第3話 極めて論理的かつスマートな脅迫

 バルタザール家の財政再建にあたって、一番のネックは高すぎる利息だった。


 どうすれば借金を返せるのか。……それ以前に、どうすれば利息を払えるのか。


 今後の方策が話し合われる中、ライゼルがぽつりと呟いた。


「……まずは商人を呼びつけよう。そしてどうにか利息を減らしてもらおう」


「お待ちください。そのような要求、通るとは思えません」


「……そもそも、利息が120%ってことは、すでに元本は払い終えてるんだろ? じゃあ金利を下げたとしても連中は損しないだろ」


「しかし、商人は欲の皮が突っ張った生き物……。はたして交渉に応じるかどうか……」


 商人との交渉に向け準備を進めるライゼルとは裏腹に、オーフェンは不穏な言葉を独り言ちるのだった。



 ◇



 それから数日後。バルタザール家に金銭を貸してる商人の一人、ロンダ―商会のポンドムを呼びつけた。


 でっぷりと太った身体が椅子に沈むと、ギシリと椅子が悲鳴を上げる。


 簡単な挨拶を済ませると、ライゼルは礼を述べた。


「長年に渡り当家に資金を融通してくれたこと、感謝している」


「いえいえそんな……。こちらとしても利があってやっているだけのこと……。お礼を言われるようなことは何もしておりません」


「それでも、だ。貴殿がいなければ、当家はとっくに破綻していた。今の当家があるのも、貴殿の助力あってこそだ」


「そんな、滅相もない……」


 謙遜しながらも、ポンドンはどこか得意気だ。


 感触は悪くない。このまま本題に入るとしよう。


「ポンドン殿とはこれからも良い付き合いがしたい。……が、それにはどうも利息が高すぎる」


 利息の話をした途端、ポンドンの顔つきが変わった。


 なるほど、それが本題か。とでも言いたげな目でこちらを見ている。


 冷ややかな視線の中、ライゼルが続ける。


「借金を踏み倒そうなどとは思っていない。……いや、むしろキチンと返そうと思っているからこそ、こうして素直に打ち明けている」


「そう仰られましても……こちらも商いで身を立てておりますゆえ、素直に頷くことはできませんなあ」


「しかし、年利120%は取りすぎだ。もうとっくに元本は返したはずだろう」


「……はて、どうにも誤解されているようですが、利息はあくまで利息。元本を返すのであれば、利息と合わせて元本も支払っていただかないと……」


「記録を確認したが、当家は既に相当な額の利息を払っている。……それこそ、そっちは元本の何十倍も回収しているはずだ。ここで利息を下げたところで損はしないだろう」


「……お言葉を返すようですが、それはそちらの言い分でしょう。こちらが損をする提案をなぜ飲めるのです?」


 それを言われると弱い。


 俺の提案はあくまで相手の善意に依存した提案だ。


 万が一、もしかしたらと思って提案したが、甘かったか……


「別に構わないのですよ。こちらとしても、バルタザール様のところから手を引いても。……しかし、それで困るのはバルタザール様の方でしょう」


「……どういうことだ?」


「信用もない、金もない、力もない。おまけに領主は親子二代で、放蕩三昧で領地のことなど省みもしない……そんな家に、いったい誰が金を貸すというのですか」


「くっ……」


 事実なだけに言い返せない。


「世間知らずなお坊ちゃんに一ついいことを教えてあげましょう」


 ポンドンがずいっと前のめりになる。


「世の中には逆らってはいけない人間がいるのです。自分より強い者。金を持っている者。……それが自分の命運を握っている相手なら特にね……」



 ◇



 ポンドンが商会に帰ると、俺たちは作戦会議をしていた。


 利息の引き下げ交渉が失敗した以上、別の策を考えなくてはいけない。


 何か金策を考えるか。あるいはどこかから資金を調達するか……。


「どうしたもんかなぁ……」


 途方に暮れていると、カチュアがおずおずと手を挙げた。


「あ、あの、それでしたら、親戚やご友人に借りてみてはいかがでしょう。親戚や友人ともなれば、法外な金利を課されることもないでしょうし……」


 貴族間で金の貸し借りをするのは珍しいことではない。


 ただ、問題は既に借りてしまっているということだ。


 叔父にあたるバラギットはもちろん、西のサイモン、南のナントからも借りている。この状況で、これ以上貸してくれるとも思えない。


 第一、俺には金を貸してくれるような友達もいない――


「――そうだ」


 友達がいないなら、新しく作ればいいのだ。


 それこそ、当家に金を貸してる商人と友達になれば、法外な利息もお友達価格で融通してくれるかもしれない。


