第11話
俺は早速、声がした方向に【地図】スキルと深淵の耳当てを併用する。これで大体のことがわかるから対処しやすい。
……ん、例のやつらじゃないな。もっと幼くて、小学生の高学年っぽい男の子たちだ。みんなやんちゃそうな感じで木の枝を持ってるが、まさかホームレスの俺をボコりにきた……?
「ここに黒猫おるやろ!」
「人間みたいにベンチに座っとる」
「クソ猫の分際で生意気だし、いじめてやろうぜ!」
「害獣退治!」
「…………」
なるほど、黒猫のクロをいじめにきたのか。クロはこの公園でホームレス仲間の爺さんが可愛がってる猫で、よくベンチの上で日向ぼっこをしているんだ。俺も何度か隣に座って頭を撫でたことがある。あんな大人しい猫をいじめようなんて許せんな。
とはいえ、小学生の子供たちを痛めつけるわけにもいかないし、どうしようか……。しかもクロはちょうどベンチの上で体を丸めて眠っているところだった。安全なところへ避難させようかと思ったが、そこで良いアイディアが浮かんできた。
クロの見た目を変えて、相手を脅かすスキルとかないかな?
『【変化】スキルを獲得できますが、枠は一つしかありません。それでも獲得しますか?』
もちろん即断で獲得する。枠が一つしかないのはわかってるし、次からこの確認メッセージはもう表示しないでほしいと思うと、『了解しました』というメッセージが流れた。やたらと物分かりが良いから嫁にしたいと思ったら無言だった。そりゃそうかってことで【鑑定】スキルで効果を調べる。
【変化】:使用してから一定時間、その本質を変えることなく、対象の見た目を丸ごと、または微妙に変化させることができる。ただし、その姿になれるのは一日のうちに一度だけであり、あくまでも元の姿の延長線上にあるようなものでなければ何も起きない。
元の姿の延長線上……ってことは、元の姿をまったく想像できないくらい変化させすぎたらダメだってことだな。
ってことで、黒猫のクロをクロヒョウに変えてみることに。お、凄い。本当に猛獣がベンチに横たわっているかのようだ。しかもそのタイミングで子供たちが駆けつけてきたので俺は木陰に隠れて様子を見ることに。
「いたぞ!」
「やっちまえ!」
「やい、クソ猫、僕たちがお前を成敗してやる!」
『グルルル……』
『えっ……⁉』
クロの変貌した姿を目の当たりにした途端、凍り付いたかのように動かなくなる子供たち。
『に、に……逃げろおおおおぉっ!』
みんな見る見る顔面蒼白になり、蜘蛛の子を散らすようにして逃げていった。いい気味だ。これに懲りて猫をいじめようなんて思わないことだな。
「……それにしても凄い迫力だな、クロ」
『ミャアァー?』
「うあ……」
きょとんとした顔のクロの頭を撫でてやると、ヒョウの姿のままで欠伸したもんだから、鋭い牙が剝き出しで物凄い迫力だった。こりゃ、やんちゃな子供たちもひとたまりもないはずだ。とはいえ、しばらく経ったら元のプリティーな姿に戻ったので安堵する。効果時間もそこそこ長いようだし便利なスキルだ。
お、また遠くから声が聞こえてきた。まさか、あの子供たちが戻ってきた? 様子を見てみるか。
「あの汚いホームレス、まだおるかな?」
「おるに決まってんだろ、なんせ家無しのゴミなんだし」
「今日もゴミ掃除してやらねえとな」
「へへっ、今日も派手に暴れてやんぜ!」
『おー!』
「…………」
この前、俺をボコったあいつらだ。そのうちの一人はバットまで担いでて物騒すぎる。俺を寄ってたかって暴行したのが快感で、味をしめてエスカレートしてきたってところか。底辺のおっさんならバットで殴り殺しても構わないってか? こりゃいくらなんでも許せんよなあ。
俺はクロを茂みの中に避難させると、指の関節をポキポキと鳴らしつつ連中を待った。お、遂においでなすった。さあ、いつでも来るがいい。今度ばかりはやられたらしっかりやり返してやる。
『…………』
「…………」
なんだ? 連中がすぐ近くまでやってきたっていうのに、どうにも様子がおかしい。こっちが睨みつけてるにもかかわらず、中々目線を合わせてこないのだ。それどころか怯えたように目を逸らし、何かを探すようにキョロキョロしている。
