第4話 蔵書に埋もれる平和な日々
キオンとの悶着から数日。王都は実に平和だった。
『危機』っていつ来るの?という感じだ。人間というのはずっと気を張っていられない生き物なので、どことなくピリピリした空気は薄れ、緩みを感じなくもない。
魔術研究院の地下。研究資料の詰まったそこで、くわ、と欠伸をかみ殺しながら、アマネは資料を捲る。
(『予言』っていうのは、明確な日時がわからないから困ったものだよね……。いや、私としてはその方が助かるけど。かこつけて蔵書も読破できるし)
小さい文字を見続けてちょっと目が疲れてきたので、資料に悪影響を与えないだとかいう光源をぼんやり眺めて目を休める。
「アマネ、疲れたのか? キオンが持ってきた茶と菓子があるぞ。一休みするか?」
「至れり尽くせりって感じ……」
「アマネ?」
「なんでもないです。じゃあちょっと休むことにします」
「そうするといい。朝から詰め通しだったから」
そう言うアカツキもアマネに付き合って地下に詰めてくれていたのだが、アマネとは違って文字とにらめっこしていたわけではないのと、基礎体力が違うのでその顔に疲れは見えない。
アカツキが別の机に茶と菓子を並べてくれたので、アマネは有り難くそちらに向かい、椅子に腰掛けた。
「アカツキさんにも連日付き合っていただいてすみません」
「俺が好きでやっていることだ、気にしないでいい。君をここで一人にすると、その……いろいろと問題が起こりそうだからな」
「小さい子どもではないので、それくらいどうにでもできますよ?」
「いや、俺は『保護者』役だからな」
先日謎の納得をして以来、アカツキはことあるごとに「『保護者役』だから」と世話を焼いてくる。師匠が何かしたのかな、とアマネは思ったが、詳しくは訊ねなかった。
「それで、『翼あるもの』の見当はついたか?」
そう、そういう理由付けで蔵書を漁っているのだ。対外的には。
(本当は、魔法についてを重点的に調べたい気持ちもあるけど……急がば回れっていうし)
思いもしない、ひょんなところから求めている情報が出てくる可能性もある。アマネはここの蔵書――『賢者』の蔵書とかぶらないすべての資料を調べる気だった。だからこそ、『危機』の兆候すらないことにちょっぴり感謝なんてしていたのだった。
「まあ、わかりやすいところだとグリフォンかドラゴンでしょうね。『賢者』の手助けが必要とされるほどってなると、ドラゴンの方が有力かなと思っています」
「俺も同意見だ。グリフォンなら俺も討伐経験がある。ドラゴンは、まず遭遇したことがないからな……」
「この国は生息域とされる場所からかなり離れていますからね。ドラゴンの上位種に至っては、この界の違う層に普段はいるらしいですし」
「となると、ドラゴン以外の可能性もあるか? しかしドラゴン以上の脅威となると……」
「『黒き翼を持つもの』――魔人の可能性もありますね。さすがにそこまでいくと、『賢者代理』じゃ手に負えない気がしますが」
「それはもう、国の存亡をかけての防衛戦になるぞ……」
呆れたような『聖騎士』の視線に、アマネは目を瞬いた。
「え? 魔人ってそこまでやばいものなんですか? 師匠が『ちょっかいかけてこようとするのを追い返すの、良い運動になるんだよね』とか言ってたから、そこまではないかと思ってました」
「アレを基準にするな。……それ、他では言わないように」
(国の存亡がかかるほどの相手を暇つぶしのゲームみたいに言われたら、まあ……そうだよね)
アマネは神妙に「わかりました」と頷いた。それを見てアカツキがほっとした様子を見せたので、もしかしたら似たようなことを既に言って騒動でも起きた後なのかもしれないと思う。
「師匠、崇拝者もいますけど、なんか複雑な気持ちも抱かれてるみたいですもんね。性格がアレじゃ仕方ないとは思いますが」
「性格だけが理由ではないが……まあ、『賢者』の弟子というだけで君に突っかかる者もいる。重々気をつけるように」
「アカツキさんが目を光らせてるから、直接行動に出る人いないじゃないですか……」
たぶん、『賢者』は圧倒的すぎるのだ。それでいて自由すぎる。
それに崇敬の感情を抱くか、妬心のような薄暗い感情を抱くかは人それぞれで。