 まして家族ぐるみの付き合いになれば、向こうもイヤとは言えないはずだ。


「オーフェン、ポンドンの家族ってどこに住んでいるんだ?」



 ◇



 再びライゼルに呼び出され、ポンドンは辟易していた。


 商人の自分を呼びつけるということは、十中八九金絡みの話だろう。


 一度は利息の引き下げを断ったのものの、今度はこちらに頷かせるようなカードを揃えて交渉に臨もうというのか。


 あるいは他に用事があるのか……。


 ……いずれにせよ、こちらの得にならないのであれば、頷くつもりはないのだが。


「利息を減らしてほしいな。できれば年利5%くらいにしてほしい」


 挨拶もそこそこに直球で本題を切り出され、ポンドンは頭を抱えた。


 なんだ、この捻りのない交渉は。こんなことでこちらが頷くと思っているのか。


「……ですから、こちらも商いで生計を立てているのです。何の利のない話に、素直に頷けるはずがないでしょう」


「そうか……」


 断られたというのに気落ちした様子もなく、ライゼルが続ける。


「そうそう、話は変わるが、先日ポンドン殿の妻子に会ったぞ」


 ライゼルは懐に手を伸ばすと、妻から預かったらしい手紙を渡してきた。


「は、はぁ……」


 なぜこのタイミングで家族の話をした?


 いったい何を考えているのだ、ライゼルは……。


「器量もいいし、気立てもいい。素敵な女性を娶れたポンドン殿は、この国一の幸せ者だ」


 まさか、脅しているのか!? 利息を引き下げなければ、家族に危害を加えると……。


 そこまで考えて頭を振る。


 いや待て。まだそうと決まったわけではない。


 ただ本当に自分の家族に会ってきただけの可能性もある。


 下手に決めつけるのは早計だろう。


「しかし、今回はいろいろと学ばせてもらったよ。『世の中には逆らってはいけない人間がいる。それが自分の命運を握っている相手なら特に……』か……至言だな」


 ――間違いない。コイツ、私を脅している。


「私のことはどうなってもいい。だから、家族にだけは手を出さないでくれ!」



 ◇



 ポンドンの言葉が理解できず、ライゼルは首を傾げた。


(手を出す? 何の話だ?)


 話の流れから言って、ライゼルがポンドンの妻に手を出すと……寝取ると勘違いしたのか?


 たしかにライゼルの容姿は整っている。日本ではイケメンと言われる容姿をしており、街を歩けばたちまち注目の的になる。


 そんなライゼルが自分の妻と会ったなどと聞けば、寝取ろうとしているのだと疑われるのも無理はない。


(まったく、ポンドンは心配性だなぁ)


 とはいえ、こちらから手を出すなどありえない。そうなると、ポンドンと彼の妻の関係次第なわけで──


「ポンドン殿の出方次第だな」



 ◇



「くっ……」


 ポンドンの懇願も虚しく、脅しをかけるライゼル。


 利益と家族。どちらが大事か、比べるべくもない。


「……わかった。ライゼル殿の要望通り、利息を下げよう。だから……」


 ライゼルに突き付けられた要求を呑むポンドン。


 ……これで良かったのだ。


 バルタザール領での利益は減るが、家族には代えられない。


 家族の安全が保てるなら、これくらい安いものだ。


 そうだ。自分にはまだバルタザールで搾り取った金がたんまりと残されているのだから――


「ありがとう。これからも末永くよろしく頼むよ。……よい友人として」


 ライゼルに差し出された手を見て、ポンドンが固まった。


 コイツ……骨の髄までしゃぶるつもりか……。利息の改変に飽き足らず、この先一生いいように使おうというのか。


 ……自分はとんでもないやつに喧嘩を売ってしまったのかもしれない。


 そう心の中で後悔するポンドンなのだった



 ◇



 ライゼルの交渉を見て、傍に控えていたオーフェンは密かに驚嘆していた。


(あのポンドンを相手に、一瞬で利息を下げてしまわれた……)


 これまでのライゼルは怠惰で領民のことも鑑みない、まさしく傍若無人なふるまいをしていた。


 周囲の目を欺くためとはいえ、なんの成果も挙げていない。


 そのため、オーフェンにとってライゼルの実力は未知数だった。


 それが、今はどうだ。


 巧みな交渉術でたちまち商人を丸め込み、瞬く間に利息を下げてしまった。


 能ある鷹は爪を隠すと言うが、これがライゼルの本当の実力だというのか……。


 ライゼル・アシュテント・バルタザール。


 彼ならば、破綻寸前のバルタザールを再建してくれるかもしれない。


 そんな期待と共に、オーフェンはライゼルの評価を改めるのだった。

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