尋ねた。
「……良かったのですか? ライゼル様まで同行されて……」
「心配するな。領地の統治は文官たちに丸投げ……任せてきたし、一週間もあれば向こうに着く」
「それはそうですが……」
ライゼルの言葉にオーフェンが難色を示す。
オーフェンの言いたいことも理解できる。
開拓地は配下の者に任せ、当主たるライゼルは館を構える町、グランバルトで領地全体の統括をしていた方がいいと言いたいのだろう。
しかし、これにはちゃんと理由がある。
ライゼルが直接監督することで人件費を浮かせられ、さらに市街地から離れた場所でなら先祖伝来の魔道具の試運転も容易いと考えたのだ。
「それにしても、よくこれほどの物資を用意できましたなぁ……」
ライゼルたちの後方を走る荷馬車には、拠点を作るのに必要な資材に、旅に必要な飲料水。100人が3ヵ月は食べていけるだけの食糧が用意されていた。
これほどの物資を揃えるとなれば、今のバルタザールの財政を圧迫することは間違いない。
「ポンドンから開拓に必要な資金を借りた」
「……よく貸してくださいましたね。利率の大幅な減額を呑んでくれたばかりか、新たな融資まで……」
「アイツとは友人になったんだ。……これからは家族ぐるみで付き合っていくぞ」
ライゼルの言葉に、カチュアとオーフェンが訝しんだ。
(……友人になった?)
(そのわりに、ポンドン様は泣きそうな顔で融資してましたが……)
ともあれ、金を貸してくれるならそれに越したことはない。
それ以上深くは考えず、一同は目的地となる土地を目指すのだった。
◇
開拓予定地に到着すると、まずは簡易拠点を作ることにした。
持ってきた荷物から大型のテントを引っ張り出すと、ライゼルは獣人たちに指示を出した。
「ハンクスとトールは支柱を組んでくれ」
「俺たちの名前……」
「いつのまに……」
「奴隷商人から引き渡しされる時、軽く自己紹介させただろ」
「でも、俺ら100人もいるのに……」
「言っただろ。人間と獣人が手を取り合って暮らすって。……名前くらい覚えてないと話にならないだろ」
「ライゼル様……!」
「俺たちのこと、そこまで……!」
目を輝かせるハンクスとトール。
当然である。ここに来るまでに、連中の名前は死ぬ気で覚えたのだ。
こうして一人一人きちんと目をかけてるアピールしておけば、ポイントを稼げると判断したまでのことだ。
(楽じゃなかったが、覚えた甲斐はあったな……)
少し報われた気持ちで、ライゼルはテントの設営に従事するのだった。
◇
ライゼルと共に仮設テントを立てる獣人たちを尻目に、フレイは取り巻きと共に冷めた目で眺めていた。
「……ったく、なんでオレたちが貴族サマのテントを立ててやらにゃならないんだ」
「しっ……声が大きいぞ」
「フン、奴隷から解放するとか何とか言いながら、結局はオレたちをテイよくコキ使う気マンマンじゃねぇか」
そうだ。あれだけ都合のいい言葉を並べておきながら、ライゼルとて他の貴族と大差ないのだ。
とはいえ、目の前で楽しそうにテントを立てる様子を見せつけられれば、いい気はしない。
「気に入らねぇ……」
「……見ろよ。一つだけデカいテントがあるぜ」
「ああ。どうせライゼルがあそこを使うんだろ」
テントに歩み寄ると、取り巻きの一人が何かに気が付いた。
「……なぁ、ここの結び目を緩くすりゃ、勝手に崩れるんじゃないか?」
「ちげぇねぇ。フフ、いい気味だぜ」
完成したテントに細工を施している中、ライゼルの声が聞こえてきた。
「みんな、ご苦労だった。それじゃあ、こっちの大きいテントはお前たちで使ってくれ。俺は小さい方のテントを使うから」
大きい方のテントを譲ってもらい、獣人たちから歓声が挙がる。
そんな中、フレイら一派の顔が引きつった。
「!?」
「あ、あの、貴族様は大きい方のテントは使われないので?」
