第9話 決闘、再び

「フハハハハッ! 大量だ! 大量だぞアイク!」


 俺達は闇闘技場からの帰り道、上機嫌のルーナと宿などまでの道を歩いていた。今日全ての賭けに勝ったルーナと、闇闘技場で優勝してその賞金を手にした俺。


 一夜にして、二人で儲けた金額は、今後しばらくの間クエストを受ける心配がいらないほどの大金だった。


 数年は収入がなくても暮らすことができるだろう。そう考えると、俺の命に賭けて勝ったルーナも多少は許してやれそうだった。


「見てみろ、アイクよ! 私の所持金の方がアイクよりも大金だぞ! 大穴に賭けて勝ち続けたからな! フハハハハーーいた、痛いぞアイク!」


「何で命張って戦った俺の優勝賞金よりも、ルーナの方が多く儲かってんだよ!」


 この際だから、俺に賭けて勝ったことは別にいい。ただ、俺よりも多く稼いでいることは気にいらん!


 俺はルーナの頬を引っ張りながら、そのむにむに加減を楽しんでいると、一つ引っかかっていたことを思い出した。


「そうだ、スキルについて聞きたことがあったんだ」


「その前に、この手を離さんか! まったく、こんなに愛くるしい美少女の頬に触れるなど、罰当たりにもほどがあるぞ」


 ルーナはそう言いながら俺から逃れると。自分の頬をもにゅもにゅと揉んで、抓られた部分をさすっていた。


「それで気になったことがあるんだけど」


「貴様無視とは言い度胸ではないか。何事もなかったように話をする気か」


 ルーナは不満そうに膨れていたが、視線をこちらに向けて俺の言葉を待っていた。


「俺のスキルについてなんだけど、なんか他の人のスキルよりも強いと思うんだ。気のせいって、訳じゃないと思うんだけど何でか分かるか?」


「当たり前ではないか。アイクはモンスターのスキルを奪っていたのだろう。モンスター由来のスキルは人間の比ではない。そもそも規格が違うからな」


「つまり、俺のスキルは人間の体に合わないくらい、強いものってことか?」


 俺はずっとモンスター相手に『スティール』を使っていた。どうせ何も奪えないのだから、モンスター相手に練習でもしておけと言われて。


 だから、俺が持っているスキルはほとんどがモンスター由来の物だ。そして、それらはどうやら人間の規格に合っていないくらい強いものらしい。


 そして、俺はそんなスキルを千以上所持しているということになる。


 ……なんか、人間よりもモンスターの方が近い気さえしてきたな、今の俺。


「よう、随分と遅い帰りだったな、『駄賊のアイク』」


「え、ギース?」


 どういう訳か、俺達の目の前にはギースがいた。ギルドからは離れているし、特に目ぼしいものなんてない通り道。


 一体、こんな所で何をしているのだろう。


「お、人間。ちょうど良い所に来たな。返してやるから、これ持って帰れ」


「……は?」


 ルーナはそう言うと、収納魔法からギース達一向から取った戦利品を取り出した。そして、乱雑にその辺に放り投げた。


 いくら賭けに勝って奪った戦利品だからといって、本人達がいるのだからもう少し丁寧に扱ってあげてもいいのにな。


 もちろん、装備品や武器もその中には含まれるため、金属がぶつかって傷つくような音が夜道に響いた。


「たいして金にならんから、やっぱりいらん。これを持って早く私達の前から失せるがよい」


「てめぇ、ざっけんなよ! どうやってこの量を持って帰れって言うんだ!」


