第16話 二人目の欠陥チート能力者

「ヒーリング」


 俺は途中で投げ出されていた御者のおじちゃんを拾い上げ、治癒魔法をかけた。どうやら、投げ飛ばされてはいたが、骨には異常はないみたいだった。


『ヒーリング』のスキルは、多分他の冒険者から奪った者だろう。モンスターが回復魔法のスキルを持っているとは思えない。


 よく酒の席でギースに宴会芸として『スティール』をやれと言われて、やらされていた。『スティール』をしても何も取れない盗賊。酒のつまみにするには十分すぎる。


 他にもいくつかモンスターが持っていないようなスキルも所持しているみたいだった。多分、これらは全部ギース達にからかわれて使った際に、他の冒険者から奪ってしまった者だろう。


 まさか、こうしてあの時に奪ったスキルを使う日が来るとは……皮肉なものだな。


 御者のおじちゃんを回復魔法で回復させて、俺達はアリスが襲われたという村に戻ることにした。


 わざわざ戻るのも危険ではあるが、そこには付き人や護衛たちがいるらしい。その護衛たちに何も言わないでアリスをオルド王国までと届けていたら、きっと俺達はその間に誘拐犯として指名手配されてしまう。


 そんな背景もあって、俺達はアリスが襲われたという村に引き返すことになった。


「あの、アイクさんが盗賊と言うのは本当なんですか?」


 その道中、アリスが突然そんなことを口にした。


「え、そうだけど」


「アイクさんは盗賊職で治癒魔法が使えるんですね。かなり高ランクの冒険者なのでは?」


「いや、ぼちぼちって感じだよ」


 ギースのパーティにいたときに比べると、今の方がランクは上がっている。難易度の低くないクエストを受けてはいるのだが、まだまだ高ランクの冒険者とは呼べない立ち位置にいた。おそらく、クエストを受ける数が足りていないのだ。


「……」


「どうした、ルーナ。おしっこか?」


「ち、違うわ! このたわけもの!」


 俺はルーナが黙り込んだ様子が気になり、やけに静かになったルーナに声を掛けた。驚いたことに、ルーナは俺の言葉を受けて少し顔を赤くしていた。


 ……ルーナって、羞恥心とかあったんだな。


「王族で、金髪。魔力の才に恵まれていそうなのに、なぜあのような賊を前に反撃に出なかった?」


「どういうことだ?」


「いいか、良く聞け無知のアイクよ」


「無知はやめてくれ」


 無能で無知とか、いよいよ可哀想だろ。やめてくれ。


 そんな俺の考えを置き去るように、ルーナは言葉を続けた。


「王族というものは、魔法の才に秀でている。そして、髪の色が金色であるほど、その血を濃く引き継ぐ。当然、そこにいる娘もその一人だ」


 アリスはルーナに褒められたのが嬉しかったのか、照れるように下を向いて顔を微かに赤くしていた。


 しかし、ルーナの口調は人を褒めるような物ではなかった。どこか棘のある口調をしている。


「ここからが問題なのだ。あれほどの賊であればすぐに倒せるはずだ。それなのに、なぜ反撃に出なかった?」


「何が言いたいんだ?」


「分からぬか、アイクよ。この娘は魔法を使わないのではない、使えなかったのだ」


「一体どういうーー」


 何か意味ありげなルーナの言葉。その言葉に引っかかりながらも、馬車は目的地に着いたようだった。


 結局、護衛と言われてついてきたが、倒したのは初めにいた賊と、道中にいた弱いモンスターだけ。俺達がいる意味があったのか分からないな。


「アリス様! 到着しましたよ!」


「まぁ、私達の知ったことではないみたいだな」


 ルーナはそう言い残すと、馬車から飛び降りた。それに続く形で俺とアリスも続くように馬車から降りた。


『え、アリス様?』


『嘘だろ、なんで』


『アリス様と一緒にいる奴は何者だ?』


 俺達が下りた先にいたのは、オルド王国の騎士団たちだった。アリスが言っていた護衛と言うのは、この人達のことだろう。


 しかし、どういうわけかその護衛たちの様子が少しおかしい。


 王女様が無事に帰還したというのに、どういうことだ?


