第116話 幕間 椎平の覚悟
ランク8になった時の夜一のステータスカードを見せられた時、私は焦った。
錬金剣士の補正値は聞いていた。
だからランクが上がれば異次元のステータスになるのも理解していたのだが、まさかこの短い期間でランクを8まで上げるとは思っていなかったのだ。
(いったいこの短期間でどれだけボス周回をこなしたのよ)
しかもランクアップポーションなども温存してなおこの速度。
この調子だと夜一は止まることなく上へと、探索者の頂点であるA級まで駆け上がることだろう。
それはつまり私もすぐに追い抜かれて、置いていかれることを意味していた。
(それを私はただ見ているだけ?)
同じパーティメンバーだった優里亜は哲太と添い遂げる選択をして探索者の第一線から退いた。
家庭を作ってそこで平穏で幸福な生活をしていく。
そういう道を選んだ。
きっとそれが普通で常識的な考え方なのだろう。
私もそれを否定するつもりはない。
でもそれは私の道とは違う。
(夜一の隣は絶対に誰にも譲らない……!)
私が好きになった夜一はダンジョン狂いな上に好き勝手やって、周りを巻き込んで多くの厄介事を巻き起こす。
そんな破天荒で型破りな、常識外れの男なのだ。
そしてそんな人物に付いていくと決めた時から、私は普通の幸せなんて望めないだろうと覚悟を決めている。
でもだからこそ、このまま置いていかれてお荷物になるのだけは絶対に認められなかった。
かつて私は夜一に助けられた。
だからこそ今度は私が夜一を助ける番にならなければならない。
でなければ私は胸を張って夜一の隣を歩けなくなる。
他の誰が何を言おうと、きっと夜一本人もそんなこと気にもしていないだろうけど、私自身がそれを譲れないのだ。
だったらやることは唯一つ。
私も同じように上へと駆け上がる、それしかない。
たとえどんなにそれが無謀な行いであろうとも。
そのことを朱里などに告げた時は本気で止められた。
「お前はバカか! そんなことより他にもっとアピールするべきところがあるだろうが!」
そうやって朱里に止められたけどそれでも私は決意を変えなかった。
その後はただ只管に昇級の為の功績を積み続けた。
これまで断ってきた名を売るということも行なってまで。
それが出来たのも優里亜や哲太が社コーポレーションで回復薬作成に協力した際に報酬として受け取っていた回復薬の現物を私に流してくれたおかげだ。
それがあるおかげで、私はスタミナ切れも魔力切れも気にすることなくただ目的へと駆け抜けられたのだから。
その結果が今この手の中にある。
B級探索者という今の日本で僅か五人しかいない高みへと私は辿り着いたのだ。
そのことを心底驚いている夜一の顔を見て、私は背筋にゾクリとするような快感が走るのを止められない。
あの夜一が私のことを見ている。
しかも滅多に見られないこんな唖然としたような顔をして。
(ああ、最高の気分ね)
私は夜一に守ってもらいたいのではない。
むしろその逆だ。
そしてなにより夜一に私のことを見てもらいたい。
それも守るべき対象としてではなく、仲間や対等な相手として。
その為ならどんな努力も惜しまないし苦労も厭わない。
「私はこのままA級を目指すつもりよ。このままだと私の方が先に探索者の頂に辿り着きそうじゃない?」
煽るようにそう告げた言葉に夜一は反応を示した。
「……お前、最高だよ」
表に出ている左目には隠そうともしない熱が込められている。
打倒すべき相手を見つけた時の、その底知れぬ執念を燃やす時の私が大好きな顔だ。
きっと隠された虹色の右目にもその執念の炎が宿っているのだろう。
それはつまり夜一が私を、私だけを見てくれていることに他ならない。
それだけで私はこれまでの苦労が報われたと思える。だけどそれと同時にまだ足りないのだ。
(もっと、もっと私を見てほしい)
これが普通ではない異常で歪んだ執着だと言われても構わない。
だってそれでも私はこんなにも幸せだと思えるのだから。
「待ってろ。すぐに追いついてやるからな」
きっとその言葉通り、本気になった夜一はこれまで以上の速度で上へと駆け上がっていくだろう。それに付いていくのは至難の業となるに違いない。
でもそれを諦めるつもりは毛頭なかった。
「残念だけど私は待つ気なんて更々ないから、どっちが先にA級になれるか勝負になるかしら?」
「いいな、それ。なんなら負けた方が勝った方の言うことを聞くってのはどうだ? 何もないよりその方が張り合いが出るってもんだろう?」
今の私達はB級とF級でその差は歴然としている。
普通ならどう考えても私が有利過ぎだし、勝つのも私だろう。
だけど夜一の顔は雄弁に語っていた。
負ける気はないと。絶対に勝ってみせると。
「いいわよ。ハンデは必要?」
「いらねえよ。くそ、見てろよ。絶対にすぐに追い抜いてやるからな」
そう不満そうに呟きながらもどこか楽しそうに笑う夜一を見て私は心が満たされる。
昇級のために全てを費やしてずっと夜一と会えない辛い日々が続いたけど、ここまで死ぬ気で頑張ってきて良かったと。
そしてまた頑張ろうと。
きっと遠くない未来で私は夜一に追い抜かれる。
ランクもスキルも上になればなるほど要求される経験値が多くなることを考えれば、未だに低ランクでありながらもB級探索者相手に善戦したという夜一が高ランクになったらどうなるかなど考えるまでもないのだから。
(でも、その時までは私は夜一に見ていてもらえる)
今はそれでいい。
それだけで十分に幸せだと私は心の底から思えたから。
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