第12話 囮役


 とうとう曹操軍に追い付かれてしまった。



 連絡してくれたのは殿に居た廖化だ。



「曹操の騎馬隊。数は数千。将は不明。距離を保っている」


 廖化の説明は手短で的確だった。


 今、俺が居るのは中央で先頭に劉備達が居る。


 報告を受けた俺は急いで先頭の劉備に報告に向かった。


 当初の予定よりは早いが、劉備と一部重臣にはこれから別行動を取って貰う。


 そして残った者がギリギリまで曹操軍を引き付けるのだ。




「そうか、来たか」


「劉備様。当初の予定通りにここから離れて漢津に向かいましょう。護衛には子龍殿を、殿には益徳殿に任せましょう」


 俺から報告を受けた孔明はテキパキと指示を出す。


 脱出する一部重臣の多くは文官でそれを守るのは趙雲だ。


 そして殿には張飛自身が志願していた。



「よっしゃ、それじゃあ俺は行くぜ兄貴。後は頼むぜ。子龍」


「益徳」


「益徳殿。御武運を」


 張飛は劉備達と短いやり取りをして百人ほど引き連れて殿に向かう。


 そしてその途中張飛は俺に近づくと乱暴に頭を撫でた。



「孝徳。俺様が守ってやるから安心してろ。がははは」


「何も心配してませんよ。益徳殿」


「そうか。じゃあな」


 短いやり取りだったが張飛らしい別れだった。


 そして俺は……


「孝徳、後を頼む。無理をするな」


「危なくなったら逃げます。後で会いましょう」


「関平、陳到、孝徳を頼むぞ」


「お任せを」「無事にお連れしまする」



 そう、俺は劉備と別れて囮になるのだ。



 本当なら俺も劉備と一緒に漢津に向かう予定だったんだけどね。


 それだと難民と残るのは誰がやるんだって話になったんだ。


 そこにあの男『孔明』が発言した。




「劉備様の名代が務まるのは御子息である孝徳殿を置いて他に居ますまい。適任でございます。それにそもそもこの策を提案したのも孝徳殿です。彼ならば大任を果たしてくれましょう」



 いやいやあんた俺の案に賛成してたよね?


 それは妙案って絶賛してたよな?


 そんで直前になって俺に囮になれって言うのかよ?



 孔明の発言で周りはそれに同調した。


 断るに断れない状況に成ってしまったが猛然と反対した者も居る。


「てめえ、何言ってやがる! 孝徳は兄貴と一緒って決まってやがるだろうが。それに俺は姉さんに兄貴と孝徳を頼まれたんだ。孝徳を危ない目に会わせられるかよ!」


 ちょ、張飛~


「私も反対です。孝徳殿はこれからの我軍に必要な方です。もし彼に万一の事が有れば我軍に取ってはかり知れぬ損失になるでしょう」


 徐庶さん!


「ならば益徳殿が孝徳殿を御守りすれば宜しかろうと存ずる。異論御座いますか?」


「お、おう。俺が守ってやるよ!」


 孔明の挑発に簡単に乗せられるなよ!


 そしてそれだと俺の囮役が決まってしまうだろうが!



「元直。君はどうする?」



「私は…… 孝徳殿と一緒に居よう。彼を補佐する」



「ではそうするといい」



 いや、止めて! やっぱり俺は囮になるしかないの?



「あ、あの~」


「大船に乗った気で居ろよ。孝徳」


「御一緒します。孝徳殿」


 ああ、それは駄目なフラグだと思う。


「孝徳、お前ならば大丈夫だと思うが……。関平、陳到、そなた達孝徳を守ってくれるか?」


 劉備様、そこはあなたも反対しましょうよ。


「孝徳とはいつまでも一緒です。お任せください」


 か、関平~


「主君の命。慎んで拝命致しまする」


 陳到殿~


 やっぱり断れないのかよ!


 俺の意見を無視して勝手に盛り上がってんじゃないよ!



 こうして少数意見は取り上げられる事はなかった。



「孝徳殿。陳到は頼りになる男だ。後で必ず会いましょうぞ」


「は、はい」



 趙雲さん、貴方も残っても良いのよ?



「では孝徳殿。お役目果たされよ」


 こ、孔明め~



 劉備の後を趙雲と孔明が付いていく。


 正直羨ましい。


 俺もあの集団に居たかった。




 劉備は護衛を含めて千人で漢津に向かった。


 ここに残っているのは俺と関平、陳到と徐庶で、兵が三千あまり。


 ほとんどが歩兵だ。



「元直殿。どこかで曹操軍を迎え撃つ場所は有りますか?」



 劉封の記憶だと長坂には漢水の一部の支流を渡す橋が架かっている。


 そこに至るまでにはまだまだ距離が有る。


 それにそこを劉備達が先に通らないと行けない。


 時間を稼ぐ必要が有るのだ。




 徐庶が一緒に居るのはとても心強い。


 彼はこの辺の地理にも詳しいので、彼なら何かしら策を考えてくれる筈だ。


 俺はまだまだ戦の素人だからな。



「長坂の橋まではまだ距離が有ります。しかしこの辺りは平坦な場所が多く、兵を伏せる場所があまり有りません。ですので……」


「ですので?」


「このまま進むしか有りませんな」


 で、ですよね~。知ってました。


 劉封の記憶でこの辺りの地理は分かっていた。


 でも、でも、徐庶ならきっと俺とは違って思い付くと思っていたんだけどな~


「大丈夫だよ。益徳殿が居るんだから曹操軍も直ぐにはやって来れないさ」


 それは楽観論だよ、関平。


「民の一部を少しずつですが、離散させては如何でしょうか? このまま我らと一緒では危険ですぞ?」



「陳到殿の意見はもっともですが、今は駄目です。民が離れれば益徳殿が危険です。曹操軍は民が離れるのを待ってこちらを襲って来るでしょうから」



 徐庶の意見はもっともだ。


 情けない事ではあるが、今の俺達の命綱は民なのだ。


 彼らと一緒だから曹操軍は簡単には襲っては来ないのだ。



「とにかく進むしかない。それと他の曹操軍が回り込んで来るかも知れないから、斥候を出そうと思うけど。どうでしょう元直殿?」


 俺が徐庶に提案すると彼は、苦笑してこう返してきた。


「それが良いでしょう。それと今この場の大将は孝徳殿です。我らに遠慮は入りません」


 あ、俺って今大将なのか?


 ガラじゃないのは分かっているが覚悟を決めろやるしかない!


「は、はい。あ、いや。分かった!」


 俺が答え直すと周りの者は皆ドッと笑った。



「わ、笑うなよ!」



 まだまだ皆余裕が有るようだ。


 しかしこの余裕もいつまで続くか分からない。


 皆内心はきっと心臓がバクバク言っている筈だ。


 なんせ俺がそうなんだから。




 俺達の逃避行は続く。

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