第3話 俺は柳保だ!
起きたらまた三日も寝ていたそうだ。
これは関平から聞いた話だ。
俺が目を覚ますと隣でうとうとしていた関平が居た。
関平。
関羽の息子で樊城攻略戦に参加。
その後『
蜀にとっては期待の次世代武将だった。
しかし目の前の男関平は改めて見るとイケメンと言うか、なんと言うか。
男なのに色気がある。
ヤバいな。俺はノーマルなのにその気が起きそうなほどヤバい!
「う、ううん。はっ! 起きたのか劉封!」
「あ、おおう」
「良かった。また寝込んだから今度は目を覚まさないかと思ったぞ。良かった。良かった」
そう言うと関平は俺に抱きついた。
うん? なんか凄く良い匂いがする。
ずっと嗅いでいたい匂いだ。
はぅ、良い匂い。
はっ! ヤバい、ヤバい、ヤバい!
これはマズイ。俺はノーマルだ! 女性が好きなんだ!
俺は理性を取り戻すと関平を引き離し、少し一人になりたいと言って彼を帰した。
関平は皆に俺が起きた事を伝えると言ったが、俺が一人になるのを心配したのだが俺が大丈夫だからと言って無理やり納得させた。
去り際の関平の悲しそうな顔を見て俺の胸が締め付けられる。
あれ、おかしいな? 何で胸が痛いんだ?
関平が出ていった後、この状況を冷静に考えた。
まず、ここが何処か?
劉備達を見て年齢を考え、関平が居る事を考えると荊州に居ると思う。
荊州新野に居る頃か、もしくは荊州南郡の公安に居を構えた頃か?
でも最後に会った孔明を見て判断すると荊州新野の頃だと思う。
これは後でしっかり確認しよう。
そして、不思議なのは言葉だ。
俺は今の今まで日本語で言葉を交わしていたが、相手に通じている。
それに彼らの言葉も日本語に聞こえた。
いや、違うな。
頭の中では日本語だと思っているが、実際に言葉を出してみると違う。
別の言葉だ。
多分、中国語だと思うがちょっと発音が違うようだ。
俺の中国語は一般会話がかろうじて出来る程度。
それに聞き取りも怪しい。
なのに相手とはっきりと意思の疎通が出来る。
違和感が半端ない。
それに俺が倒れたのは四川雲南省の成都『武侯祠』だ。
何だって湖北省に俺は居るんだ。
分からない事だらけだ。
しかしこれは夢ではない。
前に起きた時に張飛に叩かれた痛みは本物だ。
そして俺には幼い時に手を怪我した事がある。
この時は糸で縫うほどの怪我をした。
その傷痕がはっきりと残っている。
抜糸された傷痕が残っているのだ。
もしここが三国志頃の時代だと、この抜糸後の傷痕が出来るだろうか?
あ、待てよ。
確か華陀かだが外科手術が出来たよな。
だから手術の後が有ってもおかしくないのか?
いや、それはないな。うん、ない。
それならこの体は俺の体だ。間違いないだろう。
そしてもう一つ不思議な事は俺が起きた時にある記憶が頭の中に入っていた事だ。
誰かの記憶が流れ込んで追体験したような感じ。
幼い時からの記憶で成人して戦場に出た後に劉備達と会った辺りまでの記憶。
その時に呼ばれていた名前が『
……寇封か。
寇封は劉封が劉備の養子になる前の名前だ。
そして俺は劉備達から劉封と呼ばれていた。
なら俺は劉封と勘違いされている事になる。
本当に勘違いされているのか?
分からない。誰かに相談するべきだろうか?
でも誰に相談する。関平か?
彼は俺の事を心配して看病をしてくれたようだ。
関平に取って劉封とはそれほど大切な存在なのだろう。
その看病していた相手が劉封とは別人だと言ったらどうなるだろうか?
……殺される?
変人扱いされれば良いほうだろう。悪くすればここから叩き出される。
最悪なのは、斬って捨てられる事だ。
頭の中に流れ込んだ記憶にはかなり野蛮な行為も多かった。
これは誰にも話せないかもしれない。
でもなぁ~、あの人達に嘘をつくのは嫌なんだよなぁ~。
う~ん。出身は倭の国として、名前はそのまま名乗るか。
どうやって入れ替わったのか説明出来ないが、とにかく話をしよう。
彼らには誠実に対応したい。
それでここを追い出されたとしても…… 殺されないよな?
