第12話 ワイバーンとの戦いとギルド

「あれだな。なんだ、本当にただの中型のワイバーンではないか」


「確かに、見た目はただのワイバーンだな」


 俺達は木陰に隠れながら、遠目でワイバーンを確認した。


 ギース達が苦戦したというから少し心配だったが、ギース達が実際に相手にしたというワイバーンを見て、苦戦していた理由はどうやらモンスターではなかったことが判明した。


 なぜ、ギース達が勝つことができないのか。それは俺がギース達のパーティにいなかったかららしい。にわかに信じがたいことではあるがーー


「なんじゃい、これだけ近づいても気づかんのか。どん臭いのう。そらっ『投擲』!」


「え、な、何してんだ?!」


「だって、あいつ全然気づかんのだもん。お、ヒットしたぞ! ワハハハッ!」


 ワイバーンを見つけるまでに時間がかかり過ぎたせいだろうか。しびれを切らしたルーナはワイバーンを見つけ次第、小石を掴んでワイバーンの方に投げつけやがった。


 いくら加減はしたとはいえ、威力は十分。ワイバーンは俺達の存在に気づいてこっちに向かってきた。


「馬鹿野郎?! 何が面白い、何がしたいんだ、おまえは?!」


「ちょ、揺らすな?! ほら、来てるぞ! 相手さん来てるぞ!」


「くそっ、なんでいつも急な展開にしたがるんだよ!」


 もう少しプランとか練ってから戦いに望みたかったものだ。


 いくらルーナの肩を持って揺らしたところで、ワイバーンがこちらに向かってくる事実は変わらない。


 俺は仕方なしに、向かってくるワイバーンの方に向き直った。


 本来なら数多くあるスキルを色々と試したいのに、こんなに急展開に追いやられると、どうしても使い慣れたスキルが頭に浮かんでしまう。


「……ちなみに、周りには私達以外はいないぞ」


「報告どうも。『闇影』」


 俺は使い慣れてきたそのスキルを使った。闇魔法であるため、人のいるところでは使えないのが難点だよな。


 『闇影』という闇魔法を使うと、俺の影から複数本の黒い鞭のような物が伸びて、一直線にワイバーンを捉えた。そのまま闇に引きずり込もうと思ったのだが、ワイバーンが踏ん張るせいで中々思うように動かせない。このまま硬直状態が続ければ、長丁場になりそうだ。


「くそっ、面倒くさいな。『鑑定』」


 俺はワイバーンの動きを封じたまま、『鑑定』を発動して自分が取得しているスキル一覧を確認した。さすがに量があり過ぎるので、その中でも闇魔法から使えそうなものを選んだ。


「お、これなんかいいんじゃないか? 『闇沼』」


 『闇沼』。俺がそのスキル名を呼ぶと、ワイバーンを囲むように禍々しい闇の沼のような物が形成された。その闇は『闇影』と同じ闇の世界。『闇沼』はその闇の沼を呼び出す闇魔法みたいだ。