そこに『賢者』よりも劣る、けれど『賢者代理』という看板を引っさげたアマネが現れたものだから、感情のるつぼになっているのだ。
(あとは、まあ『聖騎士』を連れ歩いてることとか……キオンさんのこととか……)
どちらも見目麗しい、比率は違えど男女ともに好かれそうな美丈夫である。ふつうにそこのあたりの嫉妬心も感じなくもない。
(まあ、どうでもいいけど……)
アマネの目的はただひとつ。この魔術研究院の蔵書だけだ。その他はすべて些事である。一応『賢者代理』として『危機』を払うくらいはしないと、と思ってはいるが。
「人間は、強い感情を持つとどういう行動をとってもおかしくない。だから心配なんだ」
いやに真剣にアカツキが言うので、アマネはまじまじとその尊顔を眺め、納得した。
「なんだか実感こもってますね。やっぱりいろいろ苦労されてるんですね……。アカツキさんこそ気をつけてくださいね」
アマネの言葉に、アカツキは鳩が豆鉄砲をくらったような顔になった。
(そんなに変なこと言ったかな? 『顔とか、地位とかで』は飲み込んだんだけどな)
アマネが内心首を傾げていると、ふっとアカツキは破顔した。
「ああ、……心配してくれてありがとう」
(今の、そんなに輝く笑顔になるところだった?)
やっぱりよくわからないな、と思いながらアマネは菓子を口にして、その頬がとろけるようなおいしさに舌鼓を打ったのだった。
* * *
(人に心配されたのなんていつぶりだ……? 『聖騎士』になって以来記憶がないな……)
蔵書をさらう作業に戻ったアマネを、別の机から眺めながらアカツキは思う。
『予言者』『賢者』ほどではないが、『聖騎士』も幾分か人から外れたものである。それなのに、身の安全を気にかけられるなんて、久方ぶりだった。
(『賢者』とともにいたんだ、世間知らずらしい面はあるが、『聖騎士』のことは知っているだろうに……。いや、『賢者』とともにいたからこそか?)
考えるが、答えは出ない。当たり前だ、答えはアマネの中にしかないのだから。
今日も彼女は目深にフードをかぶっている。それを払ったところで、見えるのは彼女の持つ真の色ではないことをアカツキは知っている。
「認識阻害って、見破られると不信感しか買わないなって気付いたので、色変えの魔術と認識強化にしてみました。どうでしょう?」と見せられたのは、キオンとの騒動の次の朝だった。
『賢者』と揃いにしたのか、銀色の髪と銀色の瞳。どこにも違和感を覚えないことに違和感を覚えながら、「問題ないと思う」と返したのは記憶に新しい。
(あれは魔術精度をだいぶ上げてあったな……たぶん『賢者』の髪の魔力も使ったんだろう。強固な魔術式だった。あれは見破れないだろう――見破れるとしたら『賢者』と『予言者』くらいか)
アカツキは、その真の色を知っているから違和感を覚えないことに違和感を覚えたが、それはつまり、そうではない人間には『違和感を覚えない』という作用しか残らないということだ。
(末恐ろしい……それとも、『至上の黒』を持つ者だからなのか?)
それもまた、答えは出ない。アマネがそれを隠そうとしていたのはわかっているから、そこに敢えて踏み込む気はアカツキにはなかった。
ただ、熱心に蔵書を読み込むアマネに疑問を投げかける。
「もし、ここにある蔵書をすべて読んでしまったら、どうするんだ?」
「? とりあえずここに用はなくなりますね。『賢者代理』として『危機』を払ったらお暇します。土台、『賢者代理』なんて荷が勝ちすぎてますし」
「そうか?」
「そうですよ。アカツキさんも言ってたじゃないですか、人外魔境って」
「あれは性格についてだったんだが……」
そんな呑気な会話を交わしていたそのとき。
「……!!」
突然、とんでもなく大きな魔力の発生を感じて、アカツキは臨戦態勢になった。アマネは首を傾げて「あれ? 初めて感じる魔力ですね……」と平然としている。
しかしにわかに外が騒がしくなり、ばたばたとキオンがやってきたかと思うと、焦る声で告げた。
「――ドラゴンだ! ドラゴンが出たぞ!!」
奇しくもアマネの予想したとおりの、ドラゴンの出現だった。
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