「おう。元気になったか劉封。また倒れたから心配したぞ」
「益徳が力任せに揺すったのが原因だろう」
「ち、ちげえよ。関兄。それなら関兄が原因だ!」
「な、何を言う。張飛お前だ!絶対にお前だ!」
関羽と張飛は相変わらず仲が良いようだ。
「違うよな。劉封?」
「多分、違うと思います」
「ほら違うだろうが!がははは」
張飛の笑い声は場を明るくするものがあるな。
「なら私か?」
真顔で俺を睨む関羽。
おっ、おっかねー
「ち、違いますよ」
「そうだろう、そうだろう」
赤ら顔の親父のおっかない顔が笑顔に変わった。
ふぅ~、この二人案外単純なのかも知れない。
そして、目の前の劉備は二人のやり取りを笑顔で見ていた。
関羽張飛の漫才でこの場の雰囲気は和やかだ。
でもこの後の事を思うと心苦しい。
今の俺は床から上半身だけ起こしている。
劉備が俺の前に座っており、関羽と張飛が劉備の後ろに居る。
そして戸口の近くに関平が居る。
「どうした劉封。話があると言ったがどう言った話だ。うん?」
俺は意を決して話をする。
「お、驚かれると思いますが、その……、俺の名前は柳保と言います」
「うん? そうだな。それがどうしたのだ?」
あ、あれ?
「どうしたんだ。お前が劉封って名前なのは当たり前だろう。なぁ、関兄」
「ふん。大事な話だと聞いていたから何かと思えば、全く。今頃になって劉氏の姓の重みを知ったのか。そんな覚悟ではこれからが思いやられるわ」
え、え?
「いや、だから俺の名前は柳保だと」
「劉封。起きたばかりだから混乱しているのだな。大丈夫だ。今日一日ゆっくりと休みなさい」
劉備が俺を可哀想な目で見ている。
「おう。そうだ、そうだ。ゆっくり休め!そんで明日からは俺が稽古してやる。有り難く思え。がははは」
張飛が力瘤を作って見せる。
「お前が見れば怪我ではすまん。子龍に見てもらえ。関平。お前から子龍に話をしておけ。それからお前も一緒にな。良いな」
「はい。分かりました父上」
「ちょっ、それはないぜ。関兄」
いや、ちょっと待って!
「あ、あの……」
劉備が俺の肩に手を置く。
「良いから休みなさい。これは父としての命だ」
肩に置かれた手に力が篭っていた。
肉体的な痛さは感じない。
しかし心には来た。
劉備の優しさを感じた。
劉備達は言いたい事を言って部屋を出ていった。
残ったのは俺と関平。
関平が俺に近づいて俺の額に関平の額が当たる。
「大丈夫だ。劉封。俺が居る。何も心配いらない。そうだろう?」
そう言うと関平は俺を抱き締めた。
俺は無言で関平を抱き締めた。
関平は俺と一緒に食事を取ると少し残って俺が寝ていた間に起こった事を話してくれた。
だいたいが関羽と張飛の漫才だ。
それを劉備と趙雲、そして他の臣下達が笑っている。
そんな笑い話だ。
「おっと、そろそろ寝る時間だな。大丈夫だと思うけど、なんなら一緒に寝ようか?」
思わずドキッとした。
「だ、大丈夫だ。一人で寝れる」
「そうかい。私は隣で寝ている。何か有ったら呼んでくれ。それじゃ」
そう言うと関平は部屋を出ようとした。
「あ、待ってくれ」
「何?」
「あ、ありがとう。関平」
「ふふ。お休み劉封」
「ああ、お休み関平」
関平が去ってから俺は床の中に入った。
どうして俺の名前が相手に伝わらないんだろうか?
相手には俺は『柳保』ではなく『劉封』だと認識されている。
これでは何度言っても同じ事を繰り返すだけではないのか?
頭の中はぐるぐると考え事だらけだったが、そのうち睡魔に勝てず寝てしまった。
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