要するに、この沼に落とせば帰ってくることはできない。


「ギァァァ!」


 ワイバーンはその沼に徐々に呑まれていった。『闇影』と『闇沼』。この二つをセットで使うことで、かなり汎用性が高くなる。


 ワイバーンの頭以外が『闇影』に呑まれたところで、ルーナが気づいたように言葉を漏らした。


「ワイバーンの姿かたちが残らなかったら、倒したという証が残らなくないか?」


「……そうだった、『闇影』!」


 俺は急いで『闇沼』からワイバーンを引きずり出して、その辺の地面に叩きつけた。ワイバーンは弱々しい鳴き声を漏らしたきり、立ち上がろうとはしなかった。


 いや、立ち上がれないといった様子だった。


「アイクよ、咄嗟に闇魔法を使う癖どうにかならんのか」


「分かってはいるんだけど、使いやすいんだよな。なんか、肌に合ってる気がする」


「まぁ、アイクは盗賊だからな。闇魔法と盗賊の親和性は悪くないらしいぞ。それでも、人相手に使うときはもう少し手加減してやるんだぞ」


「ああ、そうした方が良さそうだな」


 軽い気持ちで使った『闇沼』だったが、どうやら中型ワイバーンが立てなくなるほどの威力らしい。外傷はないので、精神的な部分を思いっきり刈り取ったのだろう。


 加減なしで使ったら、本当に人を殺してしまうんじゃないかと言うほどの威力である。


「首でも落として持って帰れば、ギルドの職員が取りに来てくれるだろう。中型と言えど、ワイバーンだからの。金になるはずだ」


「首を落とすか。俺の剣で落とせるかな」


「何か良いスキル持ってないのか?」


「『鑑定』。あ、これとかそれっぽいな『風爪』」


 俺は『鑑定』のスキルを使って、ワイバーンの首を切り落とすのに適したスキルを選んで、短剣を引き抜いきながら、スキル名を言葉にした。


 刃の部分が光ったような気がしたと思った次の瞬間には、ワイバーンの首が切り落とされていた。そして、その先数メートルの地面をえぐり取っている。


ワイバーンの首の切り口は人間が切り落としたというには、あまりにも荒々しく、断面が汚い。無理やり鋭い爪で切り裂いたような、そんな切り口だった。


中型とはいえ、ワイバーンの首を一撃かよ。


「……なんか、思ったんと違うんだが」


「ふむ。モンスターの爪痕みたいだな」


「なんか、どんどんバケモノ染みていってる気がする。おれ、盗賊で合ってるよな?」


「安心しろ、アイクは初めからバケモノだからの!」


 無邪気な笑顔を向けてくるルーナは、本当に心の底からそう言っているようだった。


……とてもじゃないが、安心できない。


俺は自身の力が人間からかけ離れていっていることを気にしながら、ワイバーンの首をギルドへと持ち帰ったのだった。




「え、アイクさん。これって?」


「クエストの依頼にあったワイバーンの首です。本体は重そうだったんで置いてきました」


「え、あ、えっと、お疲れ様です。これって、アイクさんがやられたんですか?」


「ええ、まぁ」


 ギルドでクエスト完了の報告を済ますため、俺は持ってきたワイバーンの首をギルドの職員に渡した。


 初めは、どうせ失敗して帰って来たんだろうといった目を向けていた職員の目が、一気に戸惑いに変わっていた。


「お、お疲れ様です! えっと、成功報酬を準備するので、少し待っていてください!」


「あ、はい」


 慌てて奥に引っ込んだ職員を少し待つことになりそうだ。俺はその辺にあった椅子に腰かけようとしたとことで、こちらに視線が集まっていたころに気がついた。


 ざわざわとこちらを見て何かを話す声。何か悪口でも言われているのかと思ったが、その目の色に敵意のような物は感じなかった。


 むしろ、その逆のような目をしているような気がする。


『え? アイクがワイバーンを倒したのか?』


『一人でワイバーンを倒したのか? え、どうやって?』


『アイクって、ギース達がいじめてた奴だろ』


 噂は噂でも俺達のクエストの結果を知りたいような、そんな野次馬的な声がちらほらと聞こえる。そういえば、ルーナが大々的にクエストを受けたから、このギルドにいるメンバーは知っている人がほとんどだった。


 俺が受けたクエストは、ギース達が失敗したクエストであるということを。


「やけに騒がしいのぅ、ただアイクがワイバーンを倒しただけなのに、なぁ?」


 ルーナは周りの空気を感じ取ったのだろう。あえて大きな声で、俺にそんなことを問いかけてきた。


 そして、周囲の視線が一斉に俺の方に向いてきたので、俺は静かに頷いた。


『おい、マジかよアイク! スゲーな!』


『アイクってそんなに強かったのかよ!』


『ギース達が言ってた無能って、嘘だったのか。なんなんだあいつ』


 俺の反応を見て、一気にギルドの空気が緩んだようだった。


俺に向けられる好意的な感情。俺を絶賛する声。ギース達を非難する声。


初めて向けられる感情や視線や声に、俺は何が起きているのか分からなくなった。


「な、なんだこれ?」


「おろおろするな、みっともないぞ。これはアイクが本来受けるべき称賛の言葉だ!」


 俺は言葉を発することできないほど戸惑っていた。まるで世界がひっくり返ったような周囲の反応。


 そんな俺の態度を見て、ルーナは笑顔で俺の背中を叩いた。


「自分の価値を見誤るなよ、アイク」


俺はずっと、どこかで自分なんてという考えが根づいていたのだろう。


しかし、俺には、これだけの好意的な感情を向けられるに値する価値があったのだ。それを今日教えてもらえたような気がした。


 それでも、嬉しいという感情と同じくらい、恐怖や戸惑いの感情が大きかった。


 俺に力があると分かった瞬間の手の平返し、長年屈辱を合わせられていただけに、この光景を見ても負の感情が湧き出てくる。


 そんなことを考えてしまう自分が腐っていることに気づき、俺は情けなく失笑を漏らしていた。


「そして、昔受けた屈辱を忘れるな」


「え?」


 いつの間にかルーナの笑みは悪巧みをするものに変わっていた。その視線の先は、このギルド全体を見ているようだった。


 まるでこちらの考えを分かっているかのような、ルーナの言葉。その言葉の真意に気づくのは、もうしばらく先のことになりそうだった。


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