隣国に引き渡された公爵令嬢はのびのびと働く

@GianForest

第1話 突然隣国へ

「ルディーナ。お前をフレジェス王国に引き渡すことが決まった。明後日の船で国を出て貰う。以上だ」


 私、ルディーナ・ベルミカは何を言われたのか理解できなかった。


 困惑する私を見て、目の前の男は笑う。栗色の短髪にブラウンの瞳、目鼻立ちは整っているが、蔑みの表情が全てを台無しにしていた。


 引き渡す? 私を? フレジェス王国に???


 ……少し冷静に考えてみよう。


 今のセリフを吐いたのは我がゼラート王国の王太子ザルティオ・ゼラートだ。誠に遺憾ながら、ベルミカ公爵令嬢である私の婚約者でもある。


 そして、フレジェス王国は海を隔てた隣国で、現在戦争中だ。


 王太子の婚約者を、敵国に引き渡す?


 理解不可能だ。


「何故?」


 私が問うとザルティオは「ふっ、教えてやろう」と胸を張った。


「フレジェス王国と和平が締結されたのだ。その約定の中でお前を引き渡すことが合意されている。さらばだ、婚約者殿」


 ザルティオは「ふっはっはっ」とか笑っている。そして、一枚の書類を見せてきた。


 和平条約の写しのようだ。その中に、本当に『ベルミカ公爵令嬢ルディーナを引き渡す』と書いてある。


 どういうこと?


 何が「教えてやろう」なのだろう。更に意味が分からなくなっただけだ。


 和平合意は良いことだ。フレジェス王国は四大列強の一角を占める大国で、中堅の島国に過ぎないゼラートとは国力が違う。

 我が国は順当に連戦連敗、ボロボロ。和平の条件は当然ゼラートに不利な内容だが、一方的な戦況に鑑みれば慈悲に溢れた穏当なものと言える。賠償金も控え目だ。


 で、どうして係争地の帰属の次に私の名前が出てくるの?


「国王陛下はご承知なのですか? 一度お話を」


 ゼラート国王は凡庸だが、この王太子やその取り巻きよりは多少はマトモだ。


「父上の体調不良は知っているだろう。余計な話を入れるつもりはない! とにかく、荷物をまとめておけよ。婚約は当然破棄だ。監視を付けているから逃げても無駄だぞ。見送りには行かん、もう会うこともなかろう。ではな! 元婚約者殿」


 一方的にそう言って、笑いながらザルティオは去っていく。


 私はどうして良いか分からず、立ち尽くしていた。



◇◇ ◆ ◇◇ 



 翌々日、本当に私はフレジェス王国行きの船に放り込まれていた。


 元々私は王妃教育と称して王宮に半ば軟禁されていた。

 なので馬鹿王子ザルティオに意味不明の宣言をされたときも、私は王宮内の仮の自室にいた。そして軟禁は監禁に移行し、公爵家実家に連絡を取ることもできず、そのまま船に連行された。

 当てがわれた船室は貴人用の個室ではあったが、それにしても本当に酷い。


 流石に私も不安だった。何せ私がフレジェス王国に送られる趣旨が全く分からない。


 講和条件を担保させるための人質という線がまず思い浮かぶ。しかし私は王太子の婚約者ではあっても未だ立場はベルミカ公爵令嬢である。人質にするにはやや立ち位置が不自然だ。しかも婚約を破棄して送ると言うのだから、更に無意味。そもそも今の時代、講和に際して人質を送るなんて話は聞かない。


 人質でないなら戦利品?