一体なんでだ? 自分がここにいるの、ちゃんと見えてるよな。俺は不審に思い、手鏡を見てはっとする。
そうだ……。自分は今、エデンの首輪でイケメンになってるしスーツ姿だし、しかもステータスが高くて筋肉隆々だから完全に別人じゃないか。これじゃ俺に対して襲い掛かってこられるはずもない。
そういうわけで、俺は例の【変化】スキルを使い、元のホームレスの姿に見せかけることに。手鏡で確認してみたところ、そこにはいつもの見慣れた見すぼらしいおっさんが映ってて少し懐かしくなった。
「――あ、そこにいたぞ!」
お、早速やつらがニタッと嫌らしい笑みを浮かべて近づいてきた。本当にわかりやすいな。
「おいコラ、底辺のおっさん!」
「お前、捜したぞ。どこに隠れてやがった⁉」
「今日という今日は、いくら謝っても許してやんねえからなあ、コラッ!」
「覚悟はできとるんか⁉」
「フッ……」
『何笑ってんだコラアアアァッ!』
俺が余裕の笑みを浮かべてみせると、不良少年たちは挑発されたように感じたのか、一斉に怒声を発しながら襲い掛かってきた。
「死ねオラアッ!」
「くたばれっ、社会のゴミがよっ!」
「お前みたいなゴミは生きてちゃいけねえんだよ! 死滅しろ!」
「俺の必殺技を食らいやがれっ! うらあああぁぁっ!」
「…………」
なんとも奇妙だ。俺は現在進行形でうずくまり、殴る蹴るの暴行を受けているはずなんだが、全然痛くなかったんだ。戦神の籠手と、高いステータスの影響だろう。正直いうと、少し食らってから罰を与えてやろうと思っていたが、蟻に噛まれる程度なのでやり返そうという気がまったく起きないくらいだ。
「こいつ、悲鳴すら上げんぞ⁉」
「舐めとるんか!」
「バット持ってきてよかったぜ!」
「死ね、雑魚モンスター!」
「…………」
やつらも大して効いてないと判断したのか、とうとうエスカレートしてバットで殴ってくるが、それでもプラスチック製じゃないかと思えるほどほとんど効かない。とはいえ、このままじゃ化け物扱いされてしまう。
そうだ。あの手がある。俺は【変化】スキルを使い、自分が激しい暴行の末に口から血を大量に噴き出して死ぬような光景を見せてやる。
「ごはぁっ……!」
「ちょっ⁉ こいつ、血がいっぱい出とる!」
「も、もうやめとけって、やべーって!」
「うげっ、ガ、ガチで死んでる……?」
「……マ、マジかよ……お、おい、逃げるぞっ!」
不良少年たちはいずれもやってしまったという顔をして逃げ出していった。
ざまあみろ。やられたらやり返すにしても、こういう方法もあるんだ。それに、よく考えたらこのステータスで反撃しようものなら、それこそ殺しかねないしな。ん? また声が聞こえてきたぞ。今度は誰だ?
「――おじさん!」
「え……」
俺のファンだという【例の少女】が走ってきたかと思うと、なんのためらいもなく抱きついてきた。こ、こんな経験、産まれて初めてだ……。
「だ、大丈夫なんですか⁉ さっき、不良っぽい人たちが走っていくのが見えたので……」
「……あ、あぁ、ちょっと諍いがあっただけで大丈夫……」
「……よかった……大丈夫だったんですね……」
俺は緊張感がマックスになりそうな状態だったが、安寧の指輪のおかげで落ち着いて返答することができた。なるほど。彼女は逃げていった少年たちの様子を目撃して、不安になって駆けつけてきたってわけか。さすがに心配させすぎたようで申し訳ないが。
「わ、私……迷惑をかけたくないからって、今まで見て見ぬ振りをしてしまって……。あなたのファンなのに……本当にごめんなさい。でも、ずっと心配してたんですよ……」
「…………」
今にも泣きそうな表情で言われてグッとくる。とはいえ、このまま抱き合ってたら警察に通報されそうだってことで、肩をそっと抱く程度にしておいた。
というか、もうそろそろ【変化】の効果が切れそうだってことで、大丈夫と何度も彼女の耳元で連呼して落ち着かせてやったあと、俺はその場から足早に立ち去った。それから少し経ってパトカーのサイレンが聞こえてきたから、多分誰かに目撃されてたな……。
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