俺はもう、昔の俺じゃない

 ある日の放課後。


「キュアァアアアアアッ‼」


 いつものようにダンジョン配信していると、後ろから鳥の鳴き声のようなものが響いてきた。


「あっ……!」


 そして驚くべきことに、その魔物は美憂の手元からスマホを奪い取っていくではないか。


 あれを奪われたら配信ができなくなってしまう。しかも今まさに配信の真っ最中なのに、こんな大事故が起こってしまったら……。


 俺も慌てて、その小鳥を追いかけようとしたのだが――。



「ご機嫌よう。霧島筑紫くん、そして……綾月ミルさん・・・・・・



 小鳥が飛んでいった先には、どこか見覚えのある女性が立っていた。


 金髪のショートヘアに、なんとも高級そうな金縁の眼鏡。吊り目は狐を思わせるかのように細く、真っ赤に塗りたくられた唇に瑞々しすぎるほどの肌は、俺のような童貞でも化粧濃いことが容易に伝わってきた。


 ――考えるまでもない。


 この女は……郷山弥生。

 リストリアからのDMに添付されていた写真とそっくりだ。


「あ、あんたは……⁉」


 美憂も彼女の正体をすぐに悟ったのだろう。警戒したような表情で弥生に声をかける。


「それ、返してよ。配信中なんだけど」


「ふふ、わかってるわよそんなの。いまからお話することはね……世界中のみんなに知っておいてほしいことなの」


 この女、いったいなにを企んでいるんだ……?


《三秒間の時の流れ 無視》を使おうかとも思ったが、あいつもそれを警戒しているんだろう。さすがに三秒間では届かないほどの距離感を保ってきている。


「ハロー、リスナーの皆さん、聞こえてるかしら? いきなりの展開に驚いてると思うけど……今日はね、綾月ミルさん――いいえ、綾月美憂・・・・さんの正体についてお伝えしていきたいと思います」


「え……⁉」


 美憂が大きく目を見開く。


「……みんなは覚えてるかしら? 今からちょうど五年前の、新宿の通行人たちが8人も轢き殺された凄惨な事件を。まあ《新宿区暴走事故 綾月》とでも検索すれば出てくるでしょう」


 そこで一呼吸置いて、弥生が続ける。


「そのときの加害者の娘が――この綾月ミル、改めて綾月美憂さんです。もちろんすぐには信じられないでしょうから、8chの専用スレで証拠リンクを貼ってあります。興味があるなら見てみてください」


「あ……ああ……」


 その瞬間――美憂は頭を抱え、その場に崩れ落ちてしまった。


「ふふ、これはまずいですわねぇ綾月さん。運転してたのはお父さんとはいえ、遺族はいまでも苦しんでいるのよ? 大事な父を失って、いまでも苦しい生活を送ってる人もいる。それなのに――自分はこんなふうに派手な生活を送ってていいのかしら?」


「…………」


 そうか。そういうことだったのか。


 弥生の言っていることが事実かはまだわからないが、もし真実なのだと仮定すれば、彼女が視聴回数を追求している理由がわかる。


 8人もの命を奪ってしまった、悲惨な大事件。

 裁判の結果まではわからないが、加害者家族が損害賠償を負うこともあると聞いたことがある。


 いや――たとえ裁判でそう命じられていなかったとしても、だ。


 彼女はきっと、それを良しとしない。

 自分の生涯をかけてでも、被害者家族に賠償をしていきたいと考えるだろう。


 たとえ無謀にも紅龍に突撃し……自分が死ぬことになったとしても。


「ごめん、筑紫くん……。黙っているつもりは、なかったんだけど……」


 横でうずくまっている美憂が、涙声でそう呟く。


「ふふふ、なにを突っ立ってるのかしら霧島筑紫くん。あなたにだって責任があるのよ?」

 そんな俺たちを、郷山弥生が嬉々として見つめている。

「あなたが出てきたせいで、綾月さんはより視聴回数を稼ぐようになってしまった。被害者家族の気持ちを思ったら――さすがにまずいんじゃないかしら?」


「…………」


「だから霧島くん、あなたはもう綾月さんとのコラボ配信をやめなさい。そうしないと、あなたにまで炎上の飛び火が移るわよ」


 そんな弥生の言葉を無視し、俺はその場にしゃがみこむ。


 そして美憂と視線を合わせると、意識して優しげな笑顔を浮かべてみせた。


「君は以前、俺に教えてくれたね。もっと自信持ってほしい、筑紫くんはほんとは魅力的な人だって」


「え……」


「今度は……俺から同じ言葉を君に届けるよ。君は立派だ。心にのしかかるその重荷をたった一人で背負い込んで、無理してでも被害者家族に償おうとしてきた。――だから泣く必要なんてない。もっと自信を持ってくれ」


「あ…………」


 美憂の顔が赤く染まるのを見届けると、俺はゆっくり立ち上がり、今度は弥生に目を向ける。


「すまないが、あんたの提案は却下だ。炎上しようがしまいが、俺は自信を持って……自分の信じる道を歩む。俺は彼女とともに生きる日々を選ぶ‼」


「…………ちっ」


 つまらなそうに舌打ちする郷山弥生だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る