第15話 豚汁パワー

 ゴブリンキングは森の丘の上から、ロロンド村を見下ろしていた。

 

 部下のゴブリンたちに村を襲わせたが、地の利は圧倒的に防衛側にある。

 一度の襲撃で落としきれるとは端から考えていなかった。


 村の連中は恐らく、冒険者ギルドに増援を要請するだろう。

 その際、王である自分の存在が敵に露呈していれば、冒険者ギルドから送られてくるのは百戦錬磨の高ランク冒険者になる。

 そうなればこちらに勝ち目はない。


 だからこそ策を講じた。


 襲撃の際には自らの存在を秘し、単なるゴブリンだけの群れだと思わせることで、下級の討伐任務として増援を要請させた。

 それを確認してから、ようやく自身の存在を明らかにした。

 そうすれば不意を突くことが出来る。

 送り込まれてきた下級冒険者たちではこちらの猛攻を防ぎきれない。


 実際、戦況は完全に勝ちの目に向いていた。

 ロロンド村の予算では再度増援を呼ぶことはできない。仮に呼べたとしても、高ランクの冒険者はとても雇えないはずだ。

 内偵を送って敵の懐事情は調べ上げていた。

 実際、送り込まれてきた冒険者はCランクが一人だけだった。だとすれば、大勢に何ら影響を与えることはないだろう。


 ――我、スゴスギル……! テンサイスギン……?


 ゴブリンキングは口角を歪め、ほくそ笑む。

 ここまでは完璧に事が進んでいた。

 それ故に思わず自画自賛していた。


今回の襲撃で村を完全に落としきる。

 ロロンド村を落とし、勢力を拡大し、いずれはカルドリアにも打って出る。そして辺り一帯をゴブリンの王国に変えてみせる。


 最終的には――。

 世界征服をも成し遂げてみせる。

 この村は大いなる野望の足がかりだ。


「ぐぎゃぎゃ!(全軍突撃!)」


 ゴブリンキングは開戦の狼煙として威勢良く雄叫びを上げると、部下のゴブリンたちを率いて村への侵攻を開始した。


 

 侵攻を始めてまもなく、ゴブリンキングは違和感を覚えた。


 ――アレ!?

 ――オカシイ! イッタイ、何ガ起キテイル……!?


 衛兵や冒険者たちは心身ともに消耗しきっていたはずだ。もう後はちょっと押せば決壊するような状態だった。

 にもかかわらず――。

 まるで全回復したかのように元気になっている。


 それにだ。

 一人一人が別人のように強くなっていた。


「うおっしゃあっ! 絶好調だぜい!」


 赤い鎧を身に纏った黒髪長身の女剣士が、ゴブリンたちを次々に斬り伏せていく。まるで鬼神のような暴れっぷりだった。


「やっぱアスクさんの豚汁は最高だな!」


 なぜこんなにも息を吹き返した?

 ゴブリンキングは女剣士の後方を見やる。

 栗色の髪の小柄な女が、杖を用いて補助魔法を掛けているのが見えた。

 あの白魔法使いの女の仕業か?

 ならば奴を先に無力化する!


「ググアギャ!(後衛の魔法使いを先に叩け!)」


 指揮の下、ゴブリンたちは白魔法使いの元に集中攻撃を仕掛ける。


「ひゃあ!? こ、こっち来たぁぁっ!」


 魔法使いは近接戦闘では役に立たない。

 間合いに持ち込んだ時点で勝負あった。


 まずは一人だ。

 しかし――。


「えいっ!」


 小柄な魔法使いの女は杖を振り回すと、ゴブリンを迎撃した。


「グギャッ!?」


 杖の先端はゴブリンの顔面を一発で叩き潰した。

 遙か後方に弾き飛ばされたゴブリンは、ぴくぴくと全身をか細く痙攣させると、やがて力尽きたのか動かなくなった。


 ――ハ!?


 ゴブリンキングは唖然としていた。


 ――ナンヤネン、アノイリョク……!


 杖の一撃で仕留めてしまうとは。

 到底魔法使いの膂力とは思えない。

 細身で小柄に見えるが、実は筋肉がみっちりと詰まっているのだろうか? 肉体派魔法使いだったのだろうか?


「ゲルニカ殿とフィーネ殿に続け!」

「俺たちも出来るところを見せるんだ!」

「俺たちの村は、俺たちで守るぞ!」


 衛兵たちもまた、昨日までとはまるで別人のようだった。

 ただの雑兵だったはずなのに。

 一人一人が一騎当千の猛者のような活躍を見せていた。

 ゴブリンの群れは瞬く間に駆逐されてしまう。


「すげえ! 絶好調だ!」

「炊き出しを食べてから、力が漲って仕方ない!」

「見たか! これが豚汁パワーだ!」


 衛兵たちは快哉を叫んでいた。


 ――タキダシ? トンジル!?


 なんだそれは。

 強力な魔法か?

 いずれにしても劣勢であることは間違いない。


 ――コ、コウナッタラ……!


 ゴブリンキングは最後の切り札を行使した。

 ゴブリンパワーにゴブリンガード、ゴブリンメイジ――いずれも変異種であり、群れの中でもずば抜けた強さを誇る。

 彼らとなら世界を獲ることも夢ではないと思っていた。


 だが――。

 彼らもまた、あっさりと叩きのめされてしまった。

 巨漢のゴブリンパワーが、細身で小柄な白魔法使いに杖で殴り飛ばされた時、自分たちは井の中の蛙だったと思い知らされた。


 群れの残りはもはや王一人になっていた。

 民なくして王は存在しえない。

 王国の野望は陥落したのだ。


「後はお前だけだな」


 一人の若い冒険者が、尻餅をついたゴブリンキングの前に立っていた。

 増援のCランク冒険者。

 そうだ。

 こいつが来てから村の連中は急激に強くなった。

 恐らくはこいつが原因だったのだ。


「タ、タキダシ……! トンジル……!」


 ゴブリンキングは声を震わせながら、そう絞り出した。


「我モホシイ……!」

「悪いな。お前の分はもう残ってないんだ」


 冒険者は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。

 次の瞬間、振るった剣がゴブリンキングの首を撥ねた。


 

 こうしてゴブリンの群れは壊滅した。

 ロロンド村は一人の死傷者も出さず、戦いに勝利することが出来た。

 その日は朝まで宴が催された。

 アスクは村の者たちにたくさんの料理を振る舞い、村人たちや衛兵たち、フィーネやゲルニカはその美味しさに舌鼓を打ったのだった。

 

 その後、ロロンド村では村を救った炊き出しの豚汁が名物となり、後世にまで長く語り継がれることになるのだった。

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