「アリス様、無事で何よりでございます」


 騎士団たちの間から、一人の隊長のような男が近づいてきた。アリスが無事であることに安心したような笑顔をこちらに向けていた。


 いや、違うな。


 俺は少し前までずっと負の感情をぶつけられてきた。だから、本能的に分かってしまうのかもしれない。


この男はアリスの帰還を望んでなどいなかったことに。


 そして、俺達を囲っている騎士団たちは俺達を取り込んでいるようだった。剣に手はかけていないが、いつでも引き抜ける体勢。


 そして、その隊長が一歩アリスの方に近づいた瞬間、隊長と思われる男は自身の刀に手をかけた。


「まずいな、『身体強化』『硬化』」


「なっ?!」


 男が引き抜いた剣はそのままアリスの方へと振り下ろされた。俺はそれを瞬発力を上げて対応して、そのまま硬化した腕で弾いた。


「え、エルク?」


 アリスはその一瞬に何が起きたのか分からない様子でいた。ただ信じられないものを目の当たりにしたかのような反応をしている。

「貴様っ!」


「『肉体強化』」


 エルクと言われた男は、そのまま数度アリスの方に剣を振りかざした。俺は短剣を引き抜いて、それの斬撃を弾き返した。


 俺は剣の扱いが上手いわけではない。それでも、『肉体強化』と『身体強化』のスキルを使えば、それ相応に対応できる。


「くっ、こ、殺せぇ! 絶対に『魔女の子』を逃がすなよ!」


 エルクの声を受けて、俺達を囲んでいた騎士たちが一斉に飛びかかってきた。その攻撃に俺よりも早くルーナが動くのが見えた。


「貴様ら、私のお気に入りに何かしてただで済むと思うなよ」


「ルーナ、殺すなよ」


「断る! 『氷界』!」


「え、断る?」


 ルーナは俺の制止を無視すると、俺達に襲い掛かってくる騎士たちに向けて氷魔法を発動させた。


地面を伝って俺達以外の全てを凍らせる氷魔法。凍らされた騎士たちは全身が氷漬けにされており、生きる彫刻のようになっていた。


「ば、馬鹿野郎! 今の流れで断る奴がいるか! おまっ、これ国家騎士だぞ!」


「理由は後できちんと話してやる! それよりも、アイクよ。援軍が到着したら私はその軍を皆殺しにしなくてはならなくなるぞ」


「なんで急に大量殺戮マシーンになってんだよ! くそっ、一旦引くぞ!」


 俺は急に物騒な事を言い始めたルーナに脅される形で、この場を後にすることになった。この状況でアリスを置いていく訳にはいかなかったので、アリスの手を取ってその場から走り去った。


「『魔女の子』。なるほどな、その娘が狙われている理由か」


「なんだ『魔女の子』ってのは?」


「スキル『魔源』。常時魔力を湧きだし続けるという、ぶっ壊れスキルだ。アイクと同じチート持ちでありながら、欠陥品だ」


 ルーナは隣を走りながら、冷たい目をアリスに向けていた。その目は先程襲ってきた騎士団に向けていた目をと同じもので、人に向けるような物ではなかった。


「欠陥品?」


 そのルーナの言葉がどうも引っかかる。無限に魔力が湧いて出るだけなら、ただのチートスキルであって、欠陥の要素はないんじゃないだろうか。


「アイクよ、邪魔なら置いていけ。その娘は長くないぞ」


「え? 長くないって……」


 ルーナの言葉を受けて、俺は真意を確かめるためにアリスに視線を向けた。すると、俺の視線から逃れるように、アリスは俺から視線を逸らしたようだった。


 どうやら、アリスは自分の命が長くないことを知っているらしい。


 遠くの方では、何やら小さな騒ぎが起きていた。もしかしたら、援軍が結構早く着いたのかもしれない。


 俺はアリスの手を引いて、村の外へと向かっていた。


 あれ? これってアリスを直接国に届ける以上にヤバいことをしていないか?


 俺達ってもしかしなくとも、誘拐犯扱いなんじゃ……。


 以前、ルーナは自分に凄い力があったら、成り上がろうとするものだと言っていた。


 どうやら、俺は成り上がるよりも先に、王女様を誘拐しようとするらしい。


 ……波乱万丈過ぎんか、俺の人生よ。

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