第24話 異世界⑤ コリント
「そこで何をしているのか訊いているのだ!」
崖の上、端正な顔つきの男が、黒い馬にまたがって何やら威厳を見せている。僕は怯みながらも答える。
「僕は――綾瀬嘉手那、別の世界からやってきた者です。同じ世界からやってきた女の子を探しています」
男は少し考える顔を見せたあと、
「そのような者は、ウチの町にはおらん。他を当たれ」
言うと、背を向けて馬と共に歩き去った。
ピカタが小さく羽ばたいて言う。
「あれは、ウソをついている人の声よ。探ってみた方がいいわ」
僕にしても、はいそうですか、と引き返す訳にはいかない。僕には、この世界全てを把握する目的がある。どれだけの時間がかかろうとも。
「とりあえず、この崖を越えることから始めなきゃなんだけど――」
「私がちょっと見てきてあげるわ」
気楽に言うと、ピカタが空へと舞っていった。僕は木陰に入り、革袋に入れた水を飲んで休憩をする。ハポネスの里ではあれだけ寒かったのに、ここは季節が変わったように暖かい。
しばらくピカタを待っていると、草むらでカサリと音がした。昼間にオオカミも出ないだろうと信じて見ていると、人影が見え隠れしていた。それも小さな。
「誰? 僕は怪しいものじゃないから――」
言うと、草むらの影は一度動きを止めて、そろりと足を踏み出して見せた。少し赤茶けた髪の男の子だった。歳の頃で十歳ぐらいだろうか。興味深く、僕を観察している。こちらの地方の服装なのか、ひざ丈のズボンと前開きの大きなボタンのシャツで立っている。
その子が僕を睨む。
「お前こそ誰だ――」
どうやらさっきの男といい、あまり歓迎されていないことは分かった。
「その――詳しいことは伝えにくいんだけど、よその国から来たんだ。知り合いの女の子を探している。僕と同じくらいの、黒くて長い髪の女の子なんだけど」
すると少年は後ずさる。
「黒き髪は悪魔の色だ。お前も悪魔の仲間か」
そういう意味で警戒されていたのか。
「違うんだ。僕の国ではこれが普通で、悪魔とかそういうのじゃなくて――それより女の子のこと、知らない?」
五メートルの距離と無言の間。そこへ出かけていたピカタが戻ってきた。僕の肩へ止まるや、
「あら、もう知り合いができたのね」
軽く言い放った。少年は、当然のように驚く。
「しゃべった! オウムか!」
ピカタは気分を損ねたように答えてみせる。
「失礼ね。私をあんな物まねしかできないおバカな鳥と一緒にしないで。私はちゃんと、自分で考えて話してるのよ」
少年はしばらく言葉を失くし、
「もしかして文告げ鳥?」
聞き覚えのない単語を口にした。するとピカタが無い鼻を高くする。
「あら、その呼び名を知ってるなんて珍しい。けれど残念、私は文告げの鳥ではないわ」
ピカタが言うと、少年はあからさまに肩を落とした。
「違うんだ……」
それより、と僕は訊ねる。
「ここは、なんて町なの?」
少年は気落ちしたまま、それでも返事をくれた。
「ここはコリント。聖人たちの殉教した町だ。だから黒髪のよそ者は嫌われる。悪魔と魔女の使いだって」
「殉教って?」
「昔、黒髪の国王から迫害された聖教徒たちが殺されたんだ。今の王様になって宗教は自由になったけど、みんな今でも殉教した聖人たちのことは忘れてない」
「お願いなんだけど、僕を町まで案内してくれないかな。本当に何も悪いことはしない」
少年は考える。
「コリントはよそ者には厳しいけど商人には心が広い。その鳥を文告げ鳥だってことにして回れば、面白がる連中もいるかもしれない――」
「その、文告げ鳥っていうのは、どういうものなの?」
それにはピカタが答えた。
「昔からの言い伝えよ。誰かの失くしものを見つけ出したり、今年の小麦の取れ高を占ったり。時には国同士の戦争の行方を占ったりもしてたらしいわ。あくまで、言い伝えよ」
なるほど。言うなれば占い師だ。けれど、そんな役目をこのプライドの高そうな小鳥が引き受けてくれるだろうか。
それでも、
「気乗りはしないけれど、その手で行くしかなさそうね。さっき見て回ったけど、町はいたって賑わってるし、何か新しい話くらいは聞けるかもしれないし」
どうやら引き受けてくれるようだ。
「そういえばキミの名前を聞いてなかった。僕は綾瀬嘉手那。キミは?」
少年は鼻の頭を指先でかいて、
「俺は――ヤイリ。学校が退屈だから、よくこの辺りまで散歩に来るんだ。この辺は人がいないからな」
「さっき、黒い馬に乗った男の人に会ったけど――」
「やべえ。それ、俺の父ちゃんだ。探しに来たんだ。早く戻らなきゃ。お前、案内はしないからな。町に来たかったら勝手に来ればいい」
そう言うとヤイリ少年は、また草むらに飛び込んで姿を消した。
「ねえ、ピカタ――」
「大丈夫よ。町までの道はもう覚えたわ。行きましょう」
そうなると彼女の言うままになり、ピカタの案内で町へと向かうことにした。そこで、ドラグーンの名前を聞ければそれでいい。竜宮の姫の話によれば、そこに來未はいるのだ。
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