お菓子店の経営に夢中な私は、婚約破棄されても挫けない!

キョウキョウ

第1話 突然の呼び出し

 ある日、婚約者であるエヴラール王子から呼び出しを受けてお城までやって来た。侍女に案内されて入った部屋の中で待っていた彼は、とてもイライラした様子。


 わざわざ私が忙しい時に呼び出して、そんな態度で迎えられたら私だって不機嫌になってしまう。だけど、なんとか冷静を装って対応しなければ。


 だって相手は、王子様だから。面倒なことになって、余計な時間を取られたくない私は我慢して、彼の相手をする。


「座れ」

「はい」


 部屋に入ってきた私を一瞥して、強い口調で命令するエヴラール王子。彼の命令に従い、私は部屋の中央に置いてあるソファに座る。彼と向かい合うような位置。その周りには、侍女や執事たちが待機している。


「遅いぞ。僕が呼んだら、すぐに来い」

「申し訳ありません」


 席に座った瞬間、いきなり叱られる。いつも遅いと言われるので、なるべく急いで来たつもり。それなのに彼は遅いと言う。理不尽だわ、と心の中で文句を言いながらも、頭を下げて謝罪する。


 こういう理不尽なことは慣れっこだ。いちいち怒っていたら、私の精神が持たないから、怒られても仕方ないと思うしかない。


「それで、私を呼び出した理由は?」

「お前、最近ずっと忙しくしているようだな」

「え? はい。おかげさまで、菓子店が大繁盛してまして」

「……」


 さっさと話を終わらせて戻ろうと思い、用件を聞く。


 私を呼び出した理由は教えてもらえず、忙しくしていることについて聞かれたので答えた。すると、その答えを聞いた王子は沈黙してしまった。


 私も、彼に合わせて口を閉じる。部屋の中に沈黙が訪れた。黙っていないで、早く呼び出した理由を聞かせてほしいのだけれど。


 しばらく、王子が腕を組んで指をトントンと叩く音だけが部屋の中に響いていた。とても嫌な雰囲気。後ろに控えている侍女や執事たちも居心地が悪そうだ。その事を一切気にしていない王子。周りのことなんて、見えていないのでしょうね。


 そして唐突に、問いかけられた。


「一つ、聞かせてくれ」

「はい、なんでしょうか?」

「僕と店、どっちが大事なんだ?」

「お店です」

「なんだと!?」


 言った後に、あ、と思った。答えを聞いた王子が、顔を真っ赤にして怒り出す。


 私にとって一番大事なのは、自分が経営しているお菓子店だ。考えるまでもない。 それが私の本音なんだけれど、言うべきじゃなかった。答え方を間違ってしまった。


「失礼な奴だ! お前との婚約は、破棄させてもらう!!」

「え?」


 予想通り彼は怒ったけれど、予想外なことを言われて戸惑った。婚約を破棄する?

いきなり、どうして。お店が大事だと答えただけで、婚約を破棄するなんて信じられない。意味が分からなかった。


 そんな簡単に決めることなのだろうか。彼が独断で、決めていいことなのかしら。疑問に思う私に対して、彼は続けて言う。


「貴族の令嬢だというのに、商売をするなんて品の無い! 王族である僕と、お前のような女は不釣り合いだ。外見は気に入っていたというのに、中身は最悪だなんて。騙された!」

「申し訳ありません」


 まさか、そんな勝手な理由で。エヴラール王子の言動や考え方は、本当に面倒だと思う。けれど、今はひたすらに謝っておくしかない。ここで私が反論してしまうと、もっとややこしいことになるだろうから。


 逆らうことは、彼の怒りを掻き立てるだけだ。今は、面倒が大きくなるのを避けることが最優先。それなのに、王子の怒りは収まらないみたい。


「謝ればいいと思っているのかッ!? そもそも婚約者で、王族でもある僕のことを第一に考えるべきだろう。それを君は怠った。あろうことか、店の経営なんかに夢中になって僕のことを放置していた」

「はい、エヴラール様の言う通りです。申し訳ありませんでした」


 そもそも私がお菓子店を開いたのは、王子の言葉がキッカケだったのに。その事を忘れて、自分のことを第一に考えるべきだと主張するなんて。そう思いながら、私は逆らわずに頭を下げて謝り続ける。災難を最小限に抑えようとしていた。


 だけど残念ながら、今回は王子の災難から逃れることは出来なかった。彼は本気のようだ。ついに、私の一番されたら嫌なことで攻撃してきた。


「我が国で、お前の店の営業を全て禁止する!」

「えっ!? そ、そんな……!」


 王子から言い渡された内容に、私は絶望する。お店の営業許可を取り消されると、お客さんに美味しいお菓子を提供することが出来なくなってしまう。


 私の顔を見て、彼は満足げに笑っていた。権力を振りかざして、私の嫌がることをしてくるエヴラール王子。自分の感情を優先させて、相手の気持ちなど全く考えない最低男。こんな人が婚約相手なんて、私の人生は最悪だと思う。


 それでも、私は我慢する。一番大事なものを守るために。


「待って下さい。心の底から謝罪します。だから、考え直してもらえませんか?」

「うるさい!」

「……」


 取り合ってもらえない。癇癪を起こして、考え直してくれと頼んでも却下される。彼を説得して、なんとか許しを得ようとしても無理だった。


 どうしようもない、不可避の災難。


「話は終わりだ。さっさと、この部屋から出て行け!」

「ッ!」

「二度と、僕に顔を見せるなよ」

「……」


 私は黙って席を立ち、部屋から出る。何を言っても、もう無駄だと分かったから。


 婚約を破棄されたことは、むしろ嬉しい。彼と二度と会わなくて済むのも喜ばしいことだ。だけど、お菓子店の営業を禁止されるのだけは嫌だった。私の生きがいを、理不尽な理由で奪われた。


「全く! 人生を無駄にしてしまったじゃないか! あんな女と婚約させられていたなんて、最悪だよ! 婚約を破棄することで出来て、せいせいしたよ!」


 私が部屋を出る直前まで、エヴラール王子は私の背中に酷い言葉を浴びせ続けた。

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