 船室に据え付けられた鏡を見る。映るのは金髪碧眼の女性。自分で言うのも何だが、顔のパーツは整っていると思う。周りからも昔から美人、美人と言われてきた。年齢は18歳。

 若い美女というカテゴリーに入る気はする。


 だが、やはりそれもない。


 女を戦利品なんて発想が古代だし、多少見た目が良くても国と国との和睦条件に入るほどの価値はない。

 何よりフレジェス王国は真っ当な国だ。国王をはじめ、王族に悪い噂はなく、健全な統治がなされている。そんな馬鹿な要求はしないだろう。


 思い悩んでいると「お食事をお持ちしました」という女性の声と共に扉がノックされる。私が「はい。どうぞ」と返すと扉が開き、配膳台を押した中年の女性が入ってきた。船室のテーブルの上に料理が並べられる。白身魚の香草焼き、蒸し野菜、湯気の立つスープにパン。食事の内容は悪くはない。


 私は「ありがとう」と配膳をしてくれた女性に声をかける。女性は一礼すると「後ほど食器を片付けにまいります」と言って去っていく。


 私はナイフとフォークを手に取る。毒は警戒しなくていいだろう、殺すなら他に方法は幾らでもある。まずは魚を一口、素直に美味しい。やはり、貴人として扱われてはいる。


 結局私は疑問と不安を抱えつつ、窓から海を眺めることしか出来なかった。



 それから船室で一人静かに過ごす時間が始まった。

 私は不安を誤魔化すため、持っていたオルトリ語外国語の小説を翻訳して時間を潰した。仕事でも何でもなく、どう表現するとしっくりくるか、好き勝手に意訳していくのは楽しい。時々不安が頭をよぎることまでは防げないが、時間は過ぎてくれた。


 そして7日後、私の乗った船は港に入った。

 スプーンで陸地を抉ったような楕円形の湾に、多くの船が行き交っている。移動日数と窓の外の風景から判断するに、フレジェス王国の王都ネイミスタだろう。本当に隣国に送られてしまったようだ。


 接舷した後、暫く待っていると扉がノックされた。私が「どうぞ」と返すと扉が開く。その向こうには初老の男性が立っていた。

 男性が優雅に深く礼をする。身に付けている衣服は使用人用のデザインだが、使われている布は最高級のものだ。相当な地位の人物に仕える執事、そんな雰囲気である。


「ヴォワール王家にお仕えするクロードと申します。ルディーナ・ベルミカ様でございますね。お迎えに上がりました」


「ベルミカ公爵家のルディーナでございます。お出迎えありがとうございます」


 言って軽く会釈。自分の立場がさっぱり分からないため、とりあえず無難に返す。


「従者の方はいらっしゃらないのですね……お荷物は後ほど運ばせます。どうぞ、こちらへ。馬車を用意しております」


 私はクロードさんに付いて、船室を出る。船の中を歩き、タラップを渡って桟橋へ。フレジェス王国に上陸した。


 不安だが、怯えていても仕方ない。体を伸ばして、大きく深呼吸する。


 季節は春、時刻は昼過ぎ。西へ傾きつつある太陽が眩しくも穏やかに街を照らしている。遠く高台に見える大きな城が、フレジェスの王城だろう。


 少し歩くと、馬車が止まっていた。四頭立てで、想像より二回り大きい。漆塗りと思しき黒い車体に、上品な金の装飾が施されている。

 クロードさんが扉を開けてくれて、乗り込む。


「では、王城に向かわせていただきます」


 馬車が走り出す。


 私は窓から街を眺めることにした。異国の風景は素直に心惹かれる。フレジェスに来るのは初めてなのだ。

 活気のある都市だった。人も物も多く行き交い、重なり合う声は喧騒となって空を満たす。人々の表情は様々だ。明るく笑う人もいれば、暗い顔で歯を噛み締める人もいる。

 馬車の揺れからして、道路の舗装状況も良い。街並みは綺麗だし、見える範囲ではゴミや汚れも少ない。

 良い街だ。素直にそう思う。


 やがて街の雰囲気が変わる。諸侯の邸宅や銀行などの建ち並ぶ中心区画に入ったのだろう。

 馬車が坂道を登り始めた。目的地の王城まではあと少しの筈だ。


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