「ほう。賭けに負けて取られた戦利品を慈悲によって返してもらえたことに対してはキレないのか。プライドもないんだな、人間よ」


「うるせぇ! 俺は負けてない!!」


「なんだ、自身の敗北すら受け入れられんのか。つまらん男だな」


 ルーナは少しだけ持っていた興味を捨てると、そのままギースの方からも視線を外した。そんなルーナのつまらなそうな態度と、言葉が気に入らなかったのだろう。


 ギースは顔を真っ赤にして、奥歯をギリっと音を立てるようにして悔しがっているように見えた。


「アイク! 何ぼさっとしてんだ! さっさとギルドまでこれを運びやがれ!」


 ギースは当たり前の事を言うように、俺にそんな言葉を叩きつけた。いつも荷物持ちをさせられていた俺に何度も言って来た言葉だった。


 とてもじゃないが、目の前にあるギース達の装備品は一人では持って帰ることができない量だった。俺だって、しっかりと頼んでくれれば断ったりはしない。


 それでも、相手を見下して、命令をして、従うのが当たり前みたいな態度を取られると、そんな気持ちもなくなってしまうというもの。


「やだよ。面倒くさい」


 だから、少しばかり言い方がぶっきらぼうになってしまうのも仕方がないと思う。

「は? 今なんて言ったんだ、アイク」


「賭けに負けたのはお前だろ、ギース。その上、その戦利品を返すって言ってるんだぞ? それなのに、命令口調で言われて従うわけがないだろ。自分の荷物くらい自分で持って帰ってくれないか?」


「てめぇ! いい加減にしやがれ!」


 ギースはそう言うと、俺の胸ぐらを強く掴んで引き寄せた。凄い形相で睨んできてはいるが、以前よりも恐怖感のようなもの感じない。地下の闘技場で本当の殺意を当てられたからだろうか。


 目の前にギースは、ただの我儘間を言う子供にしか見えなかった。

 

「ちぃ! 舐めやがって、一回まぐれで勝っただけ良い気になりやがって! おい、そこのお前でいい! 立会人をしろ! 決闘をして俺の方が上だってことを教えてやるよ!!」


「いや、装備品も返したんだから、決闘なんかしないでいいだろ。そもそもする意味がないし」


「うるせ! 決めんのは俺だ!!」


 ギースはそう言うと、すぐそばを歩いていた通行人を呼び留めて、決闘の立会人をさせた。当然、急にそんな無茶ぶりをされた通行人は驚いていたが、相手がギースだと分かると仕方がないように従った。


 ギースはちゃっかり俺達が返した戦利品の中から自分の装備品と武器を装備すると、こちらに目配せをしてきた。


 もう決闘を断れる雰囲気ではなくなっている。


 俺は渋々ギースと向かい合い、決闘をすることになった。


「それでは、両者合意の元、決闘を開始します。えっと、始めてください!」


 立会人の開始の合図を聞くなり、ギースは俺の方に突っ込んできた。前との違いは、その顔つきだった。


 馬鹿にするような笑みはなく、シンプルな怒りの感情が顔一面に広がっている。そして、その感情を剣に乗せるようにして、こちらに向けて剣を引き抜いた。


「今度こそ死ね! アイクぅ!!」


「『闇……』はまずいか。じゃあ、『雷操』」


 俺は咄嗟に使おうとした闇魔法を唱えるのをやめて、雷魔法を使うことにした。俺がスキル名を言葉にすると、雷の塊が手の平で音を立てて生まれた。そして、俺はそれをギースの方に向けて発射させた。