「こっちは人数が少ないからな。小さい方で足りる」
「ですが……」
口ごもるフレイたちを見て、ライゼルが笑みを浮かべた。
「……さては俺と同じテントで寝たかったのか? フフフ、心配しなくても、夜には遊びに行く。……このとおり、酒も用意したことだしな」
ライゼルが酒をチラつかせると、獣人たちの目が輝きだす。
それを見て、取り巻きの一人がフレイに耳打ちした。
「……なあ、マズいんじゃないか? 俺たち、手抜きした方のテントって……」
「しっ……貴族サマにゃバレたみてぇだが、すぐにしょっぴくつもりはないらしい。……頃合いを見て立て直すぞ」
そうして、獣人たちが灌漑整備のためにオーフェンによって駆り出されるのだった。
◇
彼らを見送ると、キャンプ地に残ったライゼルとカチュアは持ってきた物資の中から指輪型の魔道具を手に取った。
「あの、何をなさるおつもりですか?」
「こいつは当家の家宝で、とんでもない魔道具らしい。せっかくなんで、試してみようかと思ってな」
指輪を嵌め、魔力を込める。
「はぁっ!」
込められた魔力が衝撃波へと変わり、破裂音と共に空気を揺らした。
「おお……これが魔道具の力か……」
これを使えば、手を触れずとも遠くの敵を倒すことができるというわけだ。
感心するライゼルとは対照的に、カチュアの目は冷ややかであった。
「……………………」
「なんだ、その目は」
「……普通に魔法を撃てばいいのでは?」
「いや……いやいやいや。我が家の家宝だぞ? 威力、燃費、使い勝手、すべてにおいて魔法を上回ってるに決まってる」
「そもそも、ぼっちゃまは魔法が苦手ではないですか。わかるのですか? ぼっちゃまに違いが」
「それは……」
以前、家庭教師に魔法を教わっていたことがあったが、思うように上達せず途中で辞めてしまった記憶がある。
そんなライゼルの言葉では、説得力に欠けるのも事実であった。
「う、ウソだと思うなら試してみろ」
無理やりカチュアの手に指輪を嵌める。
「さあ、撃ってみろ」
「まったく……どうなっても知りませんからね」
指輪に魔力を込め、カチュアが手を前にかざした。
魔力の塊が巨大な衝撃波に変わり――
――爆音とと共にテントを吹き飛ばした。
「……………………」
「……………………」
一部が崩壊し、あるいは吹き飛ばされたテントを見て、ライゼルとカチュアが茫然とする中、音を聞きつけてきたらしいオーフェンたちが駆け寄ってきた。
「これは……。いったい何が……」
「お、おおお、オーフェンか」
「ライゼル様、いったい何があったのですか!」
魔導具の試運転をしていたら加減を間違えてテントを壊してしまった、などと正直に話すわけにもいかない。
こうなったら、何かいい言い訳を……
「こ、これは……そう、竜巻だ!」
「…………竜巻?」
「そう! 皆が開拓に向かってすぐに竜巻が発生したんだ! 俺とカチュアはどうにかテントを守ろうとしたんだが、いやはや自然の脅威を甘く見ていた。このとおり、テントが吹き飛ばされてしまった」
「ですが……」
あくまで疑っているのか、オーフェンが訝しむ。
その場にはテントを組み立てた際の足跡が残されており、竜巻が来ていないことは明白であった。
「……………………」
「な、なんだその目は。俺が嘘をついていると言いたいのか?」
視線を泳がせいかにも様子のおかしなライゼル一通りを眺め、オーフェンはカチュアに視線を移す。
何があったのか正直に言え。
そんな雰囲気を纏わせながら、オーフェンはカチュアに詰め寄った。
「……カチュア」
「わかってるよな、カチュア」
ライゼルとオーフェンに挟まれ、カチュアが冷や汗を流す。
「わ、私は、その……」
「本当に竜巻が起きたのですか?」
「正直に言っていいんだぞ、カチュア。さぁ、思ったことを、素直に、正直に……」
二人に詰め寄られていたカチュアだったが、やがて明後日の方向に目を泳がせた。
「た……た、竜巻が……テントを……」
「カチュア……!」
そう、カチュアもまたライゼルと共犯。ライゼルが保身を選んだ以上、カチュアもまたそれに乗っかるのが最適解なのだ。
心の中で密約を結ぶ二人を前に、オーフェンは一人嘆息していた。
(まったく……ライゼル様もカチュアも何を隠しているんだ。この程度のことで怒りはしないというのに……)
◇
頑なに誤魔化そうとするライゼルを見て、フレイは困惑を隠せずにいた。
「なんで貴族サマは本当のことを言わないんだ……? オレたちが細工したことなんて、とっくに気づいているハズなのに……」
フレイの言葉に、取り巻きたちがある可能性に思い至った。
「まさか……」
「庇っているのか? 俺たちのことを……」
「オレたちを庇って何の得がある! なんだって、そんなことを……」
「わかんねぇ……わかんねぇけど……」
皆の脳裏に、先日のライゼルの言葉が蘇る。
『人間と獣人は何も変わらない。俺たちは互いに歩み寄れば、手を取り合って暮らせるんじゃないかってな……』
その時は、適当なことを言っているのだと思った。
獣人たちをテイよくコキ使うため、耳障りのいいことを言っているものだと思っていた。
だが――
「あの貴族サマの言ってたこと、本気なんじゃねぇかな。……俺たちと仲良くなりたいって……」
「バカな! そんなことのために、オレたちを庇うなんて……」
「でもよぉ……そうでなきゃ、あんな必死になってバレバレな嘘をつくわけないだろ」
「……………………」
◇
オーフェンに詰め寄られるライゼル。それを遮るようにフレイが前に出た。
「オーフェン様、違うんです。全部、オレたちが悪いんです」
「……どういうことだ?」
フレイにターゲットを変えたオーフェンが、鋭い目でフレイを射抜く。
「違う! 本当に竜巻が――」
「続けろ」
「本当は、オレたちがテントの紐を緩めて、崩れやすくしたんです。貴族サマは……ライゼル様はそれを庇ってくれたんです」
オーフェンの……他の獣人たちの視線がライゼルに集まる。
「……そうなのですか?」
知らん。というか、なんだ、その話は。
奴らの自白に素直に乗っかりたいが、いま罪を着せてはせっかく上げたライゼル株が下がってしまう。
意図せず恩を売れたこの状況、利用しない手はない。
何より、最初にウソをついた以上、これを覆しては今後自分の発言が軽くなりかねない。
それならば、すべてをわかった上で獣人を庇った者のフリをするのが得策だろう。
オーフェンや獣人たちの視線が集まる中、天を仰ぎ大きく息をつく。
盛大な溜めを作った後、ライゼルは大げさに首を傾げて見せた。
「さあな。何のことだか……」
「やっぱり……」
「彼らを庇っていた、というわけですね。全部わかった上で……」
「さて、な……。俺はただ、竜巻がテントを壊すところしか見てないからな……」
あくまでもしらを切る(フリをする)ライゼルの姿に、獣人たち――フレイの心が揺さぶられた。
「ライゼル様……あくまで竜巻のせいにして、オレたちに罪が及ばないようにするつもりかよ……」
自分たちのチンケな嫌がらせも、行き場をなくした憎しみも。
すべてわかった上で呑み込み、受けて入れている。
……これがライゼルという男の度量なのか。
「
「これが貴族サマの……ライゼル様の器……」
「貴族なんてクソみてぇなヤツしかいねぇと思ったが……いるんだな。あんな漢が……」
己のウソがバレた上で、それでもウソを貫くライゼルの姿に、フレイたちは感動を抑えられずにいた。
……この人なら、信じられる。
言葉に出さなくとも獣人たちは皆同じ思いでライゼルを慕うのだった。
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