「は? うわああぁ!!」


 ギースの剣は俺に届くことなく、ギースごと地面に落ちた。俺の数メートル手前で俺の『雷操』をくらったギースは焦げるような匂いをさせながら、地面に蹲った。


 威力を殺しておいてよかった。闇闘技場と同じ要領で攻撃してしまっていたら、もっと悲惨なことになっていたかもしれない。


「な、なんだよ、今の攻撃は?!」


「『雷操』っていう雷魔法だけど」


「ふざけんな! お前がそんなスキル使えるわけないだろ!!」


「まぁ、そうだったんだけど。色々あってさ」


「許さねぇ、認めねぇぞ、こんなことぉ!」


「いや、無理して立ち上がるなって、」


「うるせぇ! 俺は負けてねぇんだよ! 『風牙』!」


 ギースはよたよたと立ち上がると、引き抜いた剣を振ると共にスキル名を発した。発動した『風牙』というスキルは、斬撃を飛ばすスキルであり、斬撃が俺の方に飛んできた。


 勝ちを確信したギースの顔がちらりと見えた気がした。目の前に斬撃が飛んできているというのに、俺の心が落ち着いているのが不思議だった。


 別に余裕ぶっているわけではない。ただ、先程の闇闘技場での戦闘と比べるとどうしても動きが遅いし、軽く見えてしまうのだ。


 そして何より、殺気という物がまるで足りない。闇闘技場で感じたような本当に殺されるという感覚がまるでない。


「『硬化』。ギース。死ねって言っているだけで、本当に殺そうとしてないだろ」


 俺はスキル名を呼びながら、片手で斬撃を弾いた。目の前で自慢のスキルが弾かれたことが信じられなかったのか、ギースは何が起きたのか分からないような顔をしていた。


「て、てめぇ! 今どうやって俺の『風牙』を防ぎやがった?!」


「だから、ただスキルを使っただけだって」


「嘘言ってんじゃねーよ! お前が、お前なんかがスキルを使えるわけがないだろうがぁ!!」


 こちらの説明もろくに聞かずに、ただただ自分の考えだけを押し付けてくるギース。そんな身勝手過ぎる態度に、俺は説明をすることを諦めた。


 こちらが戦利品を返し、聞かれたことに対しても説明をしているのにまるで聞く耳を持たない。そして、こちらを見下すような言葉の数々。


 言い返したところで時間の無駄だろう。言い返したいという気持ちよりも、俺は早くこの場を去りたいという気持ちの方が大きかった。


 だから、俺はこの決闘を終わらせることにした。


「ギース、もう終わりにしよう。『加速』


 俺は『加速』のスキルを使うと、一気にギースの真横に立った。そして、驚くギースの肩にポンと手を乗せた。


「な?!」


「『影落』」


 そして、俺は小さな声で『影落』という闇魔法を使用した。そのスキルを呼ぶと、俺に触れていたギースの影はうにょうにょと動き、ぱんと炸裂するようにして消えた。


 その瞬間、ギースは膝から崩れ落ちるようにその場に倒れてしまった。


 この闇魔法は『闇影』を奪った時に、一緒に奪った別の闇魔法だ。この魔法は相手の影に触れることで、相手を一時的に闇の世界に連れていく魔法。


 分かりやすく言えば、相手を数日悪夢の世界に引きずり込む魔法だ。


 相手を手っ取り早く無力化することができる魔法。まぁ、悪夢付きなのが難点だが、心を壊すほどではないだろう。多分、上手く加減もできているはずだ。……多分。


 この闇魔法は『闇影』に比べて見た目が地味だし、ギースにも立会人にも俺が闇魔法を使ったことはバレていないだろう。


「えっと、立ち会ってくれた方、お願いがあるんだけど」


「え、は、はい!」


「決闘はギースが勝ったってことにしとしてくれないか?」


「え、でも……」


「いいから、もともとそういう決闘だったんだよ。お願いできないかな?」


「わ、分かりました」


 なんかやけに言葉が丁寧になった立会人は、少し脅えるような視線をこちらに向けていた。


初めて向けられるようなその視線の意味はよく分らないが、俺は言葉を続けた。


「あと、できたらギルドに行ってギースが決闘に勝利した後、装備品を持って帰るのが面倒くさくなってふて寝してるって、ギースのパーティ仲間に言ってあげてくれないか?」


 立会人は数度頷くと、俺達の場から去ってギルドの方に向かって行った。結構面倒なお願いをしてしまった自覚はあったのだが、全てこちらの要求を聞き入れてくれたようだった。


 なんか、凄くいい人だったなぁ。


「一度上げてから、また落とすということか。よく考えているな、アイクよ」


「よく考えている? どういう意味だ?」


「ほう、まさか無自覚だったか。いや、それならそれでもいいのだ。ふふふっ、今後のあの人間の展開が楽しみだな」


 ルーナはよく分らない言葉を残し、不気味な笑みを倒れているギースに向けていた。


 一体、ルーナは何の事を言っているのか。


俺がその言葉の意味を知るのは、まだ少し先のことになる。


この時の俺は知る由もなかったのだ。まさか、ギースのパーティの重要な役を俺が担っていたとは。

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